第040話 俺は、忖度など、しない!!(空気詠み人知らず)

「久しぶりのお肉!……お肉……だったんだけどさ……」

「美味しかったです!最高でした!」

「ジビエだと思えば……いえ、さすがに無理がありましたね」


お屋敷での歓迎の宴。

俺が『肉が欲しい』って言ったからか、子爵様が気を使って色々と肉料理を出してくれたんだけどさ。


「そもそも俺、日本にいたころは羊、ラムやマトンすら食ったことなかったのにいきなり山羊とか……チャレンジレベル高すぎだろ……」

「とても美味しかったです!毎日でもいけます!」

「拷問か!」

「独特の臭いがありますからね。そのうえ下処理が甘いといいますか、下手といいますか、してないといいますか。せめて大量の香辛料でも使ってればもう少しどうにかなったと思うんですけど、パクチーっぽい臭いのハーブと塩だけでしたからね」


そう、出されたお肉が牛とか豚とか鶏じゃなく……山羊さんのお肉。出されたミルクも……山羊さんのお乳。もちろん贅沢品だし、歓迎してくれている気持ちは理解してるんだよ?

でもほら、臭いがさ……もうね、三日間徹夜したオッサンの耳の裏の臭いかってくらい獣臭かったんだよ……。

葵ちゃんは顔色ひとつ変えずに食べてたんだけど、俺には……無理。隣で嬉しそうに食べるリアちゃんの方にそっと押しやっちゃったさ。

あまり牧草が生えるような土地でもなさそうだし、牛は入手し辛いのかなぁ……牛、食いてぇなぁ……。


(こちらに向かう際に退治した『ブラックゴーゴン』を解体、それを料理すれば牛肉として使用できます)

(……えっ?そうなの!?てか、ブラックゴーゴンってデカすぎてサイズ感のおかしくなった角の生えた、体長5mくらいあった黒いヤツだよね?口から火を噴いてたやつ。どう見ても魔物だったんだけど……アレって牛なの?てか魔物って食っても大丈夫なモノなの?)

(見た目は魔物、強さも魔物ですがアレは野生動物らしいです)

(異世界の生態系半端ねぇな……マジかー、アレ、牛扱いなのかー……)


「ちょっとローラさんにお願いごとが出来たから相談してくる!」

「さすがにこの時間に未婚のお嬢様の部屋に出向くのは夜這いだと勘違いされそうですので止めておいたほうがよくないですか?」

「それをいうならここがすでに『未婚のお嬢様が二人もいる部屋』なんだけどねぇ?」

「こちらに来てからずっと、肌のふれあいそうな距離で並んで寝てたんですから、私と貴方は今さらだと思いますけどね?そもそも離れて寝るのは危険かもしれませんので三人で使える部屋をお借りしたんじゃないですか」


確かにそうなんだけどさ。

何らかの既成事実にされても困るので葵ちゃんの指摘を受け入れ、その日は素直に部屋に戻って寝ることにした。

相変わらず俺のベッドに潜り込んでこようとするリアちゃんと葵ちゃんでひと悶着あったけど気にしてはいけない。

俺、家族扱いをしてる子供に手を出したりはしないんだけどねぇ?



てことで翌日。牛肉が楽しみすぎて遠足前、むしろ修学旅行前の小学生みたいにワクワクが止まらず寝不足の俺。


「ローラさん、ちょっとお願いがあるんですけど!」

「うん?こんな朝の早くからどうかしたのか?……アレか?もしかして……き、求婚的な……」

「寝言は寝て言え?」


「辛辣だな!?」

「ちょっと中庭に肉を捌くための作業台と料理をするための竈を作らせてもらいたいんだけど大丈夫?」

「いきなりの話しすぎてヒカルの言っていることは分かるが意味がわかない……つまり……どういうことなのだ?」


『どういうこと』と聞き返されても、そのままの意味しかないんだけどね?

ローラさんと出会った場所、子爵様が言うところの『魔の領域』で倒した動物を解体したいこと、それを使って料理をしたいことを説明する。


「なるほど。私と出会う前にも魔物を退治していたのは分かるが……それを解体する?あれだぞ?魔物の解体はそれほど簡単なことではない……いや、ヒカルのすることだからな……」

「人を非常識の塊みたいな扱いするの止めて?」


子爵様に聞いてくるから少し待ってくれと言われたけど、たぶんあの子爵様に断られることは無いと思うので、葵ちゃんに石材と木材と鉄をインベントリから出しておいてもらう。

なんだろう、ローラさんと子爵様だけじゃなく、昨日歓迎会にいた奥様とかご長男とかナターリエ嬢とか知らないオジサンとかいっぱい集まってきたんだけど……。

とりあえず家主さんからの許可は貰ったので早速作業台と竈を組み立ててゆく。


「マヨネーズメーカーは一切関係のない、たぶん一品15分くらいかかるクッキング~」

「昨日妙なことをいい出しましたから何を始めるのかと思えば……そちらにあるのは精肉台とかいってましたけど、何を捌くつもりなんですか?」

「もちろんここに来るまでに倒した動物?」

「えっ?アレって魔物じゃなくて動物だったんですか!?」


そのくだりはもうシスティナさんと終わってるんだよなぁ。

さっそく葵ちゃんのインベントリからこれまでに回収した魔物……動物を出して中庭に並べてもらう。


「な、なんだあの大きさのアーマーライノは……あそこまでデカい個体だと剣も槍も魔法も通らんだろ……」

「ブラックゴーゴンにクレイジードードー……向こうはロックタートルか?一頭でも迷い込んだら村が壊滅するような魔物だぞ……」

「どれも死体の体に傷らしい傷が無いみたいだが……一体どうやって倒したのでしょうか?」

「あれを……捌く?熟練の職人でも一体で三日は掛かるはずだが……」


なんとなく回りが『ざわ……ざわ……』としてるけど気にしてはいけない。

いや、そもそも牛肉が食いたい俺の意識は肉にしか向いてないんだけどな!

精肉台の上に置くのはもちろんブラックゴルゴンから。いつの間にか手に持っていた包丁を縦横無尽に……振り回すこともなく、なんかこう、死骸の上でギコギコすることおおよそ20分。


「いや、そうはならんだろ!?」

「とくに作業らしい作業はしていなかったよな!?なのにどうして肉と素材が綺麗に解体されているのだ!?」


うん、俺もそう思う。てか切り分けられた肉の見た目が全部赤身のもも肉っぽいんだけど……内臓(もつ)とか血とか骨とかどこいった?

革と角は別にわけられてるんだけどね?

まぁいつものことだし、細かいことを気にしてもしかたがないので、肉や素材は一旦葵ちゃんに全部回収してもらって次々と他の動物も解体してゆくことに。

クレイジードードーからは『鶏肉』と『鳥革』と『羽毛』、ロックタートルからは『亀肉』と『鉄』が取れた。……亀から鉄とは……。

ちなみに『鳥革』は食材ではなく、オーストリッチみたいな素材である。個人的にはブツブツが気持ち悪いので身につけたいとは思わないけど高級素材なのだ。


解体作業が終わればもちろん料理!

料理であるのだが……なんてったって久々の牛肉だからな!

鶏肉もあるけど今日は完全に牛肉の口なのである!

どうせならむっちゃ美味しく頂きたい!ならどうすればいいのか?もちろんMODである!


「いや、そんなピンポイントに肉料理なんてMODあるはずがない……『鉄板焼』ってのがあるな。ステーキ……悪くない、むしろベスト!……てか粉もん専用とかじゃないよな?それはそれでアリだからいいか。ポチッとな!」


竈の前に立ち、さっそくメニューリストを表示……『Tボーンステーキ』……だとっ!?さっきの解体された肉にそんな部位は無かったはずだけど……。


「材料は牛肉と塩と胡椒とバター……バターが無ぇ……ローラさん!牛乳!……は無いか。山羊乳って残ってませんかね!?」

「たぶん厨にあると思うが?少し待っていてくれ」


……

……

……


「ということで完成したのが『Tボーンステーキ』です!」

「理性が飛びそうなほど良い匂いなんですけど……こんがりと焼けた肉の香りと溶けたバターの暴力的なまでの匂い……『ウォフル○ング』ではなく『ピーター○ーガー』っぽいステーキですね!」

「ナニソレ?ウォルフ○ングとか『疾風ウォ○フ』しか知り合いに居ないんだけど?いや、知り合いでもなかったわ。もう一人の方は聞いたことも無いわ」

「お兄ちゃん、いただきます!」

「リアちゃんは自分の慾望に素直な子だなぁ。初めての料理だからちょっと先に味見だけさせて?」


骨から綺麗に切り分けられた肉を一切れ口に入れる。


……

……

……


……はっ!?

意識飛んでたわ!ナニコレめっちゃ美味しいんだけど!?

肉、塩、胡椒、バター……それだけしか使ってないのにめっちゃ旨い!いや、むしろそれだけだからこその旨さなのか!?

ちなみにTボーンステーキ、骨を境目にして小さい方がヒレで大きい方がサーロインだと葵ちゃんが言ってた!……普段からいいもん食ってたんだろうなぁこのお嬢。

これ以上待たせるとリアちゃんがよだれ以外にもいろんな汁を滴らせそうなのでお皿を二人に渡して次のお肉を焼く……おかわり?いや、食うの早いな!?サイズ的には1ポンド(約454g)どころか1キロくらいあったよね?まぁ久しぶりの牛さんだし?いっぱい食いたいよな!!



「さすがにもう食えねぇ……」

「さすが水玄さん、完全に高級店のお味でしたね。わがままになりますがロブスターやアワビなんかの海鮮もあれば口直しも出来たのですが」

「いや、海鮮で口直しっておかしくね?普通はシャーベットとかじゃね?……てか、『鉄板料理』のMODで『アイスクリーム』が増えてるんだけど……何だこれ?」

「アイスが作れるんですか!?ぜひ、ぜひともお願いします!」


「どうやらわたしが今までに食べていたお肉はお肉ではなかったみたいです……うう、こんなの食べたらもう元の暮らしには戻れません……お兄さん、伊達や酔狂じゃ許されないですからね?本当に最後まで……責任取ってくださいね……?あとアオイさんがそれほどまでに興奮する『あいすくりぃむ』とは何なんでしょう?わたし、気になります!」

「リアちゃんの目が怖いんだけど……てか二人はまだ食べられるんだ……?」

「ふふっ、甘いものは別腹ですので!」

「わたしは美味しいお肉も別腹です!」


うん?見学人がいるけど振る舞ったりはしないのかって?

逆に聞くけど、頼まれもしてないのに、お客様である俺がどうしてそんな忖度しないといけないんだよ……。

派手な精霊さんも言ってただろ?『とかくこの世はギブアンドテイク』と!食べたいのならまずは対価を差し出してもらわないとな!



―・―・―・―・―



光兄ちゃんは日本にいる頃から身内(友人)以外の他人のことはあまり気にしないタイプだし、葵ちゃんは(こちらの世界に来てからとくに)味方(または何らかの役に立つ相手)とそれ以外で区別しちゃうタイプだしで、そこそこコミュ症の二人みたいになってるな……。

てか、こうしてみると勇者には絶対に向かない二人だなぁ……(笑)

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