第037話 小姑葵ちゃん。

(???)


「まさか話を聞かれているとは思いもよらぬのだろうが……なんというか、貴族の屋敷に連れてこられた平民とは思えんような態度の連中だな……」

「それはどうでしょうか?リア……あの村から付いてきた薬師の娘はおそらく何も考えていないでしょうが、ヒカルはもともとあのような飄々とした態度ですし、アオイは確実に監視されていると知った上での行動だと思いますよ?そもそも二人ともに家名持ちであると思われますので、平民かどうかも疑問でありますし」

「なら一体どういった素性の者だというのだ?少なくとも俺の知っている貴族にあの二人のような人間はいないぞ?黒髪に黒目という外見はとくにこの国でも珍しいものではないが……もしや他国の間者……いや、行動があまりに目立ちすぎている上に出会ったのは『南の蛮地』であるというのもな。それもナターリエの話ではさらに南から現れたというのだろう?蛮地の南など人どころか魔物も住まぬ荒野だぞ?」


客人――光と葵、そしてリアがああだこうだと出されたものについて語り合う部屋と隣り合った小さな部屋。

隣室の音が大きく聞こえるように設計されたその部屋の中には、この屋敷の主たる子爵とその娘の二人が隣の三人の様子をうかがっていた。


「まずは娘が無事に帰ってきたことを、良縁……いや、奇縁か?何にしても彼らと巡り会えたことを神に感謝しよう。しかし、俄には信じられん報告ばかりだな……暴れまわるアーマーライノザウラスを倒す、これだけでも我が領内の騎士全員を派兵して成し遂げられるかどうか、はなはだ疑わしいことだというのに」

「はい、残念ながら私は怪我で動けず、その現場を見てはおりませんが……ナターリエの話によれば、彼らは姿も見えない遠くから攻撃、光の矢がライノの頭を貫き一撃で倒したようです」

「そしてその場で大怪我をした……死に瀕したお前を治療してくれたと。それも治癒魔法でも治癒ポーションでもなく、これまでに見たこともない方法で」

「そう……ですね。彼はその……私の体の中をその指でかきまわすように触れ、いじり……ちょくせつ内臓に薬を塗り込み……」


その時の彼に触れられた感覚を思い出し、頬を緩めるとともに下腹部をそっと押さえるローラ。


「想像するだに悍ましそうな状況なのに、どうしてお前は頬を染めて嬉しそうに話しているのか……強大な魔物を倒した『光の矢』といい、その治癒力といい、おそらくは魔法だとは思うのだが、方法が迂遠すぎる上におおよそ半月も完治まで時間がかかったというのも……そもそも魔法でもポーションでも、それほどの大怪我を癒やすことなど出来ぬ……出来ぬこともないか。昔話やおとぎ話に出てくる『異界の勇者とその従者』の魔法ならな」

「ヒカルとアオイが勇者……ですか?否定はしきれませんが、それはさすがに荒唐無稽すぎるのでは?しかし、ヒカルが勇者……それならば彼を繋ぎ止める相手にはナターリエでなくこの私でも……」

「ゴッホエッへオッホ!!まぁ彼らが何者であろうとこの国に、いや、この領に害をもたらさねばどうでもよいことなのだがな!しかし……もしも本当に『通り過ぎた場所をそのまま地図にして見る能力』などというものがあったなら、それだけでも軍事の根底をひっくり返すような力だぞ?地図にするだけではなく、そこに存在する生き物の動きを知ることまで出来る、そして、それらの生き物の善悪まで見分けられるというのであろう?」


娘のよろしからぬ妄想をわざとらしい咳払いで中断させる子爵。


「善悪を見る……というのが正しいかどうかは分かりませんが、『相手の敵意が分かる』とは聞きましたし、その地図……『光の小窓』も見せてもらいました」

「どうやら本物……なのか。その他の報告……『馬のいらない馬車』……これはおそらく、最近出回り始めた『魔車』であろうな。『何もない場所に物を出し入れするインベントリと言う名の空間』……ダンジョンから稀に持ち帰られるという『魔法鞄』の亜種だろうか?『今まで食べたことのないような美味しい料理と食材』……俺がこのような辺境の貧乏領の領主でお前たちには苦労をかけてすまない……『アオイという少女が使う強力な火魔法』……ふむ、腰に剣を差していると報告があったが、彼女は剣士ではなく魔道士なのか?『あっという間に物見櫓を建てる力』……まぁ俺が知らない魔法など山程あるだろうしな」

「彼らを見ていると、そのすべてを『魔法の力』で片付けてしまうのは乱暴な気もしますが……少なくとも魔法を使う時に唱えるであろう長々とした呪文を彼らが唱えるのを聞いたことがありませんので」


「なるほど……いや、そこまでの話はギリギリ納得出来ぬことはないのだ。しかしその……なんだ、この最後の『邪悪な村長が支配する村で復活した悪夢魔インムバスを退治した』という意味の分からぬ報告は?どこのおとぎ話なのだいったい。お前も含め、騎士全員でおかしな薬でもやっていたのか?それとも魔法で幻を見せられたのではないのか?」

「そのようなモノは使っておりませんし幻でなどあろうはずがありません!アレがそこに現れたというだけで体が震えだすような恐怖、ともの騎士たちの慌てふためきようと絶望感、父上も一度体感してみればよいのです!」

「しかし、その死骸、数十メートルもある死骸をインベントリに収めたというのだろう?そのような巨大なものが入る魔法袋など聞いたこともないのだが?」

「何にしても彼らはすぐそこに居るのです。ご判断は直接彼らの口から話を聞いてからでもよいと思いますが」

「確かに、その通りではあるのだがな……」


ただ貴族としての箔付けをさせようと送り出しただけの領内巡回、そのはずが大事になって、わけのわからぬ客人を連れて帰ってきた愛娘になんともいえない視線を投げかける子爵であった。



―・―・―・―・―



そんな、領主親子が『彼らをどう扱えばいいのか?』を真面目な顔で相談している同じ時。

クッキーとビスケットのウンチクを語ろうかと考えていた俺がいた。


でもなー、その手の話は葵ちゃんの方が俺より詳しそうだしなー?

そもそも説明するのにアメリカとかイギリスとか地球の国名も出てくるんだよな。

リアちゃんには説明しきれなさそうだし……やめとくか。

この焼き菓子がこの国でクッキー(またはビスケット)と呼ばれてるかどうかからわからないしな!


あまりにも評価の低すぎるソレに少しだけ興味が出たので、一枚味見でもしてみようかと思ったけど……文句を言いながらもリアちゃんがリスの様に両手で大事そうに持ってちょびっとずつポリポリかじってるのを見てるだけでほんわかした気持ちになれたので全部進呈することにした。

進呈もなにも、出されただけの他所ん家のおやつなんだけどさ。


「ふぅ……焼き菓子よりもおうちでお兄ちゃんが焼いてくれるいつものトウモコロシの方がおいしいと思いました!」

「お菓子と穀物を比べるのはおかしいんだけどな?あと、文句を言いながらも粉も残さない勢いで完食してるじゃん……バターが手に入ったらもっと美味しいのを今度作ってあげるよ」

「お、お兄ちゃんはご飯だけではなくあんな未知のお菓子まで作れるのですか!?」

「未知なのはリアさんが田舎で暮らしていたからであって、べつに珍しいお菓子ではないですよ?材料もそれほど入手困難なモノは必要としませんし。というかお菓子作りって素材の量をキッチリ量らないといけませんので、案外薬師であるリアさん向きの作業だと思いますよ?」


「わたしのお薬作りはだいたい目分量なのでとても向いてるとは思えませんけど……?」

「ええ……まがりなりにも他人様の命を預かるお仕事ですよね?その適当さはどうなんでしょう……」

「お兄ちゃん、いぢわるな小姑がいぢめる!」

「誰が小姑ですか!」


いや、最近の葵ちゃんは結構そんな(小姑じみた)感じだよ?

てか、そろそろこの木製の長椅子に座りっぱなしってのも尻が痛くて辛くなってきたんだけど……と、ちょっとラジオ体操でも始めようかと思ったところで再度部屋の扉がノックされる。


「ヒカル、待たせてすまなかったな。父上の用意が整ったので奥の間まで案内しよう」


いよいよ本当の意味での『貴族様』とご対面のようである。



―・―・―・―・―


(その頃のカーくん)


「兄やん、どっかいったままぜんぜん帰ってこーへん……」

「姉やんは怖いからどうでもええねんけどな」

「もろたくだもんも、もうなくなりそうやし」


「家まで様子見にいくにも外出たら干からびるしなぁ……」

「帰ってきたら挨拶に来る言うとったけど」

「なんやろ、なんやこう……さみしなぁ……」


迷宮の奥でポテポテと寝返りをうちながら独り言をつぶやくカーくんであった。

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