帝都爆炎陣

一発目

 慧たちが新居に引っ越してから早三日。家の主となった鬼崎慧は朝も早くから居間にある卓袱台の上に財布の中身を広げて残金を確認していた。といっても、未だに職にありつけていない男の財布の中身が増えているわけもなく、一つ溜息をついた慧が右手で硬貨をまとめていると、玄関の木戸を叩く音が耳に届いた。居間の壁にある時計によると時刻は朝の七時過ぎ、人を訪ねるにはいささか早い時刻ではあるが、慧は気にも留めずに短く返事をして玄関の引き戸を開ける。すると、そこに立っていたのは、つい先日知り合ったばかりの比良塚警部であった。


「よっ、鬼崎君。引っ越したってこのまえの葬式の時にいってたからよ、引っ越し祝いを持ってきたぜ」

 そういった比良塚警部の右手には、唐草模様の風呂敷に包まれた手荷物がある。そして、それとは別に警部の左手に意味ありげに握られた便箋にも慧は気づいたが、特には触れずに彼を応接室として使用している次の間へ案内する。警部は次の間に設置してある長方形の座卓へ右手の荷物を置いて風呂敷を広げ、

「じゃん、吟座≪ぎんざ≫のレモンケーキだ」

「これはこれは……すぐにコーヒーを準備しましょう!」

 久しぶりの甘味に心なしか声が弾む慧は、バタバタと水屋まで走り事前に挽いていた豆を使い、慧と警部二人分のコーヒーをそそくさと急須に淹れると、湯呑と共にお盆に乗せて次の間で待つ警部の元へ戻る。急須と湯呑なのに出てくるのは黒い液体といった珍妙な光景に比良塚警部は苦笑を浮かべるが、始めて飲んだコーヒーの苦みが口に合ったのか、苦笑はすぐに満面の笑みへと変わった。

 二人してレモンケーキを存分に味わった後、コーヒーで後味を洗い流す比良塚警部へ慧は例の便箋について問う。

「引っ越し祝いはついでで、警部の持たれていた便箋が本題なんでしょう?」

 ずずずっと音を立ててコーヒーを飲み切った慧の言葉に、比良塚警部は後頭部をガリガリと掻きながら、

「わかっちまうかぁ、そうだ、知恵もんの鬼崎君に見てもらいたい手紙があってな」

 これなんだけどよと、座卓の真ん中にあったお盆に乗った急須と風呂敷を端に避け、警部は三つ折りで折り目がついた一般的な白い便箋を代わりに広げた。そこには、【61・23・41・03・61・42・85・41・32・85・13・21・43・25・13】と数字が羅列されているだけであった。

 慧は左手を顎に当て、警部の目をじっと見て、

「これ、いつの手紙です?」

 額に汗を滲ませながら、少し焦った様子で警部に尋ねた。そのようすを不審に思いながらも警部は確かと言葉を置いて、

「昨日の昼ぐらいに警視庁に届いたんだけどよ、意味不明だし他の刑事からは放置されてたんだが、どうにも気になって引っ越し祝いついでに鬼崎君ならわかるかもなって持ってきたのよ」

「お手柄ですよ警部、千夜田≪ちよだ≫の尋常小学校に警官を向かわせてください。爆弾を仕掛けたと、この暗号には書かれています」

 慧の言葉に警部はぎょっと目を剥き、大きな声でなんだってと叫んだ。

「ほ、本当かい鬼崎君!」

「説明している場合ではありません、昨日この手紙が届いたのならばいつ爆発しても――――」

 慧が言い切らないうちに、二人の耳にはなにかが炸裂する音が届き、警部と慧は顔を見合わせてサッと青ざめると、どちらからいうともなく出かける準備を始める。


『ユグメとネネル、先行して情報を集めろ』

『わかった』

『任せてちょうだい』

 慧にしか見えない光の玉たちが光速で千夜田の尋常小学校方面へ飛んでいく。続いて、いざという時のために用意しておいた、二階の納戸にあったトランクケースを開けて中身を見て不備がないことを確認し、既に準備を終えていた警部に、

「車を拾いましょう、響谷と千夜田が近いとはいえ小学校まで歩くと結構な距離があります」

「わかった、費用は任せてくれ!」

 金欠の慧にはその言葉がありがたかったが、今の状況でそんなことはどうでもよく、一刻も早く現着しなければという思いが慧の心中には満たされていた。


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