協力

 時を同じくして、鬼崎慧を見守る女神の片割れである秩序の神・ネネルは帝都においての本拠地を決めるべく、日曜日で人が賑わう帝都の街々を高速で飛び回っていた。ネネルは西栖鴨≪にしすがも≫、池嚢≪いけぶくろ≫、滝乃川≪たきのがわ≫、目玄≪めぐろ≫、仲野≪なかの≫、多井≪おおい≫、大守≪おおもり≫、志奈川≪しながわ≫、帝都郊外の様々な物件を巡ったが良い物件には巡り合えなかった。どうにも、郊外は交通の便が整備されていないところが多く、家賃が安い代わりに非常に物価が高く、帝都内に住んだほうが結果的に安くあがる目算なのである。加えて、郊外は警察の力が及びにくい場所もあり、治安に不安がある場所も多い。一度物件探しはやめ、ネネルは待ち合わせ場所の件のカフェへ戻ることにした。家賃の安い帝都郊外か、それとも安全を取って帝都内で高額の家賃を払うか、結局のところ生活をするうえで苦労するのは鬼崎慧だからである。


 合流を決心した数分後、例のカフェへとたどり着いたネネルは店の外に野次馬がいることに気づく。なにかあったのだろうかと、ネネルの身体が常人には見えないことを利用して、するりするりと人ごみをすり抜けて店の中へと向かっていく。店のドアをもすり抜けたネネルの目にまず入り込んできたのは、苦しげな表情で絶命している男性の遺体。すわどうしたことかと辺りを見渡せば、同じく鬼崎慧の保護者であるユグメがおいでおいでと手を振ってネネルを誘導しているではないか。

『いったいなにごとなの?』

 誰に聞こえるわけでもないのに思わず声を潜めるネネルに、ユグメはいつも通りの皮肉気な笑みを浮かべて、

『ご覧の通りさ、慧が食事をしていたら、いや、まだ手を付けていないから食事前か、死人が出た。亡くなった男性は急に喉を押さえて倒れてね、全員が持病である心臓の病だと思っていたんだが、慧が毒殺だと見破ったところさ』

『なにがどうなったらそうなるのよ……』

 ネネルは自身が少し離れている間に、よくもまあ厄介ごとに巻き込まれたものだと大きな溜息を吐き、

『慧ちゃんに危険はないのね?』

『ないとも、心配なら君が慧の身体に憑いてやるといい。私の視覚覚醒はこの場において役に立たなさそうだからね』

 噛み殺すような笑いをもってユグメはふわりと浮かび上がり、未だ手をつけられていない鬼崎慧のサラダが放置されているテーブルへと腰を掛けた。


 比良塚警部の事情聴取は進み、シェフである北方茂の後に女給の赤坂篤の話を聞いた警部は、続いて明らかに関係のない第三者である鬼崎慧に声をかける。

「すまんね、お兄さん。関係ないことはわかってるんだが仕事なんでな、名前と事件当時のことを詳しく聞かせてもらえるかい」

 朗らかな笑みを鬼崎慧に差し向けながら比良塚警部は手に持った手帳にガリガリとなにかを書き込んでいき、まずは鬼崎慧に名前を尋ねた比良塚警部は、次に事が起こったときの状況を聞き始める。

「旦那さんが倒れたとき、お兄さんが救護しようとしたそうだね」

「はい、といっても駆け寄ったときには既に手遅れでしたが」

「いやいや、人が急に倒れて救護しようだなんて、なかなかできるもんじゃないよ」

 ぼそりと事件性薄しと呟きながら、比良塚警部は手帳に筆圧の強そうな大きな手で文字を書き込んでいく。どうやら比良塚警部の中では病死と決まりつつあると感じた鬼崎慧は、蕗谷千代にやったように、一歩だけ比良塚警部のほうへ進み出て、彼の耳元に顔を近づける。そして、一言、

「これ、殺しですよ警部さん」

 凍えるような冷たい声色で比良塚警部に囁く。鬼崎慧の言葉に比良塚警部は驚きつつも、決して顔には出さずに鬼崎慧へ囁き返す。

「本当か、根拠は?」

「根拠なんてのはいくらでもありますが、ウダウダ言っても仕方ないでしょう。一芝居打つんで、協力してもらってもいいですか」

 鬼崎慧のいきなりの協力要請に、比良塚警部は訝し気な表情を浮かべて、手に持った鉛筆の尻で眉尻を掻くと、

「わかった、それで、なにやるってんだい」

「犯人しかやらないことをやらせます。千代お婆さんにも手伝ってもらって」

「……そいつは結構だがな、もっと分かりやすい証拠を突きつけて終わりってのにはできないのかい」

「司法解剖でもしない限り状況証拠しかありません、それに……」

 鬼崎慧はちらりと夫の遺体を見て涙ぐむ蕗谷千代を盗み見て、

「解剖をすることで彼女が悲しむ姿を見たくない、警部さんもそう思いませんか」

 鬼崎慧の言葉に、比良塚警部は一瞬ぽかんとした表情をし、すぐに口角をあげ、

「そうだな、女の涙ってのは男にゃキツイ」

 彼の言葉に満足気に頷いたのである。


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