卵焼き修行


 幼い頃から、お弁当に入っていると一番嬉しかったものは卵焼き。いつもかわいいひよこ色。ハートになっている時はさらにテンションが上がる。うちでは気分によって味付けが違うので、今日は何か食べてみないとわかりません。甘いか、しょっぱいか、出汁か。でも、どれが当たっても美味しかった。母の卵焼きはいつも渦巻きが整頓されていました。


 月日は流れて高校生になった私。小中学生のように給食は出ません。お弁当です。途中までは母に作ってもらっていましたが、いつしか自分で作るようになりました。


 きっかけは友達の何気ないひとこと。

「今朝せっかく作ったたらこパスタ、係の仕事があって全然食べられなかった!」

 自分で作ってるのか!とまず驚き。そして、ここで私は盛大に勘違いをします。

「高校生って、みんな早起きして自分でお弁当作ってるの?もしかしてそれが普通?」

 そうだ、もう高校生なんだ。「弁当作り」くらい身につけなくては。友達のこの発言の翌日から、私は早朝からキッチンに立ち、お弁当作りにチャレンジすることになります。


 いや、実際は親御さんに作ってもらっている生徒も普通にいますし、なんなら自分で作る方が少数派らしいのですが、まあ良いでしょう。ひとり暮らしに困らない料理スキルが身につくと思えば、結果オーライ。私はこの事実を、お弁当作りを始めて一年ほど経った時に知りました……。


 と言ったは良いものの、何から作れば良いのやら。そこで思いついたのが卵焼きです。卵だし、なんか簡単そう。四角いフライパンもあるし、当分は卵焼きだけ焼いて、その他のおかずは冷凍でなんとかしよう。──そう思っていたのに。


 「なんだこれ?」

 初回。甘い卵焼きにチャレンジするはずが、茶色くてぐちゃぐちゃの得体が知れないものを生成してしまいました。ぜったいちがう。これは私の知っている卵焼きじゃない。レシピ通りにやったはずなのに!


 半ば自棄になりながら、焦げた部分は取って、とりあえず弁当箱に詰めます。これ以上お弁当に時間をかけていると電車に間に合いません。テキトーに冷凍野菜とプチトマトをぶち込み、泣く泣く登校。味は卵焼きそのものだけれど、やはりボソボソしているし何より巻けていません。レシピ上では簡単そうに思えたのに!

 悔しくて分析した結果、敗因はどうやら火力のようです。砂糖が入っている卵焼きは焦げ付きやすいみたい。



 ならば、と次の日。少量の砂糖でできるだし巻き卵に挑戦。昨日の失敗を活かして、火加減に注意。じわじわと火を入れ、慎重に巻いていきます。卵液も欲張って一気に入れない。ちょっとずつ、ちょっとずつ。

 するとなんとまあ、できました、見たことのある卵焼き。これです。外側にちょっと焦げがついているけれど、これもまたご愛嬌。昨日は食べられないほどの焦げがついていましたからね。


 粗熱を取ってそっと包丁で切ってみると……憧れた黄色の渦巻きが!お箸でつまみ上げるとぷるぷるして落ちちゃいそう。上手にできた真ん中はお弁当に入れるとして、はじっこはできたてのうちに。表面はしっとりぷるぷる、噛めば中からじゅわっと熱々のお出汁。旨みの中にほのかな甘さ。これは大成功!ウキウキしながら弁当箱に詰めて、ちょっとおしゃれにタコさんウインナーなんて焼いちゃって、登校。冷めても美味しくいただけました。思わず教室の片隅でにやけます。やればできるじゃない、私。あとは場数を踏んで、慣れるだけ。



 それから、お弁当のある日はほぼ卵焼きを作っていくように。日々修行です。今では甘めの卵焼きも焼けるようになりました。でも、その日の気分やコンディションで、だいぶ出来上がりに差が。急いでいる日やテスト前で緊張している時は焦げも多く、白身と黄身がマーブル模様になりがち。逆に、余裕のある日は、表面もしっとり、綺麗な黄色にできあがります。


 私の場合、いつでも綺麗な卵焼きが焼けるようになるには、何事にも動じない心が必要そうです。

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