第九夜 騎士の物語り

あら、見かけない顔ね。

あなた…だいぶ若いようだけど、こんな時間に何してるの?


そう、夜の散歩に。

なら、私と一緒ね。


あ、私?

私は、この王国に仕える騎士。

一応、高位の騎士っていう立場だけど、他の騎士とやってる事はそんな変わらないわ。


…え、私の出身?

確かに、私はこの国の生まれじゃないわ。

私はね…ここからずっと西の国の生まれよ。


なんでこの国で騎士になったか、って?

まあ、それにはちょっとした理由があるのよね。


しかし、いいわよね、ここ。

個人的に、居心地がいいんだけど…わかる?


よかった、わかってくれて。


あと、私は昔から夜の空気が好きでね。

定期的に決まったルートを散歩するの。

今も、その最中なのよ。


なんでここを通るかって?

…それにも、理由があるのよ。


気になる?…わかった。

一つ、話をしましょうか。

ちょっと長くなるけど、いい?


そう、ありがとうね。



これは、もうずっと昔の話。

私が、普通の娘だった頃のこと…


私は、ここからずっと西の国で産まれたの。

それも、王族の娘としてね。


羨ましい?贅沢してそう?

全然、そんなことないわ。

むしろ、毎日武術の訓練とか勉強とかですごく大変だった。

それも、小さい時からずっとね。


でも、そんな生活も長くは続かなかった。


私が六歳の時、北の大国に国が襲われた。

夜中に叩き起こされたのを今も覚えてる。

私は隠し通路から外に逃がしてもらった。

夜だったのもあって、見つからなかった。


そして私は、東の草原へ逃げ延びた。

ここでは、古くから私の国と親交のある民族が暮らしていて、普段から両親に、国で何かあった時はここへ来るように言われてたから。


とりあえず族長のテントに向かった。

族長は、夜中に起こされたっていうのに、怒りもせずに話を聞いてくれた。

そして、話が終わると、とにかく今日はもう寝なさいと言って、空いているテントを一つ私に与えてくれた。


それから三日後、国が全滅したという情報が入ってきた。

もちろん、私の家族もみんな死んだ。

その話を聞いた時は平気な顔をしてたけど、テントに戻って、すぐに泣いた。


どれくらいの時間、泣いたかわからない。

でも、気付いた時にはもう夕方だった。

すっかり泣きつかれて、そのまま眠ってしまった。


それから十年後、私は集落を離れた。


あの時、私の故郷を襲った北の国は、王族を一人残らず殺した。

でも、唯一、王女の死体だけは見つからなかった。

それで、王女はすでにどこかへ逃げたと推測され、捜索が行われていた。


…そう、私こそがその王女。

そして、その捜索は十年経っても続いていた。

だから、これ以上ここの人達には迷惑はかけられないと思って、国を離れたの。


そして私は、この国に来た。

騎士になって、人々を守るために戦いたかったの。


でも、それは叶わなかった。

当時は、騎士になれるのは男だけという考えが当たり前だった。

だから、女の私は…



でも、たった一人だけ私を助けてくれた人がいた。

それは、当時の騎士団長。

引き締まった、落ち着いた瞳をした人だった。

彼は、例え女でも騎士として戦う事は出来るはずだ、って言って、私を騎士として迎え入れてくれた。


それからも、彼は何かにつけ私を気遣ってくれた。

厳しい所もあったけど、彼はとても優しくて、面倒見がよかった。


私は…

そんな彼に、次第に心を寄せていった。

当時の騎士団には、恋愛禁止とか、そういう掟はなかったけど、雰囲気的に表立った恋愛は難しかった。

だから、私はなかなか彼に思いを伝えられなかった。


でも、彼に出会ってから8年後…

私は、彼にとうとう告白した。


彼は、快く承諾してくれた。

本当に…本当に嬉しかった。



それからはあっという間だった。

ふたりきりであちこち行ったり、ってことはなかなか出来なかったけど、私達は少しずつ仲良くなっていった。


そして、ついに私達は結婚が決まった。

私がプロポーズした時の彼の表情は、今も覚えてる。

嬉しいような、面食らったような、複雑な表情。

私、あの顔、ずっと忘れないと思う。


その、次の日だった。

彼は、突然私に襲いかかってきた。


彼の目を見て、私はすぐに気付いた。

これは、術で操られている者の目だと。


同時に、前々から嫌な話を聞いていたのを思い出した。

例の北の国が、今なお私を探していると。

そして、北の国には、操りの術の使い手がたくさんいる…と。


私は、何度も彼の名前を呼んだ。

そして、正気に戻って、私を思い出して…と、何度も呼びかけた。

でも、彼は無表情のまま、私に槍を向けて、そして…飛びかかってきた。



私は、感情を抑えて彼を斬った。


後から知ったんだけど、操りの術は厄介なもので、術士を倒さない限りは解けないものらしいの。

だから、今思えばあれは妥当な判断だったんだと思う。

でも、でも…




その後、私は新たな団長と共に北の国に戦争を仕掛けて、滅ぼした。

でも、そんな事しても何の気持ちも晴れなかった。


戦争が終わった後、休日の夜に彼といつも来ていた場所へ来た。

そこは、まわりに邪魔なものがなくて、すごくきれいな星空が見える場所で、彼も私も好きだったの。


その日、私が一人で見上げた星空も、きれいだった。

でも、なんだかちょっとだけ、切ない気もした。



その場所が、ここなの。

だから、私は今もここに来て、このきれいな空を見上げてる。


なんでかは…私にもわからない。

でも…何と言うのかしら、彼を忘れないため…とでも、言えばいいのかしら。

そんな気持ちが、私にこうさせるのよ。




ところで、あなた…

どこかで会ったことある?


いや、なんか、あなたの目に見覚えがあるような気がするのよ。

落ち着いた、引き締まった目…

どこかで、見たことがあるような気がする。


ねえ、あなた…

もしかして、だけど…



いや、そんなまさかね。

もう何千年も前の話だもの、そんなことある訳ないわよね。


ごめんね、寒い中引き止めちゃって。

さあ、もう話は終わりよ。行っていいわ。



それじゃあね。






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