第034話 大怪……悪魔の後始末。
葵ちゃんとともにおっかなびっくりの様子で屋敷の中から出てきたのはナターリエ嬢と地味子騎士の二人。
てか、ナターリエさんは顔を青くしているくらいだけど、地味子の方はわざとやってるのかってくらい足がガクガク震えてるんだけど……その姿、右膝と左膝の間でせわしなく手を入れ替えるダンサーの如く。
「ヒカル、先程お前の声で連絡も受けたし、直接葵からも聞いてはいるが……あの……あの、インムバスを倒したというのは本当なのだろうか?」
「あのがどのなのかは分かりませんけど『インムバス』という名前のデカい悪魔を倒したのは本当ですね。というよりも、その確認をして頂きたくて呼び出させてもらったんですけどね?」
少し前までは絶え間なく光る稲光があったから櫓の上から倒れてる姿が見下ろせたんだけどね?
巨人が倒れてから雨足が弱まったからか雷が鳴ることもなくなり、辺りが真っ暗闇に閉ざされてる状態でさ。闇夜に倒れてる黒い体とか肉眼で識別できるはずもなく。
死んでる上に雨に打たれてるからサーモグラフィーでも分からないかも知れない。
そいつまでの距離的には数百メートルしかないうえに、俺と葵ちゃん、おまけでリアちゃんも含めて全員ずぶ濡れ濡れ鼠、トラックに乗るのも気が引けたのでそのまま徒歩で山道を下ることに。
いつもの手回し充電ライトだけで真っ暗の、雨降の道を歩くのは少々頼りないが……他に明かりになるのもがないんだから仕方ない。
「えっと、ナターリエさん?」
「……うん?どうかしたのか?」
「いや、そこまでツッコむようなことでもないんですけどね?どうして手を繋にきたのかな?と思いまして」
「……足元が泥濘んでいるからな、こうしてお互いに支え合っていれば転けにくいとは思わないか?というか、右側にぶら下がっているリアには何も言わないのだな」
「リアちゃんはほら、お買い物中の小学生みたいなモノだと思ってますので」
「ショウガクセイが何かはわかりませんけどなんとなくバカにされてるきがします!」
休日のお父さん気分にはなってるだけで馬鹿にはしてないんだけどなぁ。
ちなみに地味子の方はプルプルと震えながら葵ちゃんの腰に抱きついているので完全なお荷物状態である。
下り道でもあるので、ものの十分もあれば現場まで到着できそうなものなのだが、腰を引っ張る……いや、足を引っ張る地味子のせいで半時間ほどかかってやっと肉眼で巨大な死骸を確認できる距離まで到着した。
「ひっ!?ヒィィィィィ……」
「これは……これが……伝説の、悪夢魔……」
葵ちゃんの腰からずり落ちて、彼女の足に抱きつきながら小さな悲鳴をあげ続ける地味子と、俺の手を握る力が少し強くなったが気はしっかりと持っているナターリエ嬢。地味子の座っているあたりから湯気がたってるんだけど……。
「……水玄さん……足元が……なんというか……生ぬるいんですけど……」
「離れたところから見ててもご愁傷さまとしか言えない状況だからなぁ……あ、臭いとかしたら反応に困るからこっちに寄らないでね?てか、インムバスとの戦闘中から思ってたんだけどさ、死骸を見た騎士様がその状況、むしろお屋敷の中にいた騎士様が大惨事だったらしいのに、どうしてただの村娘のはずのリアちゃんはほとんど動揺すらしてないの?もしかして対魔に……対魔薬師とかそういう感じの女の子なの?」
「なんですかソレは……そういえばそうですよね、普通ならこんな想像も出来ないような化け物、見ただけでもひっくり返っちゃいそうなものですのに、こんな近くに寄ってもちょびっとしか怖くないですもん」
「……そういえば私も屋敷の中にいた時はもっと心細かった、体の震えが止まらなかったはずなのに、こうしてヒカルと手を繋いでるだけでほとんど恐怖を感じないな」
「もしかしてそれは俺の『包容力』という翼がリアちゃんも葵ちゃんもナターリエさんも包み込んでるから……ってこと?」
(たぶん違いますよ?)
(こいつ、直接脳内に……じゃなくて、葵ちゃんには理由が分かってる感じなのかな?)
(はい、ナターリエさん……というより『この世界の人』に知られると、とても面倒なことになりそうなので言いませんでしたけど、『異世界勇者』……ではなく、『異世界魔法剣士』の私とパーティを組んでるだけで恐怖耐性が上がりますので。もちろん私の近くにいるとさらに効果アップです!)
(なるほど……なら俺が恐慌状態にならずあの悪魔を倒せたのも葵ちゃんが側にいてくれたからってことか。ようやく納得出来た!)
(くすっ、水玄さんなら私なんていなくても一人でどうにかしちゃったと思いますけどね?)
(さすがにそれは買いかぶり過ぎだと思うよ?俺、怖い動画とか見たら電気消して寝られないくらいには怖がりだからさ)
(なら、これからもずっと私が近くにいてあげないといけませんね!……それで、少し実験したいことがあるんですけど)
(実験?この状況で?)
(はい!そこで馴れ馴れしく腕に抱きついてる女……騎士さんをパーティから外してみたらどんな反応をするのかなって)
(一人でもやっかいなのに追加で恐慌状態に陥られでもしたらとても収拾が付かないことになりそうだし、そこで湯気を立ててる子みたいな惨事になったら俺が可哀相だから止めて差し上げろ)
相変わらずの腹黒少女葵ちゃんであった。
ナターリエさんの確認により(世界に伝わっている伝承と照らし合わせて)こいつがほぼ間違いなく『悪夢魔』だと認定される。ホントは確認役はそのへんの話に詳しい地味子の役目だったんだけど……役に立たないモブっ娘である。
そもそもの話、マップ画面から詳細確認が出来るんだからそんな必要もないっちゃなかったんだけど、一応ほら、現地の人の証言が欲しい時もあるかもしれないしさ。
「てかこれ、こんな場所で転がしておいたらもの凄い邪魔になるよね?完全に道も塞いでるしさ。あととんでもない規模の疫病とかおこしそう」
「どけたところで道も畑もボコボコになってるので車では走れなさそうですけどね?間違いなく近隣一体、むしろ国単位で不毛の大地にしそうな雰囲気はありますよね?どうしましょう?とりあえずの処置としてしまっておきます?」
「えっ?インベントリってこんなデカいものまでいれられるの!?」
「……たぶん?」
数秒後、死骸が消えたってことは普通にしまえたってことなのか……。
もちろん騎士様二人は俺以上に呆然自失状態になったけど説明するのも面倒なのでスルー。
帰りは登り坂になるので仕方なくトラックを出して、ずぶ濡れ状態で運転席に「あ、何枚かバスタオル敷いておきますね?」……とても気が利く葵ちゃんだった。
「えっと、騎士様とリアちゃんは歩いて帰ります?」
「逆に聞きますけどどうして歩くと思ったんですか!?」
「できれば連れて帰ってもらいたいのだが……」
「お願いします、乗せてください、何でもしますので……」
荷台とはいえ(湯気を立てていた)最後の子は乗せたくないんだけどなぁ……。
いや、それをいうなら葵ちゃんの足も『もらい尿』で大概の状況なんだった。
「水玄さん……私……今日は……我慢できそうにありません……」
「葵ちゃんもなんだ?俺も、もう我慢の限界だよ。帰ったら一緒に……」
「いえ、もちろん別々でですけどね?」
トラックの運転席で二人話してるのはもちろん『お風呂』の話。
うん、拠点にあった風呂桶、設置型じゃなく足の付いたタイプだったから持ち歩いてるんだ。
「でも荒れ地じゃなくてこの辺は気温がそこまで高くないし、雨降りのあとだからさすがに水風呂だと風邪引かないかな?」
「ふふっ、そのへんは私の火魔法で底から炙るとか直接水の中に火の玉を打ち込むとか?」
「物騒すぎワロタ。屋内には設置できそうな場所もないし、櫓の上に置いちゃえばとくに問題もないかな?」
「そうですね、あのお家には覗くような男性も居ませんしそれでいいんじゃないでしょうか?というか貴方、もう少しアクティブに行動してもいいんじゃないですか?」
「その予定はまったくないなぁ。つまらないことをして気まずい関係になったら目も当てられないからね?お互いの距離感って大切だと思うよ?」
「ナターリエさんのことは警戒してるように見えますけど、リアさんとは距離感が少し近い気がするんですけどねぇ?」
「んー、あの子はなんていうか、親戚の子っぽい雰囲気があるからなぁ。多少は甘くなるのは仕方がないんだ。逆にナターリエさんの方はねぇ?ローラさんの命令なのか、それとも自主的になのか、俺の気を引こうとしてるんだろうけど……完全にお仕事の雰囲気を醸し出してるからね?距離が近づくところか逆に広がっていくよね、アレ。でも、ただただ不器用な女の子だったりしたらコロッといっちゃうかもしれない」
「防御が固いのか、それとも弱いのか、ハッキリしない人ですね……」
屋敷に戻り、交代でお風呂に入る俺と葵ちゃんを見た騎士様たちから『今回だけでかまいませんので自分たちもお風呂を使わせてください』と懇願され、お湯の用意で葵ちゃんが寝るのが少しだけ遅くなったけど、伝説の悪魔が出て来た夜は犠牲者を出すこともなく終わりを告げたのだった。
「いえ、犠牲者、普通にいましたけどね?村長一家の全員の名前、マップ上から消滅してるじゃないですか。自業自得としか言えませんので同情する気はありませんけど」
「自ら進んで火口に飛び込んで行く人間は犠牲者じゃなくただの馬鹿なんだよなぁ」
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