第032話 『悪夢魔(インムバス)』

敵のただ中にいると言っても過言ではない状況でお昼寝していた俺、字面だけだと結構な呑気者だと思われそうだな。

いや、そもそも朝まで働いてた人間が日中に休んでるのを『昼寝』と言うのはいかがなものかと小一時間。

日課でもあるローラさんの治療があるから、お昼にアラームを掛けておいて、一度は起きたんだけどね?二度寝したらおやつの時間だった。

同じく寝ていた葵ちゃんと一緒に、眠そうな顔で遅めの昼食をとりながらマップで状況確認中の俺。

俺の隣にピッタリとくっつくようにナターリエさんが座ってるのは監視役か何かなのかな?


「アラートも鳴らなかったし、これといった成果は無かったのかと思ってたんだけど……劇的な変化だな、これ」

「確かにそうですね……一部地域を除いた村人全員『白いアイコン』に変化してますもんね」


夜中から朝にかけて行った『井戸水に聖水(ヘドロ)を流し込めば何か起こせるんじゃね?』作戦、思ったより成功したらしい。

いったい村人にどの様な変化が起こったのかを確認するため、順番に村人のアイコンをタップして詳細画面を開いて状態を確認してゆく。


「ふむ、もともと白アイコンだった女性や子供にはまったく変化はないみたいだな」

「私的には『毒』状態になるかもと思ってたんですけどね?まぁ大事無くて良かったです!」


毒だと思ったのに、とくに何も言わず井戸に流し込み続けられるこの子のメンタルすげぇな!?


「変わって赤アイコンだった男の方は体調が『虚弱』『無気力』になってるな」

「何かしらの悪いものが抜け落ちたはいいですけど、一緒に魂も半分抜けた感じなんですかね?それとも、いままでセックス&バイオレンスの衝動だけで動いていたから、ソレが浄化されたら某ボクサーのように燃え尽きて何も残らなかったとか?」

「魂は抜けてない……いや、半分くらいは正解って感じかもしれないな。もっとも、抜け落ちたモノは浄化されないでひと所に集まってる感じなんだけどさ」

「あー……確かに集まるのに都合の良さそうな場所がありましたもんね……」


それがどこなのかは……まぁ言わなくても分かるだろう。

白く変化していない『赤いアイコン』の人間が暮らす一部地域、『村長の家』である。


「まぁ何にしても……ご飯を食べてからの話ですね」

「そうだな、朝ごはんは大事だもんな」


隣に座るナターリエ嬢が『えっ?のんきにご飯続けるの?そんな場合じゃないだろ?』みたいな、見開いた目でこっちを見つめてるけど、気にせずにのんびり食事をとる俺と葵ちゃんだった。



食後はローラさんの部屋に全員集まり、いつもの感じの報告会。


「てことで予定通り作戦の第一段階は完了。村長の家人以外の村人の無力化に成功しました」

「最初に聞いた時はそんな結果が出る予定は無かったような気もするが……まぁ上々の成果が出たみたいだな。お前たち二人だけに手間をかけさせて申し訳なかった」

「ふふっ、まさかお貴族様が領民を毒殺なんて出来ませんもんね?仕方がないと思いますよ?」

「笑顔が黒すぎるよ葵ちゃん。あと、人聞きが悪いから『毒殺』とか言うの止めて?あれは洗浄剤みたいなもんだからね?『消防署の方から来ました』な、感じのヤツだから。あくまでも親切心からの行動なんだよ。村の人達を浄化してあげようとしただけだからね?」


「なん、だと……民を浄化……それはつまり皆殺しの予定だったということなのだろうか……?」

「さらに人聞きが悪くなっただと!?そんな聖戦的なニュアンスは一切含まれてないから!まぁ今のところはだれも死んでないんだから細かいところは気にしちゃダメなのだ」

「しかし……それらの倒れた人間が『全員井戸水を使った』ことはすぐ知られるだろう?このような小さな村、閉鎖社会で大勢の人間が倒れたりしたら大騒ぎになりそうなものだが……こんなに簡単に村全体に被害が広がるものなのか?」

「それに関しましてはそれほど不思議でもないと思いますよ?そもそも井戸で水を汲んで、そのままその場で飲むような使い方をする人はほとんどいないじゃないですか?ほら、時代劇とかでも土間に汲み置き用の瓶が置いてあって、柄杓ですくって飲んでるじゃないですか?」


「ローラさんたちは時代劇なんてみたことないと思うけどな?それにお貴族様なんだから、柄杓から直飲みもしないだろうし」

「細かいことはいいんです!それに、朝ごはんってだいたい家族全員で食べるじゃないですか?一緒に食べた女性や子供に何の変化も起こらない、男の方もすぐには効果が出なかったとしたら……それこそお水なんてまったく疑わないですよね?」

「なるほど、説明されれば確かにその通りなのだが……」

「その効果、症状の方も虚弱と無気力だけならただダラーンとしてるだけだもんな。……いや、こうして聞くと怖えな!?自分でやっておいてなんだけど、何その完全犯罪」


そして、最初からわかっていてのこの結果ならカッコよかったんだけどねぇ?あくまでも今回はたまたまうまく成功したってだけの結果論なのがなんともかんとも。


「まぁ村人の方はこれで『それほどの』害は無くなったと思いますので残った連中、村長一族の話になるんだけど……あそこの屋敷の中にも水源の繋がった井戸があるんですけど、全員が赤アイコンのまま、むしろその色が黒く変色していってるんだよなぁ……」

「蔵の中に設置されていた祭壇もカッコが取れて『強欲と淫魔の祭壇』に変わってますもんね……」

「さらに村長たちの職業欄が『悪夢魔(インムバス)の使徒』だからね?悪魔なのか夢魔なのかハッキリしろと」


てか名前!絶対にエッチな夢見せるマンだろこいつ……ちょっとお近づきになりたいと思ってしまったのは健全な男としては正常な反応ではないだろうか?

でもたぶん、干からびるまで吸い取られるんだろうなぁ。


「インムバス……インムバスだと!?」

「どうしたんですいきなりそんな興奮して?もしかして聞き覚えでもありました?」

「いや、逆にどうしてその名前が出てお前たちはそんな落ち着いているのだ!?」


「むろん聞き覚えが無いからですけど……有名な魔物?悪魔?なんですかね?」

「えー……田舎暮らしのわたしでも知ってる名前なんですけど……」

「ええっと、もちろん私は知ってマスヨ?なんかこう、羽が生えてるんですよね?」


葵ちゃんはどうしてそこで知ったかしちゃったのかな?

てかイメージがふわっとしすぎだろ。

先程までと比べても、より一層深刻な顔になる騎士様たち。

その中のひとり、ナターリエ嬢……の、隣に立つ地味なルックスの女騎士様がボソリと語りだす。


「そう、それは今から500年前の話です……」

「まさかの強制ムービー突入だと……いや、たぶんですけど俺はその話に興味は無いと思うんで暇な時にでも葵ちゃんに語っておいてください」


いや、そんな『えっ?せっかく出番が回ってきたのに話を遮るんだ!?』みたいな顔されても……。


「状況がかわりましたからね?やらなければならないことはそれなりにありますんで!てことでリアちゃん、騎士様に手伝ってもらって壁や屋根に念入りヘドロの塗り込み、それと並行して家の回りにもヘドロをばら撒く作業もよろしく!」

「うう、なんて人使いの荒い……とかいってられない感じみたいですのでがんばります!」

「任せたからね?続いて葵ちゃんは建材を庭に出しておいてもらえるかな?櫓というか壁を建てて狙撃出来る体勢を整えておきたいから」

「わかりました!木材と石材でいいんですよね?」

「えっと、私は……」

「ローラさんは……素直に寝ててください。あっ、そうだ、葵ちゃん、パーティって人数制限とかあるのかな?」

「ええっと……一度に6人までみたいですね」

「じゃあ念話が使えるように、俺、葵ちゃん、ローラさん、ナターリエさん、リアちゃんの五人で組んでおいてもらえるから?」


他の騎士様たちは申し訳ないけど近くにいる誰かから業務連絡を受けてもらいたい。

一応の行動も決まり、バタバタと慌ただしく動き始める俺たち。

それほど難しい作業ではないのだが、ヘドロの塗り込み作業にそれなりの時間がかかったこともあり、全てが終わったのは日が暮れたころ。


「……土砂降りですね」

「……土砂降りだねぇ」


真っ暗闇の中で叩きつけるような凄まじい雨音。

そこに稲光も混じり、なかなかに『いい雰囲気を醸し出す』窓の外をため息をつきながら眺める俺とリアちゃん。

いきなりの局地的豪雨でせっかく塗ったり撒いたりしたヘドロ、全部流れちゃったぜ✩


「……いや、これ、おかしいだろう!先程まで雨雲一つなかったのだぞ?」

「確かに。そもそも雨季でも無いこの時季にこれだけの雨が降るなどとは思えません」


ローラさんとナターリエ嬢の話からも……どうやら自然な雨ではなさそうなんだよなぁ……。

そんな俺の耳に聞こえてきたのはもちろん聞き覚えのある『敵出現のアラート音』だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る