第027話 想像していたより重い話だった。
麓の村から歩くことおおよそ半時間。村長の屋敷からここまでの距離のわりに時間がかかったのは夜の山道だったからしかたのないことか。
思ったよりも広くて整った峠道を登った先には、こちらも思ったよりも立派な門構えの屋敷があった。木の壁はところどころ腐ってきてるみたいだけどな。
「ご苦労!葵、手間賃を渡してやれ」
「かしこまりましたご主人さま」
ポケットから出すふりをして、インベントリにしまったままだった銀貨を数枚村長の息子――33才だから俺よりもオッサンなんだけどね?――に渡す葵ちゃん。
その際両手で手を握られてたみたいだけど……にこやかな表情を崩さなかったのは流石というかなんというか。
付き合いがそれほど長くない俺でも理解できるその張り付いた笑顔……後で散々愚痴られそうだな。
てか、村長の息子、俺たちの様子というかここの家主との関係性の確認もしないでそのまま帰るんだ?自分でしておいてなんだけど結構胡散臭い話だったぞ?
いや、もちろんその方がこっちは好都合なんだけどさ。なんというか、拍子抜けするというかあまりものを考えてなさそうというか。
このまま声が聞こえない場所まで離れていくのを待つ方がやりやすくはあるけど、さすがにそこまで動かないでジッとしているのは少々どころではなく怪しいので、門を叩きこの屋敷の家主に来訪を伝える……もちろん葵ちゃんが。女騎士様との邂逅の時と同じで、男より女の子の声の方がいいだろ?それでなくとも相手は屋内で、こちらの顔も見えないしさ。
「夜分遅く失礼します!私はミカガミ家のアオイと申します。こちらに薬師クレオの弟子であるリアという方が住んでらっしゃると聞いて伺ったのですが相違ないでしょうか?」
三度ほど呼びかけた後、非常にゆっくりとした速度で開いた門の内側ではこれ以上無いほど警戒心を顕にした中学生くらいの少女が立っていた。
てか、開いた門の中から漂ってくる青っぽい臭いが……くさいです……。
―・―・―・―・―
「はぁ、ちゃんと聞いてますか?わたしがこれまでこの豊満な肉体を守るためにどれほどの苦労をしてきたか!ほら、もうコップが空ですよ?早く注いでください!」
「お、おう、わかった、わかったから……もう寝てもいいかな?お兄さん、今日は朝から結構な労働してるから精神疲労でクタクタなんだけど?てかむっちゃ眠いんだけど?あとパインジュースでどうして酔っ払いみたいになってるんだろうこの子は」
『家主の少女(よっぱらい)』に『絶賛絡まれ(アルハラ)中の俺。いや、これじゃ何のことかまったくわからないな。
話は戻って『クレオ婆さんの屋敷』こと、リアちゃんのお家の門を叩いたところまで戻る。
「あ、ここの家主の方ですよね?ええと、私達は……水玄さん、これってどう説明すればいいんでしょうか?」
「んー、変な嘘ついてもしかたないし、正直に説明するのが一番じゃないかな?えっと、自分は旅の者なんだけどさ……ちょっと話が長くなるんだけど聞いてもらえるかな?込み入った話になるから、できれば門の中に入れてもらえるとうれしいんだけど?」
「いきなり知らない男の人に、とてつもなく胡散臭い笑顔で家に入れろと言われましても……ねぇ?わたし、他所様に関わってられるほど経済的にも精神的にも余裕はありませんので話なんてまったく聞きたくもないのですが……でも、護衛の方をいっぱい連れてらっしゃいますしお貴族様なんですよねぇ?ここで逆らって首を斬られるのも勘弁ですので……どうぞ?」
グレープフルーツを皮ごと食べたような苦い顔でお家に招き入れてくれた薬師の少女、なかなかに大歓迎のお出迎えである。……てか、この子ってマップ情報では18才のはずだよね?どうみても小学校高学年くらいにしか見えないんだけど?
「本当に迷惑かけてごめんね?お金……は、ここじゃあまり使い道がないかな?それなりの種類の食材とかおやつもあるから好きな方でお礼ははずむし、それで勘弁してもらえればありがたいかな?」
「いえ、こちらこそ初対面のお貴族様に対してご無礼な態度を申し訳ありません。あまりにもマトモな人がいない辺境の村の村娘ですのでご寛容を……。えっと。小さくて雨漏りもしますが左手に厩がありますので、騎士様のお馬はそちらにお願いします。しばらく使ってないので寝藁も飼い葉もありませんけど」
田舎の村娘にしては受け答えとか妙にしっかりしてるなこの子。『ご寛容』とか、田舎娘が使う言葉じゃないと思うんだけど?少なくともさっきのオッサンとか絶対に意味わからない言葉だろう。
「お気遣いもうしわけない。そのへんは俺が、正確には葵ちゃんにお願いするから大丈夫!えっと、あと、車の荷台に大怪我をされたお貴族様が乗ってるんだ。図々しいお願いになるんだけど先に一部屋貸してもらえないかな?」
「毒を食らわば……とか言いますし仕方ないですね。では先にその方をお部屋までご案内させていただきますね」
「完全に厄介者扱い……まぁその通りなんだけどな!ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうよ。ナターリエさん、他の騎士様と一緒にローラさんをベッドごと荷台から降ろしてもらえるかな?それがすんだら葵ちゃんはトラックの回収お願い!」
「了解した!」
「わかりました」
「あ、『かしこまりましたご主人さま』はもう終わりなんだ?」
さすがは訓練の行き届いた騎士様、十分とかからずベッドは荷台から降ろされ、案内された部屋――今は亡き、この家の本当の家主であるクレオさんの私室に設置された。
てか、女騎士様の一番の上司であるローラさんが動けないから、必然的に話し合いもその部屋ですることになるんだけどね?
「ええと、年若い女の子に、いきなりこんなことをいうのは大変失礼だとは思うんだけど……独特の他人の家の臭い?それとも体臭?がその……正直つらいです」
「ほんっとうに失礼な人ですね。ていうか本来のわたしの匂いは甘くてミルキーでお花の香りですからね!日が暮れてからのいきなりの来客でしたので男避けの薬剤を屋敷中に多めに撒いてあるんですよ。お師匠いわく『一度臭いを嗅げば一週間は○起しなくなる、性欲減退の奇跡のフレグランス』らしいです」
「ナニソレコワイ……いや、それ、大量に吸引して大丈夫なヤツなの!?ずっとタタないとかないよね!?俺、まだまだあと80年くらいは現役でいたいんだけど!?」
「いったい貴方は何歳までぼっ……いえ、何でもないです」
『ぼっ』の続きをとても言わせたいけど、深く追求すると葵ちゃん以外の女性陣にまでドン引きされそうなので控えておく常識人の俺。
ほら、もしかしたら女騎士様の誰かとワンチャンあるかもしれないからな!
てか女騎士様が全員真っ赤になってうつむいちゃってるんだけど、案外ピュアハートの持ち主なのだろうか?俺の中では『女騎士団=女子校』みたいな感じで、ドギツイ下ネタでも耐性バッチリなイメージなんだけど。
「さて、場を和ませるのはこれくらいにして、何から説明すれば……いや、口で説明するよりも見てもらうほうが早いか」
てことで、窓際に設置されたローラさんのベッドの端っこに腰を下ろしてマップ画面を開く俺。
「外でも何度か開いてますので騎士様は目についていたかと思いますけど、俺、近隣の地形の確認が出来る能力……つまり、地図を開く能力があるんですよ」
「……いや、ヒカルが何やら空(くう)に向かって手を動かしている姿は見たが……地図?」
「……あれ?えっと……もしかしてコレ、見えてませんでした?」
(デメリットしかありませんので『所属しているシステム』を認識できていない現地人には見えない設定となっております)
(そうだったんだ!?それは見える人の指定とか出来る感じなのかな?)
(可能です。室内の現地人に対して可視化します)
「おおっ!?な、何だそれは!?いきなりヒカルの前に何かが……いや、地図と言ったな……確かにこれはこの村近辺の地図……なのか?ふむ、もしやこの真ん中に集まっている、名前の付いた人形のようなモノが我々なのかな?」
「ご理解早くて助かります。まぁ、このように私には訪れた場所の近隣の地図がわかるのですよ。そしてローラさんがお気付きになられた名前の付いた人形のようなモノですが、少し離れた場所、この村の村人の家々になるんですけど……色が違うのがわかりますかね?」
「確かに、この家にいる人間であればナターリエとヒカルとアオイが青、私が水色で他の者は白だな。村で暮らす人間は……女性らしき名前や小さな人形……おそらくは子供なのかな?それらには白もいるが男らしき名前の人間や、そちらにある家の家人などは男女問わず全員が赤いな」
「そうなんですよ。ちなみにこちらの全員真っ赤な家は村長の屋敷ですね。で、これが今回この村で急に俺が小芝居を始めた理由なんですけど……ナターリエさん、いきなりのことで驚かせてしまい申し訳ありませんでした」
「ああ、確かに驚きはしたが……それよりもアレはなんだったのだ!?ソレと同じ様な小窓がいきなり目の前に現れたかと思えば文字が書き出され、その後ヒカルとアオイの声が頭の中に聞こえるようになったのだが!?あれもその地図の力なのか!?」
「いえ、そちらは葵ちゃんの能力ですね。まぁそちらの話はまた今度機会があれば。で、大切なのはアイコン……人形の色なんですよね。赤い色の人間、つまりこの村の多数の人間は見ず知らずのはずの我々に悪意……いえ、害意を持ってるんですよ」
「そ、その地図はそのようなことまで分かるのか!?……いや、それはおかしくないか?馬車の荷台でアオイに聞いたが、この村で我々が接触したのはそこにいるリアを除けば村長一家だけなのだろう?」
「的を射たご意見、非常に助かります。そうなんですよ、この村のほとんどは俺たちがこの村に来たことすら知らない村人、なのに赤く色付けされている。こんなの相手が生きてるってだけで人間を憎んでるアンデッドか、こちらを餌としか認識していない魔物や肉食獣、それとも」
「……誰彼無く他人を害そうとしている犯罪者か、小さい頃より憎み合っている敵国の人間くらいではないかな」
「ええ、俺もそんなところじゃないかと考えました」
「しかしそれなら気づいた時にそのまま逃げれば!……いや、それもこれも私の怪我のせいか……すまない、命を助けられた上にその恩人を危険にさらしてしまうとは……ヒカルとアオイの二人だけならばすぐさまここから離れられた、そもそもこのような辺境の村に訪れてもいなかったであろうものを」
「まぁ偶然が重なっただけの話ですし?細かいことはお気になさらず」
内臓をいじくり回させられたけどおっぱいも見せてもらったしな!
……はたしてあれはおっぱいだったのだろうか?グー○ル先生で検索したら『もしかして:大胸筋?』って言われそうなほどこっぱいだったんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます