第028話 『少しお辛そうなお顔をされてますね……』

「てことで、リアちゃん、この村について知っている情報があれば教えてもらえないかな?」

「いきなり馴れ馴れしい人ですね……えっと、まず、あなたが先程から説明されていた『この村の人間、主に男と村長一家』が他人に対して害意があるって話は……嬉しくもないと思いますが大正解です。とくに今回のあなたたちみたいに怪我をされた方、それもこれだけの人数の女性を連れてこの村に来ちゃうとか最悪中の最悪ですね」

「何人か村人の確認をしてみたんだけど、住人全員がアンデッドとか魔物の類ってわけじゃないよね?」

「ええ、魔物……ではないですけど、わたしにとって村長一家は悪魔みたいな存在ですよ?」


何かを思い出したのか、年齢よりも幼い表情をしていた彼女の顔が憎悪に歪む。


そこから語られるのは彼女――リアちゃんとその両親がこの村に来てしまった過去の話。

村長一家に薬を盛られて、父親が殺され。

母親が村の男の嬲りものになったあと無理やり長男の嫁にされ。

まだ小さかったリアちゃんにまで手を出そうとした長男を母親が殺し、その時負った怪我で母親も亡くなり……。


リアちゃんが逃げ込んだ、村外れに住んでいた薬師の老婆がマトモな人間であったことだけが唯一の救いだったみたいだ。

……うん、俺が話を振った手前、途中で止めるわけにもいかなかったけど……キッツイ話だったよ……。


「……水玄さん、ちょっと私の手を強く握ってもらってもよろしいでしょうか?」

「……ああ、リアちゃんの今の話、確かにかなりショックな内容だったもんね。女の子だったら怖くなって当然だよね」

「いえ、リアさんの話を聞いて先程あの男に握られた手が気持ち悪くて気持ち悪くて……貴方に上書きしていただこうかと」

「『他の男の感覚の上書き』とかいう言われてみたいセリフ上位に入るはずの言葉なのに、比較相手があのオッサンだという事実に素直に喜べないこの気持ち……とりえあずもう一度手を洗ってくればいいんじゃないかな?」


リアちゃんの話のあとの部屋にいたみんなの反応。

俺と葵ちゃんは最大限の嫌悪感。


まぁ地球でも未だに誘拐婚や、嫁だといいながら鎖で繋いで拉致監禁しているような国もあることは知ってるし、昔の日本でだって似たような話――旅の坊さんを殺して荷物を奪っただとか、旅人に嫁をあてがって村の中で一族の血が濃くなりすぎないようにしていたとか――が、今昔物語とかの昔話を読めばいろいろと出てくるんだけどね?

でもほら、知識として知っているのと自分がその対象にされるのとはまったく違うわけで。少なくとも俺は『殺される坊さん』になっちゃうだろうしさ。

そして現地の人間だし、ローラさんたちもそんな田舎の事情を少しくらいは知っているだろうと思ったんだけど……みんな驚いた顔をしてるのは何故なんだろうか?


「我が領内でまさかそのようなことが……リア、お前には……いや、犠牲になったお前の家族にはなんと詫びればよいのだろう……」

「いえ、会ったこともないお貴族様を恨んだりはしていませんので謝られてもこまるんですけど……そもそもお姫様と騎士様も村長の家に泊まっていたら今頃は……」

「ど、どうなっていたのだ?」

「そうですね、眠り薬と痺れ薬で身体の自由を奪われて、騎士様は村中の男の慰み者に、お姫様は村長一家の共有財産兼次男の嫁……いえ、そちらのアオイさん?以外、皆さんお強そうなので手足を切り取られるのが先かも?もしもこうして無事にみなさんがこの家に来てなければ、代わりに村の誰かがその切り取った手足の傷口に塗りつける薬を取りに来ていたと思いますよ?」


『あなたは……言わなくともわかりますよね?』って顔でこちらを見るリアちゃん。

もちろんわかってるけどね?認めたくはない事実というものもあるのだ。


「それで……あなたはこのあたりの地形がわかった上で、あえてこんな峠の上にある一軒家に来たんですよね?この少し先は行き止まりの崖になっていますし、まともに歩けるのは通って来られた村から続く道だけなんですけど……こんな袋の鼠状態でどうなさるおつもりなんです?この村ってこの国でも辺境に有るだけあって、近くにそれなりの強さの獣や魔物もいますので騎士様ほどではないでしょうが、男衆はそれなりに強いですよ?」

「もちろんあえてここを選んだんだよ?現状で一番怖いのがいきなり大勢で囲まれちゃうことだったからね?一方向から攻められるだけなら相手が数千、数万でもどうにかできるからさ」

「数万の軍勢の相手など医師のヒカルがどうやって……失礼だがアオイも細身で小柄な女性、それほどの力があるようにも思えぬのだが?」

「姫様、ヒカルたちは我々を追っていた『アーマーライノザウラス(大人のインド象サイズのサイのような魔物)』を魔法で打ち倒すことができるだけの強者です。……いや、それでも数万はさすがに言い過ぎでは……」


『囲まれなければ』っていう前提が守られている限りは十万だろうが百万だろうがいけそうなきはするけど……この惑星で未来永劫名を残す虐殺者になりそうだな。

沈み込んでいた雰囲気が少しだけ和んだところで聞き覚えのある鳩の声……ではなく葵ちゃんのお腹の音が静かな室内に響く。


「……」

「……」


「……どうやら水玄さんはお腹がすいたみたいですね?」

「……お、おう、そうだな」


この女、恥ずかしいからって音の出処を隣に座る俺になすりつけやがったぞ!?

でもほら、ローラさんを筆頭に全員の生暖かい半笑いの笑顔が君に向けられていることに気づいて?


「すっかり話し込んでしまい遅くなってしまいましたが夕食にしましょうか?リアちゃんはもう食べた……どころかもう寝てたかもしれないけど、果物くらいは食べられそうかな?それとも飲み物だけにしておこうか?」

「どうぞわたしのことはお気遣いなく、普通にお食事も果物も飲み物もいただきますので」

「育ち盛りのわんぱく小僧か!ローラさんはまだ固形物は辛そうですのでスープとジュースでよろしいですか?」

「ああ、面倒を掛けてもうしわけないがそれで……と、いいたいのだが、その、な」


「少しお辛そうなお顔をされてますね……どうかなさいましたか?ご気分が優れられないのですか?それとも傷が痛みますか?」

「いや、そうではなくてだな……その……ナターリエ、少し耳を」

「はっ!……はい……はぁ……ああ!なるほど、小用ですか!確かに先程は大量にジュースというモノを飲まれてましたからね」

「ナターリエ!?耳元で囁いたのにどうして大きな声を出して皆に伝えたのだ!!」


ああ、そういう……。

確かにカテーテルを挿してるわけでもないし、大手術したばかりの怪我人のおしっこはどうしようもないよな。

もちろんそちら方面の趣向にはまったく魅力を感じない俺はリアちゃんと葵ちゃんを連れて、別室で食事を準備するために部屋から出ていったのだった。



「えっ、なんですこれ美味しい……とくにこの大きくて黄色くてブツブツしたお野菜!焼いたものもスープにしたものも甘くて素晴らしいです!このイモっぽいモノにトロッとしたものを乗せてるのもとても良いと思います!」

「ああ、トウモロコシね?てかむっちゃ食べるね?普通に晩ごはんも済んでたはずなのに三日くらい食べてなかった遭難者くらい食べてるよね?」

「……はっ!?あなた……こんな大きくてたくましいモノを咥えさせるとか……やっぱりわたしの体目的だったんですか?」

「いきなり腕を背中に回したかと思えば赤黒い錆の浮かんだ鉈を取り出したぞこいつ!?俺は一切食べろとは言ってないよね?あと咥えるんじゃなくて超高速で齧ってるよね?ド○フのコントで西瓜を食べるくらいのスピードでトウモロコシ食ってるよね?そして見た目は子供、発言も子供のリアちゃんに欲情したりしないからね?」


「誰が子供ですか!どうみても立派なレディでしょうが!」

「年齢は知ってるから一応レディだとは認めるけどさ、その身体では説得力に欠けるんだよなぁ。これが有名な合法ロリというモノなのか……確かにお尻と太ももは少女らしからぬ成長力だけども!」

「『その身体』とは一体どういう意味なんですかねぇ……あと、あなたはわたしの臀部をいつ確認したのでしょうねぇ?まったく、これだからおっさんは信用できないんです!」

「おっさん言うなや!俺はまだまだお兄さんなんだからなっ!」

「むぅ……」


こちらは食堂……でいいのだろうか?ダイニングテーブルと椅子が置かれていただけの部屋なんだけどさ。

もちろん騎士様、ナターリエ嬢含めて6人+俺、葵ちゃん、リアちゃんの全員が囲めるほど大きなテーブルではなかったので机その他を全部葵ちゃんにしまってもらっい、アルミシートを敷いてから料理を並べている。

ローラさん?自分は後でいいっていわれたのでお言葉に甘えた。


てかさ、このアルミシートってローラさんの治療の時に使ったからそこそこ血まみれだったんだよ。

それをインベントリに入れて出したらあら不思議!おろしたてみたいにピッカピカに!

葵ちゃん曰く『インベントリってそういうものなんですよ?ちなみに殺菌作用もありますので井戸水や生卵なども安心してそのまま飲んだり食べたりが可能です!』ということらしい。

いや、マジ半端ねぇなインベントリさん……。


そして女の子が三人よれば姦しいと言われてるけど、女騎士様たちは怖いくらいに黙々と食べてるので実質騒がしいのはここん家の家主さんのみ。まぁリアちゃんも騒ぎながらモクモクと、モクモク○ァームにきたお相撲さんくらい食べてるんだけどさ。

葵ちゃん?さっきからたまに唸りながら恨めしそうな顔でコッチをチラチラと睨みつけてきてるだけ。

もしかして、知ってるお兄さんが知らない女の子と仲良さそうに喋ってるからヤキモチ焼かれてる?……ないな。たぶん次々と平らげられてゆく手持ちの食事に危機感を覚えてるだけだろう。

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