第13話 初戦
「資料に載ってたモンスターを狙った方が安全だよな」
走りながら辺りを見渡すと、遠くに風船のように胴体の部分がパンパンに膨らんだ猪にそっくりのモンスターが見える。口の両側には大きく発達した牙が生えており、突進されたら人間の柔らかい体なんてひとたまりもないだろう。
「猪型のモンスターか。確か……弱点は膨らんだ胴体部分だよな」
記憶にある風船猪のページを思い出す。
攻撃のスキルを覚えていない光と聖来をその場に残して、気づかれないように大回りで後ろから距離を詰めていく。
大きく膨れたお腹のせいで後ろがよく見えていないのだろうか、全く気づく様子がない。
荒い鼻息と共に、土が生臭くなったような独特の臭いが漂ってくる。
巨大スライムを倒した時はティシアを守ろうと必死で勢いで飛び出したからな……。
近くで見ると想像以上に存在感のある風船猪に、恐怖と緊張で手が震えそうになる。
大丈夫、俺ならできる。勇者の剣もあるんだから。
風船猪まで残り3メートル、後方から一気に距離を詰める。
静かに剣を持ち上げ、胴体の真ん中目掛けて突き刺す――
剣が刺さった瞬間、破裂音が聞こえたかと思うと風船猪の胴体が萎んでいき、そのまま動かなくなった。
「倒せた、のか?」
反撃される覚悟で攻撃したため、簡単に倒す事ができて驚く。弱点のお腹に当たりさえすれば一撃で倒せるみたいだな。
倒れた胴体の真ん中には穴が空いており、伸びた皮膚が空気が抜けた後の風船にそっくりだった。
少しすると死体が塵の様に消え、小さな石がその場に残された。
「レイ! すごい!」
「一瞬でしたね!」
2人が嬉しそうに小走りで駆け寄ってくる姿に、全身の緊張が解ける。
「あ〜緊張した……」
「全然、そんな風に見えませんでしたよ? むしろ楽しそうに近づいて行ったので、ちょっと不気味でした」
聖来が眉を顰めながら指摘してくる。そんな風に見えてたのか、結構怖かったんだけどな……。
「あっ、経験値は2人とも貰えたか?」
「んー多分? レベルアップしてみないと分からない仕様だから不便だよね〜」
言われてみれば、経験値がいくつ貰えたのかも、どのくらいでレベルアップするのかもステータスウィンドウに表示されていない。
「確かに不親切なシステムだ……。とりあえず同じモンスターを何匹か倒してみようか」
この周囲が縄張りなんだろうか、辺りには風船猪が何体もいるのが見える。
「ははっ、あんなに動きが遅かったんだな」
他の帰還者達を追いかけている風船猪の動きに笑ってしまう。全く追いつけていない……よく考えたらあんなに丸い体で素早く動けるわけがないよな。
「レイ、これなら私達でも倒せる気がするけど?」
施設で支給されたナイフを片手に、光が自信満々な表情で話しかけてくる。
「確かに、それに3人で手分けして倒した方が効率的だしな。あっ、でも2人にもしものことがあったら……」
「まったく、レイさんは心配しすぎですよっ! 私達だってダンジョン対策部隊の一員なんですからね!」
聖来が誇らしげに胸を張って腰に手を当てている。
巨大スライムに襲われた時の事を忘れているのか? あの時の聖来が頭をよぎるが、いつまでも心配しすぎるのも良くない気もする。
「……そうだな。お互いに何かあった時に助けられるように、目の届く範囲で手分けして倒しに行こう!」
散り散りになり、各々が戦いを始める。
「んー後ろから回った方が安全なんだけど、時間が掛かるんだよな」
前方には風船猪。まだこちらには気づいていないのか、地面に落ちた木の実を咀嚼している。
「正面突破してみるか――」
先程の戦いで自信がついたのもあるが、身体強化でどこまで動けるのか興味がある。
前方の風船猪に対して真っ直ぐに立ち、足に力を込めて全力で地面を蹴る。周囲の景色が瞬く間に流れ、一瞬で触れられそうな程に風船猪との距離が近づいた。
こちらに気づいた途端に牙を剥き出しにして威嚇してくるが、気にせず斜め右に跳ぶ。剣を後ろに引いて横っ腹に突き刺すと、風船猪は破裂し絶命した。
「簡単だな」
同じ要領で何体も何体も夢中で風船猪を倒していく。
フロアボスを倒した時に感じた興奮、戦いの中で感じる全能感。モンスターを倒す度に、全身の血が沸騰するかのように鼓動が強くなる。
まだ、足りない――
もっと、もっと戦いたい――
次々と欲望が押し寄せてくる。冷静になれと言い聞かせても身体が言うことを聞かない。後ろで誰かが叫ぶ声が聞こえる。
風船猪との戦闘に満足できない身体は、自然と森に向かって歩き出す。後ろから聞こえる声は気にも留めずに。
強い敵と戦いたい――
大きな蜘蛛のお腹を青く輝く剣が貫通する。
お前もそうだろ――
青く輝く剣に語りかけると、返事をするかのように輝きが増した気がした。
その時、急に重力が増したかのようにドッと身体が重くなり、剣が手から滑り落ちる。
「あぁ……身体強化が切れたのか」
少し落ち着いた頭で分析する。
「何だ、ここ」
目の前には不気味な洞窟への入り口があった――
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