第038話 嫁にまではいらないです……。

貴族様のお屋敷とはいえど、その位は子爵様。それも丘の上に建つ屋敷となれば、それほどの広さを取れるはずもなく。

コンクリート打ちっぱなしではないが、岩肌感剥き出しの、どことなく無機質な廊下をローラさんの先導で奥に進む。


「父上、ヒカルとアオイ、リアを案内してまいりました」

「ああ、入るといい」


扉の前でメイドさんが待機していてドアを開け閉めする……などということもなく、ローラさんがそのまま扉を開き、その後に続いて部屋に入ってゆく三人組。

リアちゃんの家のドアもそうだったんだけど、この国の扉のノブって握って回すタイプじゃなく握って横に引き上げるタイプが主流なのかな?

例えるなら古い金庫の開閉レバーみたいな感じ?もちろんそこまでしっかりとした作りでは無いんだけどさ。


入り口をくぐった部屋の中、中央に置かれた簡素な応接用のテーブルを挟んで向こうには紳士的な雰囲気の男性が一人。

顔の皺や、もみあげあたりに少し白髪が混ざっている所をみると……40~45才くらいだろうか?

ヨーロッパ系ではなくオリエンタルな雰囲気のイケオジが座っていた。こちらを見たその人が椅子から腰をあげ、


「三名ともこのような南の辺境までよく来てくれた!私はエーベルハルト・ツー・トリヒータヴィンデ、ヴァルド王国陛下より子爵位を賜っている領主の一人だ。まずは娘の命を救ってくれたことに感謝を」


俺たちに向かって頭を下げる。


(なんていうか、躊躇いなく平民に頭を下げられる、人当たりのよさそうなところが逆に)

(曲者っぽい切れ者って感じでやりにくそうな相手ですねぇ……)


俺と葵ちゃんの、つまりひねくれ者二人の子爵様に対する第一印象である。

リアちゃん?彼女はほら、念話でも顔に出ちゃいそうだから……。


「閣下よりの感謝のお言葉、ありがたく頂戴いたしました。姫様より先程ご紹介いただきました、水玄光と申します。皆、平民でありますので貴族様に対する礼儀作法などわきまえておりません。無作法などございましたらなにとぞご寛容をお願い致します」

「御鏡葵です」

「り、リアです!」

「はは、俺は閣下と呼ばれるほど立派な身分ではないよ、カロリーナがお姫様なのは間違い無いがな!そう、あれは娘が三歳の時」

「父上、その話の続きはまた次回にでも」

「そうか?立ち話もなんだ、遠慮なく腰を下ろしてくれ」


子爵様の正面、三人掛けの木製の椅子に並んで腰掛ける俺、葵ちゃん、リアちゃん、そしてローラさん。

いや、狭いから!三人掛けって言ったよね?電車でずうずうしいおばさんが無理やり尻をツッコんで来たみたいになってるから!横から圧をかけられた肘置きがギシギシと悲鳴をあげてるから!

そもそもローラさんはお客さんじゃなくで出迎える側の人だよね?

お向かいに座っている子爵様も娘さんの奇行にちょっと困惑顔である。


「さて、繰り返しとなってしまうが、大怪我をした娘の命を助けてもらったこと、それも傷跡も残さぬ丁寧な治療をしてもらったこと、娘の柔肌に触れた挙げ句、五歳を超えてからは一緒にサウナにも入ってもらえない、私ですら見ていない成長した、それでいて慎ましやかな乳房を」

「父上!」


何言ってんだこのおっさん……。


(おい、誰だ切れ者とか言ったやつ!良くいえば娘大好きオヤジ、一歩踏み出せばただの変質者じゃねぇか!)

(こ、こちらを油断させようと、そういうふうに装ってるだけですよ!……たぶん)

(その『たぶん』は俺の『知らんけど』と同意語なんだよなぁ)


「ゴホン、まぁ、あれだ、娘の怪我の治療の他にも我が領内の怪しい連中から共の騎士たちまで守ってもらったようだな」

「たまたま、偶然、行きがかり上という感じでしたので、そのあたりはお気になさらず。こちらにも何かしらのご褒美をいただければという下心があってのことですので」

「ははっ、随分と素直な物言いだな。うむ、もちろんこのような貧乏領でも礼をするくらいの蓄えはある。望み通りの……とまでは言えぬが希望に添うだけの謝礼は出させていただこう!……と言いたいところなのだが、娘の話によるとヒカル殿には望みの『モノ』があるらしいではないか?」

「ありがとうございます。といいますか、望み……ですか?いえ、とくにこれといったものは」


(水玄さん……)

(うん?なんか声が怒ってる感じの低さなんだけど……もしかして俺、なんか)

(そうですよ!やっちゃってるんですよ!)

(えー……いや、確かに見せなくてもいい力を見せたりはしてるかもしれないけど、基本的に俺って用心深いタイプじゃないですか?)


「ははっ、別に遠慮することはない!うむ、遠慮することはないのだが……さすがに他所の娘を勝手に嫁に出すことは出来ないのでな」

「ちょっと待ってください、えっと、一体何の話ですそれ?」

「何の話もなにも、娘の治療費として『ナターリエを欲しい』と言ったのだろう?うんうん、確かにあの娘もローラの次くらいには器量良し、ヒカル殿が嫁にと求めたくなるのも分からぬではない。行きおく……適齢期を少々逃し……本人も乗り気ではある話なのだがな?」


『いえ、一晩お相手してもらいたかっただけで、嫁に欲しいなんて全然言ってませんけど!?』……なんてことをお貴族様の前で口に出来るはずもなく。

てか、もしかしてなんだけど、そこそこナターリエ嬢を押し付けられようとしてる気がするんだけど……気のせいだろうか?


(葵ちゃん!助けて!)

(ほんっとにもう……貴方が調子に乗って馬鹿な軽口を叩くからこういうことになるんですよ?)

(ごめんて)


心の中(頭の中?)で盛大なため息をつく葵ちゃん。もちろんその顔にはジトッとした恨みがましい雰囲気をいっさい出さずに笑顔のままなんだけどね?


「ご領主様、お戯れはそのくらいで……さすがにナターリエさんのご迷惑にもなってしまいますので」

「……そうでもないのだがな?本人もいたって乗り気であったようであるし。いや、このような辺境を訪れるような客人はあまりおらぬのでついつい……な。奥方殿には失礼した」

「どうぞお気になさらず。ええと、まずですね、こちらが私達がローラ様に融通いたしました品物の一覧となっております。ご領主様が正当だと思われるだけ、正当だと思われる品物でお支払いいただければ結構ですので」

「ほう……。ふむ、この国では流通していない『30個しか無い医薬品のうち15個』……あとはほとんど食料だな。七人分の料理20日分と……穀物が1000キロ?これは一体……」


そこそこもったいぶって、思ったよりも吹っ掛ける気満々の葵ちゃん。


(『30個しかない薬』ねぇ?)

(嘘はついていないでしょう?貴方が『作らければ』残りは15個から増えないモノなんですから)


「父上、食料についての詳しい話は後ほど」

「わかった。うむ、食料については街での相場に色をつけた上での買い取りとさせてもらうとして、問題は薬の料金……いや、我が娘の生命の値段か。これは困った……そのようなもの、この国をすべて差し出したとしても払えるものではないぞ……」

「いえ、さすがにそこまでの無茶を言うつもりはございませんので、もう少し現実的な金額で……」

「ああ!そうだ!少し席を外す無礼を許してもらいたい!」


何を思いついたのか小走りで部屋を出ていく子爵様。


「尻の軽いお貴族様ですね?」

「リアさん、軽いのはお尻じゃなくて腰だと思いますよ?」

「子爵様のローラさんに対する愛が重すぎて軽く引き気味なんだけど?」

「本当に恥ずかしいから止めてくれ……」


などと軽口を叩いてる間にも戻ってきた子爵様、その手に握られていた長剣をテーブルの上にそっと乗せると、


「待たせてすまないな。いや、娘の命、つまり俺の命と同じ価値のあるものは何かと考えてな……思いついたのがコレだった。拵えなどは少々古びているがこれでもトリヒータヴィンデ家に代々伝わる由緒正しい剣でな」

「えっと、先程も言いましたようにもう少し軽い感じの物で勘弁して頂きたいのですが?」


交渉に当たっていた葵ちゃんを困惑させるとは……本当に食えないオヤジである。


(ふっ、葵ちゃんもまだまだだなぁ)

(一体誰のせいでこんな面倒くさい話になってると思ってるんですかねぇ……?)

(ごめんて)


まぁオッサンの相手なら『多少』年齢の近い俺の方が得意かもしれないので不本意ではあるが引き継ぐことに。


「閣下のローラ様に対する熱い想いは十分に伝わりましたので……そろそろ腹を割ったお話でもいかがです?」


とりあえず笑いかける俺と同じようにニヤリと口を動かすご領主様だった。

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