シノビ・エクスチェンジ

ゆーにー

序章

石川影虎(いしかわかげとら)の家は先祖代々続く忍者の家系であり、影虎自身も忍者である。


 忍者。主に戦国時代に各地の大名に仕え諜報、暗殺を行った影のそんざい。そして、幕末頃に完全に滅び現代では、存在しないとされる者達。


 しかし、それらの情報は全て嘘である。影虎を含め、今も多くの忍者が存在し、密かに活動している。古の時代から続くある目的の為に……。


 そして、今、影虎もその目的のために夜の繁華街を歩く。ターゲットである、男から突かず離れずの距離を維持したままに。


 影虎は、緊張を和らげるために深く呼吸を繰り返す。


 ターゲットである男は某会社に勤める営業マンである。昼は真面目なサラリーマンをしながら、裏ではここ最近世間を騒がせる空き巣の犯人である。


 だが、男も最初から空き巣の犯人では無かった。きっかけは、数週間前に買ったとある筆。その筆に墨を染みこませ壁に円を描くと円の中の壁はなくなり建物の中に自由に入れるという不思議な筆だ。しかも、無くなった壁は数分で修復され描かれた墨は無くなる。つまり、ターゲットの男が使ったという証拠は何一つなくなり完全犯罪の出来上がりだ。


 影虎の任務は、男が持っているその不思議な力を持った筆を気づかれずに奪取すること。男は相当、例の筆にご執心のようでいつもスーツのポケットに入れていることは調べが付いている。


 後は、すれ違う一瞬に筆をスルだけ。スリの技術は忍者にとっては基本中に基本。景虎も幼少の頃にマスターしている、しかも、相手は空き巣の常習犯とはいえ一般人。こんな任務、普通の忍者ならば息をするように達成出来る。そう、普通の忍者ならば、である。


 影虎は、深呼吸を繰り返しながら男に近づく。突然、景虎の耳にはめているイヤホン型の通信機から少年にしては高い声が響く。


『どうやら、だいぶ緊張しているようだね。トラ君。変わってあげようか?』


 それは最近、影虎が所属したチームのリーダー雑賀一(さいがはじめ)の声であった。

 その人を食ったような話し方に景虎は少し緊張よりも苛立ちが勝つ。


「ほっといて下さい。大丈夫ですよ。こんな任務、一人で出来ます」


『へー、なら見せてごらん。君の実力を』


 そこで通信が切れる。影虎は一瞬、自分の緊張を和らげるために通信してくれたのかと思ったがすぐに、一の性格を思い出しその考えを捨てる。だが事実、影虎には先ほどの緊張は無かった。


 冷静にターゲットである男に、近づく。早すぎず、遅すぎないあくまで自然な歩調で。そして、男とすれ違う瞬間。男も周りの人間も気づかないほどのスピードで、ポケットに手を入れる。そして、筆を抜き去ると速やかにそれを自分の着ているパーカーの袖に入れる。


 影虎は、そのまま人混みに紛れ込む。後はこのまま仲間と自然に合流し目的の筆を渡せば終わりである。その目的地は、数百メートル先のカフェ。影虎は、ポケットから携帯端末を取り出し仲間にメッセージを送ると目的地のカフェの前に存在する路地裏に入る。


 そのまま路地裏の中に入り先ほどまでいた大通りが見えなくなった当りで歩みを止める。


「なぁ、いるんだろ? 殺気でバレバレだぜ」


 影虎の一言が夜の闇に溶けた瞬間、影虎の前方、後方、上から無数の刃が飛んでくる。影虎は、自分に向かってくる刃の全てを回し蹴り一発で弾き落す。


「逃がすかよ!」


 そして、地面を大きく踏み込むと大きく跳躍する。そして、影虎を囲むビルの壁に向かって拳を繰り出す。


「見つけた」


 影虎の拳が当った瞬間、そこに人影が浮かび上がる。そして、その人影は影虎の拳を顔面に受け真っ逆さまに床に激突する。〈隠れ蓑術〉。忍者の使う基本的な忍術の一つである。気配を隠し、身の回りの背景に服の色を合せ姿を隠れる術。しかし、影虎の驚異的な直感力は先ほどの攻撃で隠れている相手の居場所を察知したのだ。


「なぁ、まだ隠れてるつもりか? 言っておくが、他の二人も分かってるんだぜ。そことそこ」


 そう言い、影虎は自分の前方と後方の壁を指さす。すると、指を指した場所の壁に人影が現われそして人型として影虎の前後に現われる。


 黒を基調にした服。その上から籠手や膝当てをつけている。顔は深くフードを被っているため分からない。しかし、その衣装が分かることは彼らも影虎と同じ忍者ということ。


「そのスタンダードな忍者装束。お前ら、伊賀者(いがもの)か?」


 しかし、影虎の前後に立つ忍者は何も答えない。その代わり、二人は腕を振るい籠手の中に収納していた刃を出現させる。それが意味することは影虎の明確な殺意。それを、感じた影虎の行動は早かった。


 地面を勢いよく蹴り上げ前方の忍者に向かって走り出す。その反応を見た前方の忍者は構え、後方の忍者も背後から影虎に向かって刃を突き刺す。


 その時だった。影虎は、右足を軸にクルリと方向を変える。


 後方の忍者は恐らく想像もしてなかったのだろう。一瞬殺気が緩む。それを影虎は見逃さなかった。自分に突き出されていた腕を絡め取ると背負い投げを行う。しかも、投げる相手をもう一人に当てることで二人同時にのす。


「さてと。一さんの所にッ!」


 そこで、影虎はその場から勢いよく飛び退く。それと、同時に影虎の体スレスレに刃が通過ぎる。


 影虎は、即座に刃が来た所を向きなおり構える。頬に一滴の汗が伝う。


「おや、おや。まさか、避けられてしむとは。私も、腕が鈍りましたかね」


 影虎の目の前の壁がグニャリと歪む。そして、現われるのは一人の忍者。しかし、その服装は黒いローブ黒いベレー帽。そして丸眼鏡と、一見学者にも見える。しかし、その瞳に潜む狂気と殺気は、彼が一流の忍者であることをこれでもかと証明する。


 影虎は早まる動悸を収めるためにニヤリと笑う。


「アンタ、こいつらの仲間か?」

 影虎は、足下に転がっている忍者を踏みつけながら言う。それを見た、丸眼鏡の男はクククと笑う。


「まさか。私をそこの服部党の猿共と一緒にしないでもらいたい。私は、百地党中忍、神楽場(かぐらば)。以後、お見知りおきを」


 そう言い、神楽場は紳士的に腰を折る。


「結局、お前も伊賀者なのに変わりねーじゃねーか。で、目的はこれか?」


 そう言い、影虎は袖から例の筆を取り出し見せる。


「えぇーもちろん。私の主、百地様はその妖具(ようぐ)〈天狗の風穴筆(てんぐのかざあなふで)〉の破壊がご所望ゆえ。ぜひ、渡して貰えると嬉しいのですが?」


 妖具。戦国時代、外国から鉄砲やキリスト教と共に持ち込まれた錬金術、魔術などの人外の技術。日本に古くから伝わる陰陽術。そして当時の日本に数多く存在した大名達の野心が混ざり合い作られた二百二十二の物品。


 特徴は、一つ、一つが現代の科学力では再現不可能な脳力を持っていること。


「全ての忍者の目的は、現存する妖具の回収。破壊じゃないはずだぜ」


「それは貴方達、雑賀の考えでしょう。我々の考えは、妖具の回収と破壊なのですよ。さぁ、渡して下さい。それとも、ご自分で破壊なさいますか?」


「まさか……と言いたいところだけど。欲しけりゃくれてやるよ!」


 影虎は、手に持っている筆を神楽場に投げる。


 神楽場は、その筆が自分に当る瞬間、腰に付けている刀を素早く抜き抜刀と共にその筆を切り捨てる。


 次の瞬間、神楽場の視界に映るのは、ニヤリと顔を歪めた影虎の顔。影虎は、筆を投擲した瞬間一緒に動き出していたのだ。理由は飛んできた筆を対処した隙に攻撃を仕掛けるために。


 影虎の手には、忍者が使う菱形の刃が突いた武器クナイが握られている。この一撃で決めるつもりなのだ。影虎のクナイが、神楽場の喉元を捉える。しかし──


「なんだ……これ」


 影虎のクナイは神楽場の喉元数センチという所でピタリと止まる。勿論、影虎が手加減したわけでは無い。影虎は一切の迷い無しに、神楽場を殺すつもりだった。なのに、あと少しという所で、体がまるで金縛りにあったように動かないのだ。


 焦る影虎の表情に、神楽場の顔が愉快そうに歪む。


「何……しやがった」


「いえ、別に対したことは何もしてませんよ。ただ、忍者らしく忍法を使っただけです。〈忍法・縫糸(ぬいと)〉アナタの体と地面を縫い合わせました」


「いつからだ?」


「最初からです。さぁ、では〈天狗の風穴筆〉貰いますよ」


「おいおい、さっきそれはお前がたたき切ったじゃねーか」


「私が、気づいて無いとでも。先ほどの筆は偽物。本物はここです」


 そう言い、神楽場は影虎の突き出していない袖に指を入れる。すると、そこには先ほどの筆と瓜二つの筆が出てきた。


「ククク。しかし、まさか新進気鋭の天才忍者、石川日鷹がこうも簡単捕まるとわ。やはり、噂とは当てにならないものですね」


「テメェー今、何て言った」


 神楽場は影虎の突然の雰囲気の変化に一歩後に下がる。


「俺の名前はぁー! 石川影虎だぁ!」


 影虎は動かない体を無理矢理動かす。影虎の腕や足からブチブチと何かが千切れる音が鳴る。それと同時に少しずつ影虎の体が前に進む。


 その現象に神楽場は驚きを隠せないと言った表情を作る。


「馬鹿な! 神経と繋いでいるのだぞ! 無理に剥がせば、激痛が!」


「うるせぇ!」


 その言葉と同時に、影虎は完全に拘束を解き前に進む。そして驚きで一瞬反応が遅れた神楽場の隙を突き右足を大きく蹴り上げる。そしてその蹴りは、筆を持っている神楽場の手に当る。


 宙を舞う〈天狗の風穴筆〉を影虎は高い身体能力を使い空中でキャッチすると、懐から煙り玉を破裂させる。当りが黒い煙に包まれている間に影虎はその場を離脱する。


                        ♢♢♢


「こちら、影虎。伊賀者の忍者と戦闘の後負傷。移動は困難。妖具を手元にある。回収求む」


 影虎はあの場を離脱後、仲間のいるカフェでは無く近くのビルの屋上に逃げた。理由は二つ。

 一つ目はあのままカフェに逃げれば、血だらけの少年がカフェに現われたというかなり派手な現象が起きてしまう。それは、影に潜む忍者として避けたかったというのが一つ。


 二つ目はもしカフェに逃げ切りその後を神楽場が追ってきた場合、一般人を巻き込んだ戦闘となってしまう可能性があること。任務最優先が忍者の鉄則とは言え、それは影虎の倫理観が許さなかった。


 影虎の腕と足には先ほどまで来ていたパーカーを切り裂いて作った包帯が撒かれている。しかし、完全な止血とは行かずいまだパーカーを赤く染める。


(あの忍法……神経に直接糸を結ぶって言ってたな。ていうことは、俺は強引に神経を引き割いてあの術を突破したってことになる……ハハハ、そりゃさっきから手足が動けないわけだ)


 影虎は、屋上の壁に背中を預け必死に痛みに耐えていると、影虎の耳にあの人を食ったような話し方をする一の声が聞こえる。


『こちら、隊長、こちら隊長。聞こえてる?』


「聞こえてますよ。メッセージとさっきの俺の言葉で大体状況は分かってるでしょう。早く、妖具の回収を」


 影虎は、先ほど戦闘をしていた路地裏に入る前に仲間にメッセージを送っていたのだ。内容は、何者かが自分を狙っていること。そして、もし十分経っても目的のカフェに来ない場合、自分元に来て妖具の回収をして欲しいという内容だ。


『うーん、まぁ君の所に行きたいのは山々なんだけどね。こっちも想定外のことが起きてさ。ただいま、戦闘中。因みに、敵は伊賀者』


 一の言葉に、影虎は驚く。一蹴、冗談とも思ったがよく耳を澄ませば、確かに微かに戦闘音が聞こえる。


 (マジかよ。てことは、手負いの状態でアイツを相手にすることになる……いけるか、今の俺に……)


 影虎は、奥歯を強く噛みしめる。無理も無い。状況は最悪。恐らくここが見つかるのは時間の問題。

 この後の展開は良くて〈天狗の風穴筆〉を取られる。悪くて、〈天狗の風穴筆〉と一緒に影虎の命も奪われる。どっちにしろ、任務は失敗である。影虎の精神は自然と、落ち込んでいく。


 そんな影虎の気持ちを知ってか知らずか、一は一方的に話し掛ける。


『どうしたんだい?  初めてのチームでの任務の失敗に絶望でもしたかい?』


「……」


『ハッハー。安心すると良いよ。手は打ってある。少し高く付いたけどね。まぁ、彼ならどうにかしてくれるでしょう』


 そこで、一の通信が切れた。仲間が来る。その情報は、影虎に一縷の希望を与えると同時に、自分では任務一つ達成出来ないという挫折感が募る。


 しかし、影虎懐いた一縷の希望すらもすぐに潰えることになる。


「ようやく見つけましたよ。日鷹さん、いえアナタは影虎さんでしたか」


「わざと間違えてるんじゃなねーよ」


 影虎は空中から自分を見下ろす神楽場に鋭く睨む。しかし、とうの神楽場に涼しい態度で影虎の敵愾心を受け流す。


「ククク。これは失敬。そして失敬ついでに〈天狗の風穴筆〉はいただく。アナタの命と共に!」


 そう言い、神楽場は無数のクナイを取り出すと、それを一斉に放つ。本来の影虎なら避けられる凡庸な攻撃。しかし、手負いの影虎にはその凡庸の攻撃する死に直結する必殺の一撃。


 影虎は来るであろう痛みに耐えるために体を硬直させる。その直後だった。突如、闇夜の空に明かりが灯る。見ると、燦々と燃える炎が横一文字に走り、影虎に向かってくるクナイ全て灰に還した。


「火遁の術……だと。誰だ!」


 神楽場は、炎が吹き出た場所を見る。しかし、そこには誰もいない。


 〈隠れ蓑術〉。しかし、恐らくその練度は神楽場以上。それは、神楽自身も分かったのだろう。

 自分よりも強者がいるというこの現象。しかも、その存在が今、視認できない。それにより湧き出る恐怖を神楽場は自制できない。


 顔を顰め当りに喚く神楽場。そんな、神楽場をあざ笑うように辺り一面に声が響く。


『駄目ですよ。忍者がそんなに取り乱したら。忍者は常に冷静たれ。子供でも知ってることです』


「黙れ、どこにいる! 姿を見せろ!」


 神楽場が声を荒げ叫んだその時だった。どこからともなく鴉の大群が神楽場と影虎を包み込む。

 視界すべてが黒く染まる中、影虎はこの現象が誰の手により起こったことか理解し強い屈辱から奥歯を強く噛みしめる。


 そして、徐々に鴉たちは影虎の前に集まりそして弾け飛び消える。そして、中から一人の人間が現れる。その身に纏うは忍者装束。そして、その顔は影虎と瓜二つの造形をしていた。


「見せろ、と言われたので見せましたが、大丈夫ですか?」


 突如現れた忍者は、冷や汗を流し消耗している神楽場に向かって言葉を投げかける。しかし、その言葉に先に反応したのは影虎だった。


「なんで、お前がいるんだよ。日鷹!」


 その表情は鬼の形相。その名を聞き神楽場も目を見開く。


「なるほど、アナタが新進気鋭の天才忍者、石川日鷹ですか。確かに、そう考えれば先ほどの火遁、そして先ほどの幻術。全てが、高水準なのも頷ける」


 神楽場の言葉にしかし、日鷹は特に反応を見せない。

 日鷹は自分の後のいる影虎と話し込む。


「どうしてって、兄さんのところの隊長さんに頼まれたかからだよ。大丈夫?」


「見て分からないのかよ」


「あ、いや僕が心配しているのは妖具のほう。傷とかついてない。少しでも、破損箇所があると任務失敗になっちゃう」


 日鷹は手足を血で濡らした影虎のことは一切心配するそぶりを見せず言葉を並べる。


「怪我人を前に言う言葉がそれかよ。相変わらずお前は、イカレてるな」


「忍者が目的のために体を張る。子供でも知ってることだよ」


「それでも、時と場合があるだろ」


 影虎は激痛に耐えながら言い返すが、日鷹はそれを一言で一蹴する。


「無いよ、そんな状況は」


 〈忍者が目的のために体を張る〉それは忍者なら幼少の頃より親に教えられる言葉だ。しかし、その幼少の時に教えられたことは大体、形骸化していく。何故なら、人は成長していくにつれ意思を持ち、自らで答えを考えていくからだ。


 しかし、目の前の日鷹は違う。幼少のころの教えに一切の疑問を持つこと無く、忠実に守り続ける。

 そんな、ある意味純粋な日鷹が影虎は憎悪するほどに嫌いだ。故に、日鷹の言葉に更に言い返そうとした影虎はそこで、言葉を止める。


 何故なら空気を裂きクナイが日鷹に飛んできたからだ。影虎は、こちらを向いている日鷹に危険を知らせようと喉を震わせようとする。しかし、それよりも前に飛んでくるクナイを日鷹は左手で平然と掴む。


 神楽場はその異常な光景に目を見開く。日鷹は振り返り、そんな神楽場の表情を見てフッと笑う。


 その笑みが神楽場のしゃくに触ったのだろう。神楽場は日鷹にかけた忍法を発動させる。


 神楽場の忍法は、指先から出す事ができる特殊な糸を操る〈忍法(にんぽう)・操糸(そうし)〉。その糸を使い神経と地面を縫合したのが影虎も食らった〈忍法・縫糸〉。

 しかし今回、日鷹にかけた忍法は違う。日鷹の内部に糸を侵入させ心臓に巻き付きる。そして、自分の指に連動し心臓を引きずり出す〈忍法・手繰り糸(たぐりいと)〉。神楽場は、その日鷹の心臓に巻き付けている糸と接続している右手を強く自らのほうに引く。


 しかし、日鷹の体から心臓が出ることは無かった。


「無駄ですよ。アナタの、忍法は既に種が割れている。こうやって、自分の心臓に結んでいる糸を掴んでいれば、そこまでの驚異じゃない」


 日鷹は、神楽場に直結している糸を強く引く。それにより、逆に神楽場の方が日鷹にたぐり寄せられる。


 神楽場は、日鷹に近寄るのは不味いと考え糸を切り離す。そして、その場から離れようとするが、既にその判断は遅かった。


 神楽場に向かって日鷹は腕を突出す。


「〈忍法・集引(しゅういん)〉」


 その瞬間、神楽場は自分の意思に反して勢いよく日鷹の方に向かっていく。そして、その勢いのまま神楽場は日鷹が突き出していたクナイに腹部を刺される。


「ガハッ!」


 神楽場は吐血し、その血が日鷹の顔にかかる。しかし、日鷹は気にしない。腹部に刺さったクナイを上へ動かし勢いよく胸を裂く。神楽場は、体から血を拭きだし絶命した。


「さて兄さん。任務を達成させよう」


 しかし、日鷹は虫を殺した後のような調子で言いながら、影虎に手をさし延べる。

 日鷹は他人の命に価値を見いだしていない。日鷹にとって大事なことは任務を攻略できるかどうか。そこに自分や他人の命の配慮は無い。それは忍者として正しい。


 そして、その正しさはいつも否応なく、影虎を否定する。命を投げ出せない甘えをたしなめ、感情を殺せない未熟さを嘲笑する。理知的に動けないことを軽蔑する。


 しかし、それでも影虎は、差し出された手を握ってしまう。理由は簡単。自分が日鷹よりも弱いから差し出された物を拒めない。


 影虎は、日鷹の手を取り立ち上がる。


「助けてくれて……ありがとな」


 その瞳には凡そ感謝の念は無く、憎しみと怒りと、諦念感だった。

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