確保

 警視庁内の大会議室に備え付けられた黒板に、蘆花がチョークを使って爆弾事件の詳細を書き込んでいく。美しい書体で理路整然と並べられている文字はとても見やすく、事件の状況を把握することに貢献している。なお、最初の書記係は比良塚警部であったが、あまりにも字が汚かったために役目を下ろされた。


「じゃあ、現状を説明するわね。一件目の爆発騒ぎは千夜田の尋常小学校、朝早くに放棄されていた鉄の箱を教師が発見し、中身確認のために開封したところでボンッ。爆風に呑まれた教師三人と煙を吸いすぎて処置が間に合わなかった生徒一名が亡くなったわ。さらに、小学校自体がほぼ全焼ってのも被害ね」

「まったく酷い有様だ。政府要人から八つ当たりされたよ」

 大警視はケラケラと笑って、お茶菓子として用意された煎餅をボリボリと貪る。慧はどこか他人事の大警視に。現場から離れた警察官などこんなものかと失望しながら煎茶を啜り、ちらりと黒板のほうを見る。その視線に合わせるように、蘆花は二件目の爆発について口を開いた。

「二件目は昨日深夜、陵国の繁華街で売薬を営む商家から出火、鎮火までにかなりの家が燃えたわ。被害者は二十九名、夜も遅かったから逃げ遅れた人が多かった。火種は小さいし、小学校のものと似てはいないわ」

 蘆花はそういって、爆発した痕跡の写真を焼き増しにしたものを全員に配る。写真を手にした慧は、そこに映った装置を目を凝らして見つめる。写真には円筒状の鉄箱が上部の蓋を吹き飛ばして爆発したような形で焼け焦げており、小学校で見た爆発物とは似ても似つかないものであった。

「確かに別物のようですね」

「でしょ? 円筒の大きさは直径二十五センチ、高さは三十センチ、形状的に違いすぎる。でも、脅迫状が届いているから同一犯と見るしかないのが現状ってわけ。ちなみに、脅迫状は同じタイプの暗号で、中身はリヨウゴクノクスリヤガモエル、警官たちとわざわざ軍人さんにも頼んで警備をしたんだけど……間に合わなかった。あとは警部からお願いします」

 蘆花は一つ息を吐いて、比良塚警部にバトンを渡す。警部はタバコをグシグシと灰皿に押し付けて消し、腰をあげると咳ばらいをして続ける。

「現在、犯人の目途は立っておりません。なにしろ脅迫状の消印はバラバラ、鑑識にも指紋をお願いしましたが」

「箱についてたものと一致した、でもそれだけね。下足痕も両方の現場がもともと人の出入りが激しい場所だからもうグチャグチャ、手掛かりなしよ」

 席に戻った蘆花が手をひらひらと振って答えた。現場は小学校と薬屋、確かに不特定多数の人が行き交う場所である。慧は手元にある資料に目を落とし、ううむと唸って、

「所見、よろしいでしょうか」

 と、いってその場にいる五人を見渡して発言をしてもよいか尋ねる。大警視はこくりと楽し気に頷き、ワクワクとした表情で、

「おっ、デュパン君の推理が聞けるようだね」

「推理とはとてもとても……ただ、一つ言えることは最初の爆薬は硝安、硝酸アンモニウムを用いた非常に科学的な爆薬でしたが、これを買うには金がかかります。それはもうとんでもない額に。ですので、一発目は目を引くために強烈なものを、二発目は比較的安価な素材で作ったので見た目にはこだわらず、小さくまとまった。こうは考えられませんか?」

「なるほどねぇ……」

 大警視は星の名前を冠した両切りのタバコを咥え、隣の公安部長が素早くマッチを擦って着火する。鋭く目を尖らせた大警視は息を吸い込み、タバコの半分を一気に灰にして紫煙を吐き出すと、

「つまり、デュパン殿がいいたいのは、爆弾を用意できるが金を持っていない少数犯。ということかね」

「硝酸アンモニウムは横羽間居留地で海外の商人が取り扱っているそうです。それ以外には国内で製造するのは厳しい、私でも専門の設備がなければ生成は不可能、日ノ本では横羽間の商人から購入するほかないでしょう。……結論として犯人は商人のいい値で買うしかなく、量を十分揃えることができなかった。次の犯行を見れば断定できるかと」

「……ふむ、筋は通っている」

 大警視は根元までタバコを吸い上げて灰皿にグリグリと押し付けて、ぼふぼふと煙を吐き出しながら慧に、

「デュパン君、それにしても君はよく帝都に来たばかりで横羽間の商人まで調べているね」

 大会議室に入室したときのような好々爺然とした笑みとは別の、酷く冷酷な、断罪人が如き張り付いた笑みで、なにかを言葉の裏に責めるものを含めて問う。慧はここで来たかと、負けじと張り付いた笑みで、

「生憎、無職で時間が有り余っているもので」

「だからといって横浜まで行って爆薬の材料を調べたりするものかい?」

「爆薬の原料だけを調査したわけじゃありません。なにが足り、なにが足りないかをこと細かに分析する。商売を始める基本ですよ」

「そうかそうか、……頭の良い君ならこの後私が何を言うか、わかるんじゃないかな」

 ここまで芝居がかったやりとりをして、慧はひどく肩を落として、かはぁと心底めんどくさそうな息を吐いて、

「容疑者として留置所によろしくどうぞ、ってことですね」

 刈り上げた側頭部をガリガリと掻いて席から立ち上がった。そのさまを見た大警視は愉快気に両手を叩き、キッと慧を睨みつけて、

「はっはっはっ! 大正解だ! すまないが、次の脅迫状が届くまでの間は臭い飯を御馳走しよう。……おい、連れてけ」

 ドスの効いた腹の底に響く低い声で大警視が指示を飛ばすと、会議室の扉からドタドタと警官服を身に纏った集団が入室し、慧を取り囲んで彼の両腕をむんずと掴む。慧が気の抜けた声であー、ドナドナ~と言って全身を脱力し、抵抗することなく会議室の外へ連行される。比良塚警部は突然の展開に目を白黒させながら怒鳴り声をあげ、

「いやいやいや! い、いったいどういうことですか! 大警視方は鬼崎君が犯人だとお思いで!?」

 猪よろしく、大警視たち三人の前にある長机をバンバンと叩き、慧を犯人とは思っていない警部は猛抗議の声をあげる。そんな比良塚警部に蘆花は自身の耳に指を突っ込み、資料をべちべちと頭部へぶつけ、

「うるさい。父さんは逆に慧くんを容疑者から外して協力してもらうために捕まえたに決まってるでしょ。絶対に次の犯行予告が届くわ、今日にでもね。そのときに犯人が捕まればよし、ダメなら彼の白を証明することで味方にし、爆発物の知識で協力してもらう。簡単な話でしょ」

「そうだ、彼が何者でどこからきたのかはこの際どうでもいい。我々の持ちえない知識を備えている以上、彼が敵でない証明が欲しいのだよ我々は。では、比良塚君、刑事部と公安部、互いが手を取り合って事件を解決してくれることを願う。比良塚君は退室してよろしい」

 警部は大警視の発言にぶるぶると震えながら、顔を真っ赤にして大警視らに敬礼をし、

「……失礼します」

 怒りに満ちた声色で退室した。


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