再現完了

 帝都、上野は河童橋にて鬼崎慧が爆薬が仕込まれていた箱の外観と中身の写真を参考にして爆弾の材料を買い集め、借り受けた大八車でそれらを家まで運んで一息をついていると、高速で移動するための光の玉形態ではなく、十人いれば十人が振り返る美女の形をとったネネルが、いつも通りふわふわと空を浮きながら慧の周りをくるくると纏わりついて、

『あらあら~、今度はなにを作るのかしら』

 頬や首に自身の顔をこすりつけて甘える。慧は心底うっとおしそうな声をだして、ネネルをむんずと掴んで放り投げる。

『いくら説明しても無駄だからおまえには説明はせん。ネネルは邪魔だから散歩にでも行ってろ』

『違いない。さぁ、始めようか慧、知恵の神であるユグメが力を貸そう』

 三日前の事件では出番がなかったので今回こそは慧の役に立つためにと、やる気十分のユグメが居間に積まれた材料と道具の山を整理する慧を後ろから抱きしめるように憑依する。ユグメと慧が同化した際に慧が得られる能力は視覚覚醒、視覚による情報収集能力が飛躍的に上昇するのである。


 慧はまず居間にある卓袱台を動かし、居間全体を広く使える状態にして鉄の箱を部屋の真ん中に据える。慧は鉄箱の土台と上蓋を繋ぐ丁番を外して上蓋を横に置き、中へ購入してきた金属線を設置していく、その最中、ユグメが不意に慧に語りかける。

『びっくり箱を作るのはいいけど、いったいいくら貰えるのさ。材料費は一緒に買い出しに行った警部さんにつけてもらったけど、手間賃が一円とかじゃ足が出るよ』

 ニッパーでぱちりと金属線を切っていく慧がユグメの心配に、にんまりと下品な笑みを浮かべ、口角を裂けるほどに上げて答える。

『完全に再現したら二十円くれるってさ』

『それ絶対騙されてるって、僕はその場から離れて周囲の探索してたけどさ、女の子がそんな大金払えるわけないじゃないか』

 ユグメはニッパーを畳に転がして箱に工具で穴を開け始めた慧を呆れた口調で諭す。慧はユグメのごもっともな発言にチッチッチッと舌を鳴らして、

『蘆花さんは大警視の身内らしくてな、実家も信じられないほど太いってさ。だから約束は間違いなく守られるだろうって比良塚警部は言ってた。実際、女性が洋装で警察の鑑識やってんだから確実にコネはもってんだろ。蘆花さんプライドも高そうだったし、俺は目の前の現金を得るために頑張ってんだよ、水差すんじゃねぇ』

 と、いって箱に金属線を通して上蓋の開閉時に一定の角度で止まるように細工を終えた。続いて慧は飲み終えたラムネ瓶、金属製の漏斗、爆薬代わりの砂などを加工しながら箱の中に様々な買ってきた材料を詰め込んでいく。慧が全ての工程が完了したころには夜はすっかり更けてしまっていた。

『完成だ。使った時間は?』

『爆薬の生成は抜きにして七時間ってとこかな。もう夜の八時近い、僕がサポートしたにしても普通の人間なら十時間はかかるだろうね』

 ユグメのその言葉に、同意の証を込めて頷き、

『加えて、この装置自体はかなり不安定な構造をしている、犯人は間違いなく独り身。さらにこんな目立つものを堂々と運ぶのは大変だ、小学校の近くに住んでいるのは間違いないな。爆薬もこの箱の仕組みから考えると……』

『爆発規模的に硝酸アンモニウム』

『燃料は校舎玄関にわずかに香った桃の腐った臭い、ニトロベンゼンで間違いないな』

 答えを導き出して工具などの片付けを開始する。慧から離れたユグメは凝りもしない肩をぐるぐると回して室内を飛び回り、

『私見として報告書でも書いて渡したらどうだい? 日ノ本の鑑識は出来たばかりで一つの情報を解析するのにえらく時間がかかるんだろう?』

『……そういうなよ。俺やおまえみたいに疑問をすぐに答えにできる能力なんて普通に人間には存在しないんだ、彼らはよくやっている』

『すごく自然な態度で見下すよね、慧ってばさ』

『それは尊大な女神さまたちが俺のことを育ててくれた弊害だな。そろそろ休もう、ネネルを探してきてくれるか』

 ユグメがはいはーいと軽い返事をして、女神の姿から光の玉へ姿を変えたところで、開きっぱなしの玄関から人間形態のネネルが家の中に飛び込んでくる。その姿はまるで怒りを爆発させる寸前のようである。慧はネネルのそのような姿を心配して声をかける。


『どうしたネネル』

『脅迫状、また届いてたわ! 次は陵国だって』

 ネネルの言葉に一瞬慧は殺気立つが、すぐに抑えて、家の戸締りと寝具の準備をすると、

『寝るぞ』

 といって、明かりであるランタンの火を消した。その慧の姿に納得できないネネルは、彼に詰め寄り、大声で彼に問う。

『なんでよ慧ちゃん! 脅迫状が来たんだから私たちも応援にいこうよ!』

『バカいえ、俺は一般人だ。朝の爆弾騒ぎは成り行き、爆発物の再現は無理矢理とってきた仕事、呼ばれてもいない文字通りの火事場に行ってどうする。逆に犯人だと思われかねないっての。どっちみち、明日の朝に警視庁へ再現品の納品しに向かうんだ。俺たちが焦ることはないさ』

 慧は正論でネネルを言い含めて眠りにつく。


 その夜の遅く、陵国橋西側の広小路は赤く赤く燃えあがった。


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