一話 父との会話
話
少年はゆっくりと目を開ける。視界に映るのは、見覚えのあるコンクリートの床に木造の壁。窓は無く、天井は低く、しかも薄暗い。座っていても圧迫感を感じる空間に少年は以後心地の悪さを感じる。
「ここは……」
影虎は、この息苦しい空間を知っている。思い出したくない記憶と共に。ゆえにここから逃げだそうと立ち上がるが両腕を鎖で拘束され、しかもその鎖は地面と繋ぎ止められており立ち上がることは出来ない。
少年はここから脱出する方法を考えていると足音が近づいてくることに気づく。数秒後、目の前の階段から着物を着た男が降りてきた。男は、少年を見るなり無感情に言葉を並べる。
「目が覚めたようだな影虎。相変わらず目つきが悪い」
「アンタも同じだろうが、クソ親父」
影虎と言われた少年は父、石川五碌を睨みながら言う。
「で、なんで俺は実の家族に拘束されてるんだよ。しかも、実家に」
「お前が何度連絡を入れても返信をしなかったからだろう。それよりも敬語はどうした」
五碌は冷たく言い放つ。その言葉を聞き影虎は顔を怒りに歪ませる。
「勝手に家から追放したくせに何言ってやがる!いい加減にしろよクソ親父!だれが、てめぇ何かに使うか!」
影虎の怒声が地下室に響く。しかし、五碌の心が影虎の怒りをくみ取ることは無かった。
「言いたいことはそれだけか?」
その五碌の言葉に更に、影虎は怒りを燃やし言い返そうとするが辞める。理由は、五碌の目を見て悟ったからだ。この男には自分の言葉は何も届かないと。故に影虎は無理矢理自分の怒りを押さえ込み冷静さを取り戻す。
「別にねーよ。それより、さっさと要件を言えよ。何かあってこんな手の込んだことをしたんだろう」
「あぁ、そうだ」
五碌は着物の袖から一枚の写真を取り出し、それを影虎の足下に投げる。その写真には一枚の少女が映し出されていた。黒い髪を背中まで伸ばした赤い瞳の少女だった。目鼻は整っており、服の上からも女性らしい体つきなのが分かる。控えめに言ってもかなり美少女だった。
しかし、影虎自身この少女に見覚えがない。すると、五碌が口を開く。
「その子の名前は、高坂(こうさか)真(しん)華(か)という。お前には、一週間後その子と恋仲になって貰う」
「はっ……」
影虎は、五碌の突然の言葉に固まる。
しかし、五碌はそんな影虎に対して気にするわけでも無く淡々と説明する。
「任務は一週間後、それまでに」
「ちょっと待て! その前に、色々説明することがあるだろ! まず、なんで俺がその子と付き合わないといけないんだ! 大体! その真華とかいう女は何者なんだ!」
影虎の疑問は真っ当だった。忍者が一般人を利用することはあっても自ら近づき、関係を築くというのは異常だ。しかも、恋仲というかなり深い関係。そして、その任務に従事するのは最近やっと忍者らしい任務をこなせるようになった下忍の影虎だ。はっきり言って普通ではない。
しかし、そんな真っ当な質問が返ってこず、自分の身の丈に合わない任務に従事することを要求されるのが忍者だ。ゆえに、影虎の質問に返ってきた答えは一つだった
「教えられない」
「なっ⁉ いい加減にし」
「お前こそ、いい加減にしろ。貴様も忍者の端くれなら分かるだろう。情報がいかに大事か。情報を教えることがいかに危険か。しかも教えるのが最近、忍者のイロハを知った貴様だ。ならば、必然開示できる情報も限られる。少し、考えれば分かることだろう」
五碌の言葉に影虎は悔しさがこみ上げる。
五碌の言葉は忍者として正しい。影虎自身、安易に情報を仲間に教えたがゆえに壊滅した忍者チームや忍者組織を多く見てきた。また、それが要因で勝利したこともある。
そこで、ふと影虎の頭にある疑問がよぎる。何故、自分なのかと。今までの話しを聞き総合的に考えてもこの任務の難易度はどう考えても、最低で上忍。欲を言えば上忍のなかでも上澄み中の上澄みでないと務まらないレベル。下忍の影虎では天地がひっくり返っても話しが来ることは無い。しかし現実問題、影虎に話しが来た。
影虎は、なんとなく嫌な予感を感じながらも言葉を漏らす。
「なぁ……なんで俺なんだ。どう考えたって、適正はアイツのほうが……日鷹のほうが……成功率は高いだろう」
影虎は、喉につっかかる日鷹という人名をなんとか吐き出しながら五碌に質問を投げかける。当然、答えが返ってこない可能性も分かっている。しかし、それでも、質問したい理由があった。一つは、今まで自分を排他的に扱っていた五碌やその他の存在がもしかしたら自分をどこかで、評価していたかもしれないという淡い期待。もう一つは、さっきから肌にまとわりつき、喉を渇かすほどの嫌な予感をはっきりと否定したかったからである。
しかし、影虎の思いは簡単に裏切られる。
「日鷹なら死んだよ。三日前に、何者かの手によって。恐らく、外部の忍者の仕業だろう」影虎の顔から、表情というものが消える。
「………………………………嘘………………………………だろ」
何か言おうと、口をパクパクと開閉するが声は出ない。信じられない、信じたくないという気持ちが湧き出てくるが、五碌の瞳が静かにそれを否定する。真実だと語る。
その瞬間、影虎は、自然と頭を垂れていた。そして、今まで真っ白になっていた胸のウチに味わったことの無い感情の波が押し寄せる。今すぐに暴れ出したいのに、別になにもしたくないという気持ちがこみ上げる。奥歯を強く噛みしめ怒りの表情を出したいのに、瞳から涙が流れそうになる。
しかし、そんな状態の影虎の意を五碌はくみ取らない。
「丁度日鷹のことが出たから言っておくが、この任務は元々日鷹が受けていた。件の少女、高坂真華と恋仲になり、時に守り、常に幸せを与えていた。だから正確にいうなら、貴様の任務は、石川日鷹となり高坂真華と恋仲という関係を継続させることだ」
「嫌だ」
影虎は小さく、しかしはっきりと呟く。
「貴様の意見は、求めていない。やれ」
「断る!」
その瞬間、影虎は体中の筋肉を稼働させ、今まで自分の行動を縛っていた鎖を無理矢理引きちぎる。そして、五碌の隣までくると一言言い放つ。
「日鷹の代わりなんて、ゴメンだ。他を当たれ」
その顔は未だ無表情。ただ、その瞳には泥のように淀んだ暗い光が灯っている。
五碌は、影虎の背中越しに言い放つ。
「後で、正式に指令書を送る」
しかし、影虎はその声に特に反応することなく地下室を後にする。
シノビ・エクスチェンジ ゆーにー @Y2004kami
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