白と黒と青
「いてっ!」
ジョナサンが頭をさすりながら真の隣に座ってくる。
「また頭ぶつけたのか。ジョーの隣に日本人の平均身長だと小さく見えるよなぁ」
「背が高くても中身は普通だからなぁ。あんまり目立ちたくねぇし」
「俺はその身長うらやましいよ」
真は笑いながらジョナサンの肩をたたいた。
「まぁ、それはいいとしてさ、日次に今度、正式にプロポーズしようと思うんだけど、どう思う?」
「さらっとでかい話来たなぁ。まじか」
「指輪はもう買ってある」
「高校で結婚するのはいろいろそのあと大変じゃね?」
「結婚は院出てからにって思ってて」
「まじか。すげぇ男だなぁジョー」
真は同じ男として隣の男の物理的ではないほうの存在の大きさを感じた。
「俺からすればお前のほうが。尊敬してるぜ、シシ」
ジョナサンは真面目な顔で真に答えた。
「……ったく、なんで俺の周りはタラシが多いんだろうなぁ。自分が小さく見えるぜ」
そう言って真は笑った。
「ところでこの前のテストだけどさ……」
そうジョーが言いかけた時だった。
ガラガラガラ……
隣の車両から、自衛隊を彷彿とさせるギリースーツを着て暗視ゴーグルのようなものを付けた集団が入ってきたのは。
「キャリア二名確認」
「対象に速やかにアンプル投与開始」
「……は?」
間の抜けた声を出したのは真とジョナサンどちらだったのか。
気が付くと、二人はギリースーツの男たちに床に大の字に組み伏せられていた。
「……、あの、いったい何の真似ですか」
一応、真は男たちに問いかけたが、答えた声は無機質であった。
「γ3・アンプル投与開始」
「……っが!!!」
ジョナサンが息を詰まらせたような声を出した。
「……何してんだ、おい!!!」
真は状況の異様さもあって呆然としていたが、友人の苦悶の声で我に返り拘束を振りほどくため暴れ始めた。
「キャリア・γ1が暴れ始めました」
「アンプル破損の懼れあり。一時退避」
ギリースーツの男たちはすぐに拘束を外した。
あっけなく拘束がほどかれたことで一瞬虚を突かれた形になったが、真はジョナサンの体に5本のアンプルが垂直に刺されているのを見て、ジョナサンを拘束している男たちに接近した。
「ッラ!!!」
真はジョナサンの上半身を拘束している男の一人にミドルキックを放つ。
が、
パシッ
どこから現れたのか、青いドレスの女が真の蹴りを右手掌底で止めていた。
「……どいてくんねぇかな、お姉さんっ!」
真は受け止められた右足はそのままに、上体を旋回させて左足のかかとで回し蹴りを放つ。
しかし青いドレスの女性は冷静にスウェーバックすることで回避する。
「さすが第三世代のキャリア。上々に仕上がってるね」
「物みたいに言わないように」
そういいながら、この異様な集団の後ろから現れたのは、白衣の女と黒いドレスの女だった。
「また変な人たちが増えたな。ジョーに何しやがった」
真はそういいながら徐々に開いた距離を詰め始めた。
が、
「……ぐっ!」
ガタン!という音とともに、いつの間にか後ろに回り込んでいた黒いドレスの女に真もまた組み伏せられる。
コン……コン……
電車の床のリノリウムを踏む、白衣の女のパンプスが真のそばまで来た。真は彼女が見下ろしているのを感じた。
「始まりはあった。理由はあったのか、なかったのか。あなたたちはどう思う?」
後方から歩いてくる青いドレスの女が言う。
少しだけ口角を上げた白衣の女が付け足しのようにつなげた。
「それだけじゃ、さっぱり何もわからないと思うよ」
黄金の色をした瞳が真を捉えながら続ける。
「ねぇ真、なぜこういう状況になっているのか。ジョナサンに射されているアンプルは何なのか。いろいろ疑問に思っているよね」
「……当たり前だ。答えてもらいたい。ジョーに何をしている」
「その前に……」
白衣の女がいつの間にか、ギリースーツの男たちが持っていた褐色のアンプルを手にしていた。
「痛いかも。ごめんねー」
「おい!」
緊張感のない声とともに真も5本のアンプルが射された。
「……おいおい、今の時代無痛注射とかもあるだろう」
状況は極めて危険であると真は感じていたが、口から出たのは場違いなことであった。
「……何を射した」
白衣の女は真の三白眼を透明な視線で受け止めて答えた。
「あなたは生物が得意だよね。ウィルスもいける?」
「……やばいウィルスか」
「ポックスウィルス、パルボウィルス、フォーミーウィルス、ヘルペスウィルス、ワクシニアウィルスの順で刺したの。あとは調整でCD9,CD63,ESCRTタンパク質の類を混合したエーテル溶液」
「……結構ぼかして答えてるな。つーか人間に打つもんじゃねぇ。天然痘関連のウィルスも入ってんじゃねぇか」
「あなたたち二人は、ちょっと事情があって、あるウィルスに不顕性感染していた」
「……39種類くらいはだれでも感染してるって聞いたことあるが……」
「お、やっぱり詳しいね、真」
「……つか、やべぇ……」
真は急激に体が熱くなってくるのを感じていた。
「こりゃ、死ぬんかな……」
視界がブラックアウトしていく中、白衣の女の声が響く。
「ヒトゲノムの9%は内在性レトロウィルス、ってもう聞こえてないかな。まぁ長くしたいんだよね」
酷く抽象的な言葉であったが、彼らのこれからの人生において重要な言葉であった。
しかしすでに真の意識は黒く塗りつぶされていた。
「《M・E・γ》、四本線の電車の話した?」
そう黒いドレスの女が、白衣の女に聞く。
「……あ!」
初めて冷静沈着に見えていた彼女の表情に色が混ざった。
「まぁ、今言っても覚えてないと思うし、とりあえず、《勇者》と回線つなげるようにしておいて」
白衣の女が《勇者》といって顔を向けたのは青いドレスの女であった。
「まったく、相変わらずポンコツなんだね。《M・E・γ》」
「安定してるのがこの箱舟内だけだし、人とコミュニケーション取りにくいし仕方ないんだよ」
白衣の女が言い訳していると、黒いドレスの女が、
「ガドリン石に行きつく可能性があるのはジョナサン君の方か。それに《勇者》と回線が開くのも彼のみ」
「真のほうはとりあえず、Yの欠片を集め……」
ガシャーンッ
電車の窓が割れる音がすると同時に、電車の外から異様なものが飛び込んできた。
「White Blood Cellsか。早いな」
それは黒く粘性のある液状の物質で、球形を保とうとして失敗するを繰り返し、その表面からは骨のようなものがいくつも突き出していた。
「ふーむ、B級映画も結構好きなんだけどね。まぁさしずめ私たちはImmunosuppressantか」
そう言い放ち、小径銃のようなものを白衣の女は懐より取り出し、それに向かって撃った。
パンッと軽い音がして、それに着弾。
瞬間、黒が割れ、中から白き人骨があふれ出てきた。
「エレメント三班、頼むよ」
「はっ」
ギリースーツの男たちが一斉に白骨の前に進み出る。
小型の何らかのデバイスを、床、左右の窓と設置すると、中央にいた一人だけ暗視ゴーグルではなく、ガスマスクのようなものを着用した男が手にした何らかのスイッチを押した。
すると、キーンという耳鳴りのような音がして、設置されたデバイスの三点を含む面で、電車が切断された。
同時に、骨があふれ出している側の、車両連結部までが消失する。
そして、何事もなかったかのように車両が復元し、連結部で再びドッキングした。
「さてさて、それじゃ、ジョナサンを1024号のほうに運んでおいて」
「はっ」
「真は256号ね」
「はっ」
てきぱきとギリースーツの男たちが動く。
そして黒と青の二人が立ち去り、白衣の女だけが残された。
一人になった彼女は席に座り、ポケットから手帳のようなものを取り出し、目を通し始めた。
「δが消えた時、γが来る」
つぶやいた声は誰の耳にも届かない。
コード・ライター 保存縛 @saveshibari
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