コード・ライター

保存縛

それは彼のために作られた。あるいはそれのために彼が作られた。

駅にて

「ミーンミーンか、ジージーか、セミの擬音語ってどっちなんだろうな。日本人としてはどっちのほうを真似したほうがいいと思う?」

そう真に益体もないことを聞いてきたのは隣にいる大柄な男、ジョナサンだった。

「いや、そもそもなんで真似すんの?」

「え、やぱ夏といったらセミじゃね?」

雑談といえば聞こえはいいが、”中身はねぇな”と期せずして同じことを思う二人であった。


「ところで、昨日も妹が迷惑かけたみたいで、悪いな、ジョー」

「あぁ。別に迷惑でもねぇよ。律儀な男だな、シシ」

ジョナサンは親しい友人たちからはジョーと呼ばれていた。真は本名から、シシと呼ぶ友人が周りに多かった。

真の妹、日次(ひつぐ)はジョナサンと付き合っている。ジョナサンと日次は昨日交際一年目だったとかで、デートをしていたようだった。

「また高いもん買わされたんじゃねぇの?正直ジョーに足向けて寝れねぇと思う面がある」

「いや、俺から告ったしなぁ。金はまたバイトするからいいよ」

この偉丈夫はこう見えて肉体仕事ではなく、頭脳労働でバイトしていると、妹伝手に真は聞いていた。

「にしても電車こねぇな。座るとこねぇから勉強できねぇしよ」

「英単語帳とかあるだろ。というか半分イギリス人のジョーが英語の成績悪いの違和感あるよ」

「しょうがねぇだろ、ずっとこっちで育ったんだしよ」

夏の暑さのせいか、いつもよりグダグダな会話をかれこれ30分ほど続けていた二人であったが、いよいよ話題がなくなり、「しゃーねぇ。英単語すっか」とジョナサンがぼやいたとき、《踏切が閉まる音》が聞こえてきた。

「お。ようやく来たか」

「もうちょい本数増やしてほしいよなぁ」

人口に比例して電車の本数が増加するとすると、明らかに真たちの住むK県N市は人口が少なかった。


プシューッという電車の止まる音がし、すぐにドアが開いた。

「まぁいいか。乗ろうぜ、シシ」

「おう」


この時、電車を見た真は妙な違和感を覚えていた。

”なんだ?なんか……おかしかったような……”

夕日がかった空の下、《誰も乗っていない》電車。

その電車の車体に書かれている《カラーラインの本数がいつもと違う》ことに、電車にあまり興味のない真が気づくことはついになかった。


それが、彼らのこれからの人生すべてにおける境界になっていることを知っている人物は、彼らの周りにはいなかった。

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