女傑

 大八車に例の箱を載せた慧は朝早く、家からそう離れていない警視庁へと足を運んだ。だが、まだ勤務を始めたばかりであろう警視庁の受付や警官たちが異常にピリピリとしている雰囲気を醸し出し、そのようすを慧が疑問に思っていると、受付の奥より昨日見た鑑識のとっぽい眼鏡を掛けたほう、黒須が慧に駆け寄ってくるではないか。厄介ごとの臭いを感じた慧は早口で黒須をまくし立てて逃げ切る作戦を実行しようとして、

「あ、黒須さん。例の再現品は外の大八車にありますんで――――」

「こっちにお願いします!」

 右腕をつかまれて受付の奥、つまりは庁舎内に連れ込まれる。結局はこうなるのかと、溜息をついて、自身を追従しているネネルに、

『ネネル、再現品の見張りを頼むわ。長くなりそうだ』

『任せて~』

 大八車の見張りを頼み、自らは身を流れに任せることに決めるのであった。





 慧が連れ込まれたのは、大会議室と銘打たれたかなりの広さを持った部屋で、そこには見知った蘆花、比良塚警部に顔を知らない洋装の白髪が輝く老人三名が椅子に座り、ドアから現れた慧を見つめた。凝視される慧は居心地の悪さから、はははははと半笑いをしつつ、近場にいた比良塚警部を小声で問いただす。なお、黒須は大会議室に慧を放り込むと一目散に逃げだした。

「警部さん、いったいなにごとなんです。絶対あの御老人たちは警察のお偉いさんでしょう」

「……すまん、昨日の爆発騒ぎの話を聞きたいと上が譲らなくてな。陵国の件もある、悪いけどちょっと付き合ってくれ、飯奢るからさ。彼らは左から刑事本部長、大警視、公安の頭だ」

 本当に申し訳なさそうな比良塚警部の態度を見て、怒るほど狭量でもない慧は一つ鼻を鳴らすだけで我慢し、空いている比良塚警部横の席につき、

「どうも、鬼崎慧と申します。皆様にご挨拶出来て非常に光栄です」

 そういって椅子に座ったまま頭を下げた。中途半端に無礼なのは、子供っぽい仕返しのつもりである。三人の老人はそんな慧の態度に腹を立てることもなく、好々爺然とした笑顔を揃えて頷き、そのうちの一人であるカイゼル髭を綺麗に整えた白髪交じりの老人、比良塚警部には大警視と呼ばれていた人物が、

「うむ、そのぐらい無礼でなくてはな。帝都のデュパンと名高い鬼崎君に会えて我々としても光栄だよ」

 カカカと呵呵大笑し、残る二人もつられて笑う。外からの日光が彼らの背後に差し込み、まるで神仏が如き徳がある人物に慧は思えた。そして、聞き捨てならない言葉も同時に耳にする。

「……帝都のデュパン、ですか」

「うむ、蕗谷の夫人があちらこちらで触れまわっているぞ。名探偵が帝都に現れたぞと、な。話半分で聞いていれば、その名探偵が火事場で子供を救ったそうじゃないか、それも四人もだぞ? なれば我々が興味を持つのもおかしくはないだろう? そんな折、蘆花から今日か明日にでも警視庁を訪れると教えてもらったのでな、君を待ち伏せていたというわけだよ」

「思ったより帝都のデュパンは童顔ですな」

「しかし、たっぱはかなりのものだぞ。比良塚君よりも大きい」

 自身への値踏みを含めた視線で慧の愛想笑いも乾いてきたころ、パンパンと手を叩いて蘆花がそれを中断させる。蘆花は大きな溜息を吐き、

「そこらへんにしときなって、陵国の件もあるんだからさ」

 と、いって腕を組んで三人の警視庁高官を睨みつける。そんな蘆花に三人組はタジタジになりながら、

「ごめんごめん蘆花ちゃん」

「すぐに会議始めようか!」

「おい、人数分お茶頼むよ!」

 バタバタと会議の準備に取り掛かりだす。慧はその様を見て、こそこそと比良塚警部へ蘆花と三人の関係について尋ねる。すると、比良塚警部は非常に言いにくそうな微妙な表情を浮かべて、

「あの三人、大警視はお嬢の父親で、残りの二人は親戚なんだよ。小さいころから三人ともメロメロでねぇ……頼まれたことは全て叶えちゃうほどの溺愛っぷりなんだわ」

「ちょっと待ってください、彼女が鑑識になれたのって……」

「バリバリのコネだ。だけどよ、最初はコネ女なんて揶揄されたがな、お嬢の腕は確かだって証明されたからよ。今じゃ警視庁鑑識課の花形ってわけよ」

「なるほど、なかなかの女傑ですね」

 慧と警部の二人は三人を𠮟りあげる蘆花を見て、うんうんと頷いた。



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