イン・ザ・ミラー

遠藤みりん

第1話 イン・ザ・ミラー

 私は違和感に悩まされている。


 それは言葉で表現する事は出来ない。


 例えば食事の時、利き手である右手でスプーンを持つ。そんな些細な事に妙に違和感を覚えてしまう。


 違和感の理由を探す為に左手を使ってみる。やっぱり駄目、利き手ではない左手では上手くスプーンを使えない。


 また気晴らしにドライブをしている時も左側通行の運転に違和感を覚えてしまう。右車線で走ることが出来たならどんなに気持ち良いか。そんな事を考えてしまう。


 運転だけじゃない、右ハンドルである事にも違和感を覚える、私の車は日本車なのに。


 朝、化粧をする為に鏡の前に立つ。


 拭う事の出来ない違和感に疲れてしまってるのか表情も冴えない。


「なんかしっくりこないな……」


 思わず独り言が溢れてしまった。


 その違和感は食事や運転の時だけではない。


 例えば文字を読む時。


 例えば使い慣れた家電のスイッチ。


 例えばデスク周りの物の配置。


 生活における全ての事柄に違和感を覚えてしまう。


 精神科に通ってみた。


 先生は「ストレスですね」ただそれだけで片付けてしまう。


 診察してる傍から先生の名札の文字に違和感覚えてしまっていた。


 違和感の所為か鼓動がどんどん早くなってしまう。


 ドクン


 ドクン


 ドクン


「あれ?心臓って左側だよね?」


 違和感が拭えない。


 自宅に戻り鏡を覗き込む。


 冴えない表情の疲れた私が映る。


 私は鏡に指先を触れてみる。


 鏡は一瞬ひやりと冷たかった。


 触れた指先が水面の様に鏡の中に吸い込まれていく。


 指先 


 掌


 腕


 水の壁へ入る様に私の体は鏡の中へ吸い込まれてしまった。


 鏡の中の私は今までまとわりつく違和感から全て解放された。


 利き手


 部屋の景色


 右側で鳴る心音


 此処が私の世界だ。


 そう気づいた。


「ただいま」

 

 私は反転した鏡の世界で呟く。


 振り向き鏡を覗いてみると、違和感から解放されたであろうもう一人の私が私を覗いていた。



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イン・ザ・ミラー 遠藤みりん @endomirin

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