合間劇-1-

新たなる住処

 蕗谷千代から事件解決の報酬に譲り受けた新たなる住処は、ちょっとやそっとでは動揺しない心根を持つ鬼崎慧でも気後れするほどの豪邸であった。

 千代から教えられた住所を尋ねた慧の目に飛び込んできたのは、寝殿造りの武家屋敷染みた部分があるが、一方では煉瓦を積んだ洋館の部分も存在している、いわゆる和洋折衷の異様な豪邸である。その特異な豪邸を取り囲むのは、きちんと管理をされた芝の海、海の中には花壇の山が二つあり、両の中心には桜の木が満開の花で慧をもてなしている。


『素敵なお家ね~』

 不意に秩序の神・ネネルがふわりと慧の背後に着地する。ゆるくカールした青髪に、古代ローマの服装であるトガを美貌のままに着こなすネネルの浅い言葉を慧は鼻で笑いとばす。

『中身のない感想だ』

『友である知恵の神としても恥じるばかりだよ』

 続いて桜の木に乗っかるように現れた知恵の神・ユグメが慧と同様にネネルのことを罵倒する。二人から感想の落第を突き付けられたネネルは頬を膨れさせて、両手をブンブンと振り回して抗議の意を示すと、ずかずかと屋敷の中へ消えて行ってしまう。ユグメと慧はその光景を微笑ましく見守りながら彼女に続いて屋敷の中へ入った。


 玄関の土間を抜けると目の前には居間、その横の通路には二階へつながる階段が鎮座しており、一階部は日本式の屋敷とそう変わらないものという印象を慧は受けた。

『なかなかに手入れが行き届いているね』

 物こそ少ないが細部まで手入れが行き届いている居間を見て、心なしかわくわくしている雰囲気がユグメから発せられる。慧は珍しいものを見たと言わんばかりに目を少しだけ見開き、

『ユグメが単純に楽しそうにするのは珍しいな。いつもなら皮肉の一つでも吐いている場面だが』

『失礼な、新居と聞けばいくら僕でも心ぐらい躍るものさ』

 と、いってユグメは一階の別の部屋に消えていく。神は現世のものへ基本的に干渉できないので好きに見て回るのだろう。現にネネルがどこに消えたか慧には見当がつかないのである。


 居間を抜けて縁側に出ると左手には板の間、西洋でいう水屋などを置くダイニングキッチンが六畳分ほどの大きさで確保されており、ダイニングキッチンの左手には納戸が、右手には土間敷きのカマヤ、いわゆる竈をしつらえた炊事場が用意されていた。大きめの勝手口があるので家人はここから出入りするのが基本なのだろうと、慧は結論づけて一人頷く。

 慧が縁側に戻り反対側、居間から見て右手を縁側沿いに進むと次の間、座敷の二つと縁側から見えない返しの位置にある便所が目に入る。座敷は床の間を含めて十二畳ほど、次の間はその半分ほどの広さであり、次の間だけが居間に繋がっている。代わりに座敷の部屋奥にはどこにも繋がっていない脇の間、控えの間と言われる待機部屋が存在していた。

 一階部を見て回った慧の感想は、一般的な屋敷だとしか思えないといったものであった。特筆すべきは二階部なのだろうか、外観の洋館要素がそこに詰まっていると信じ、慧は勾配のきつい階段を上り二階へと向かう。


 二階へとたどり着いた慧の目に映ったのは、子供部屋とも思える洋式の小部屋、おそらくは蕗谷家の子息が部屋の主であったであろうその部屋は、柱に身長を測ったような傷が刻まれている。一番高い傷は百四十センチ、部屋の主は――――

 慧は思考をそこでやめ、二階の別部屋を見学する。納戸と思われる部屋の引き戸を開けた慧の目に飛び込んできたのは、小高く積まれたフライ鍋の山や漆塗り膳のセット、最新式の革張りトランクにカンテラや蓄音器などの見るからに高級品な品々であった。

『どうするのさ、こんな高級品』

『……どうもこうもない、千代さんにお伺いするしかないだろう。必要とあれば本宅に運ぶし、必要ないのならば俺たちは一階で生活することでこれらの品々には触れないように心がける』

 突然戻ってきたユグメのことなど意にも介さず、至極まっとうなことな慧の言葉にユグメは口を鋭く尖らせ、

『もらっちゃえばいいのに』

 と、嘯くが、二階の床からまるで舞台装置である奈落が如く、ゆっくりとせりあがってくるネネルが、

『過分な報酬は秩序を乱します』

 そういって、ユグメの足をつかんで一階へと連行した。静かになった納戸内で慧は、ふうと息を吐いて再び納戸の中を見回す。すると、慧は納戸の奥に先ほどは目につかなかった大鏡を見つける。少しばかり埃をかぶっている大鏡であったが、慧は手近にあった布を手に取って表面を軽く拭うと、汚れは綺麗に取れていく。ある程度拭き終えた慧が再び鏡に向き合うと、そこには、二十四歳とは思えない童顔で、真っ白なドレスシャツに黒地で赤と緑のラインが入ったチェックベストとノータックハーフクッションの黒いテーパードスラックスを身に着けた若造が不思議そうな表情で映り込んでいた。あの寒村で虐げられていた時とはまったく似つかないその姿に、慧は自重にも思える笑みを浮かべ、納戸にある品を控えるための筆記用具を探すべく、階下の女神たちと合流するのであった。


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