第14話 後悔
怖い怖い怖い怖い、何でこんな所にいるんだ?! 意味が分からなすぎる。
異常な程に静まり返った空気の中、レイの靴と落ち葉が擦れる音だけが響く。
「……ここって、白沢さんが絶対に入るなって言ってた場所だよな?!」
目の前にあるのは紛れもなくフロアボスの部屋への入口だった。木々の間を引き裂くようにできた大きな入り口からは肌を刺すような冷気が滲み出てくる。
「何でこんな場所にいるんだ……」
風船猪を何体か倒した所までは覚えているが、その後のことを思い出そうとすると頭に靄がかかったように記憶が不鮮明になる。
洞窟の中に入らなければフロアボスは襲ってこないらしいが、できれば一刻も早くこの場を離れたい。
地面に落ちた剣を回収し、光と聖来が待つ草原に向かっては歩き出す。
「疲れた……今モンスターが出てきたら辛すぎる」
さっきまでの反動なのか、いつもの何倍も重く感じる脚を無理やり動かして進む。
「これって俺達でも勝てるんじゃね?! 正直、草原のモンスターも楽勝だったからな」
「そうね! しかも、フロアボスを倒すだけで1000万は貰えるらしいわよ」
「おっそれって早い者勝ちってことだよな? 森の中も全然モンスターいないし、危険度1ってボーナスステージなんじゃない?」
少し後方から楽しそうに談笑する声が聞こえてくる。振り向くと、男女3人組が洞窟の方へ向かって歩いているのが見えた。
「は……? まさかアイツらフロアボスに挑戦するつもりなのか?」
1人が手から出した光で洞窟の中を照らすと、薄暗い内部が一気に明るくなる。こんなスキルもあるんだな。
「おーい!! 絶対にやめた方がいいですよ!! 死者も出てるんですよ!!」
今にも洞窟に入ろうとする3人に向かって叫ぶ。
「うわっびっくりした! てか、余計なお世話なんだけど?」
「何か弱そうだし、無視して入ろうぜ」
「ていうか、あの人ボロボロだけど負けて帰ってきたんじゃない?」
指を差しながら揶揄われる。うっ、会社以外でここまで馬鹿にされたのは初めてかもしれない。社畜生活を思い出して胃がキリキリ痛む。
「待ってくださ――」
俺の言葉なんて全く気にせずに、3人はクスクス笑いながら洞窟に入っていく。
追いかけるか? でもボロボロの俺が行ってもしょうがないよな。
それに、ここまで忠告したのに行くってことは自業自得なんじゃ?
そんな最低な事を考えてしまう。若干、腹も立ったしな。
勇者レイなら迷わず助けに行くんだろうが、俺はまだそこまで正義感のある人間にはなれそうもない。
はぁ……。自信満々だったし、スキルが使えるならすぐに死ぬわけじゃないだろう。急いで白沢さんに知らせに行くか。
身体の悲鳴を無視して走り続けると、案外すぐに森を抜けることができた。
「レイ!! どこに行ってたの?! 急にいなくなるから心配で――」
森を抜けると直ぐに、光と聖来が目にいっぱい涙を溜めて走ってくる。光にはいつも心配させてばっかりで申し訳ない。
「それはごめん、後で説明する! それよりフロアボスの部屋に3人組の男女が入って行ったんだが、白沢さんはどこにいる?」
「え、その人たち馬鹿なの?! 白沢さんならすぐそこに! 一緒にレイを探してくれてたんだからねっ」
光が指差した方を見ると、白沢さんもこちらに気が付いたのか、ほっとした顔で近づいてくる。
「本当に良かった……。一体どこに行ってたんですか? お怪我は無いですか?」
「俺は大丈夫です! それよりフロアボスの部屋に――」
森で見た出来事について詳しく説明をすると、白沢さんの顔が一気に蒼白くなり唇が震える。
「そ、そうですか。諦めるしかありませんね。助けに行きたいですが、みんなで行っても被害が拡大するだけです」
悔しそうに噛み締めた唇には血が滲んでいる。
「今も、あの時だって私に力があれば――」
今にも消えそうな声で呟く。悔しさと恐怖で固まった表情を隠すようにこめかみを押さえる手が小刻みに震えている。
『黒田さんが羨ましいです――』
ダンジョンの入口で白沢さんに言われた言葉を思い出す。
「そういう意味だったんだな」
スキルという特別な力を持った俺達には、想像以上に重い責任があるのかもしれない。
「守りたくても、戦いたくても、あきらめるしか無い人もいるんだよな」
もう一度、身体強化のスキルを発動する。身体の節々が痛むが、巨大スライムと同程度の強さなら大丈夫だろう。
「俺が行ってきます。フロアボスなら一度倒した事がありますし、何とかなりますよ!」
努めて明るく振舞うと、白沢さんが縋るような表情になる。
「確かに黒田さんなら……」
白沢さんが難しい表情で考え込む。暫しの沈黙の後、真っ直ぐに俺の目を見ながら口を開く。
「……何があっても、絶対に、生きて帰ってきてくださいね」
「もちろんです――」
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