第6話 帰還

「レイ! 大丈夫……?!」


「はぁっはぁ…死ぬかと思ったよ……」


 アカリが心配そうに顔を覗き込んでくる。


 正直、勝てると思ってなかった。あまりにもあっさりと決着がついたことに驚きが隠せない。剣を握る手が未だに震えている。


 これが勇者の剣の力……?


 クリスタルの洞窟の奥深くで見つけた素材で作った勇者の剣。俺がいうのもなんだが、所詮コスプレ用、見た目は完璧だが戦う事は想定していなかったはずだ。


 ……まさか、あの時?


 オープニングセレモニー開始のタイミングで、ダンジョン内の全ての物体が崩壊し、再構築された。


 ダンジョンから採取したクリスタルで作った勇者の剣も再構築の対象だったのだろうか……? 


 色んなことが起こりすぎて頭が追いつかない。さっきの音声で言ってたスキル、身体強化も気になって仕方がない。


「あのっ! 本当にありがとうございました!」


 いつも通り自分の世界で考え事をしていると、ティシアが笑顔で駆け寄ってくる。生きてる、本当に良かった……。


 彼女の笑顔を見た瞬間、心地良い疲労感と安堵に包まれる。


「いえいえ! 怪我とかしてないですか?」


「かっこいい勇者レイが守ってくれたおかげで元気です! あの時、貴方が助けに来てくれなかったらどうなっていたか……」


 周囲で歓声と拍手が起こる――


 あの時の不気味なものとは違い、勇者を讃えるような温かい拍手だ。こんなに大勢の人に注目された事なんて人生で初めてで戸惑ってしまう。


「ははっ、本物の勇者になったみたいだな」


 口に出すと途端に恥ずかしさが込み上げてくる。でも、今日だけは自惚れても許されるだろう。


「何ニヤニヤしてるの〜」


「……してねぇよ」


 アカリが揶揄いながら肘で脇腹をついてくる。そんなに顔に出てたかな、恥ずかしい。


「でも、本当に無事で良かった。急に飛び出して行った時はレイまで死んじゃうと思って怖くて、もうあんな無茶な事しないでっ」


 目にいっぱい涙を溜めてこちらを見つめてくる。そんなに心配してくれていたなんて、申し訳なさと嬉しさが同時に込み上げてくる。


「ごめんな……」


 軽く頭を撫でると、アカリは真っ赤になって大人しくなった。勢いで柄にもない事をしてしまった……引かれてない、よな?


「疲れたな、帰ろう」


「あっ! 私も一緒に帰って良いですか? さっきのお礼もしたくて!」


 アカリと共に帰ろうとすると、ティシアも慌てて後を追ってきて、3人でダンジョン出口へ向かう。


 重たい剣を振り回したせいか身体の節々が痛い。運動不足を実感させられるな、帰ったらランニングとか始めようかな。


 ダンジョンの出口へと続く暗い階段を抜け扉を開ける。


「すぅーーふぅ……」


 いつもと何も変わらない街の光景に張り詰めていた緊張の糸が緩んでいく。


「あの、さっきのお礼の話なんですけど……この後ご飯とかどうですか? 奢らせてください!!」


 ティシアにそんな事を言ってもらえるなんて、神様ありがとう……。


「あっ! でも着替えが……流石にこの格好で行くわけにもいきませんよね?」


 お互いに泥だらけでボロボロになったコスプレ衣装を見て苦笑する。結局、今日はティシアと連絡先を交換して解散する事になった。


 帰宅すると、我が家の安心感から一日分の疲れがどっと押し寄せてくる。


 そういえばステータスやスキルはダンジョンの外でも使えるのだろうか。ベッドに横になって空中で手をスライドさせる。


「おっ! 問題なく表示できるんだな」


――――――――――――――――

黒田 怜(くろだ れい) Lv.2

装備 :勇者の剣

スキル : 身体強化

――――――――――――――――


 変わったのはレベルとスキルだが……試してみるか。使い方がよく分からないので、とりあえず心の中でスキルを唱えてみる。


――スキル、身体強化


 身体がふわっと軽くなる。ダンジョンの外でも使えるんだな。


 んー、どれだけ効果があるのか試してみたいけど部屋の中だしな……。とりあえず冷蔵庫にあったリンゴを掴んで徐々に力を入れてみる。


「うわっ、粉々になった?!」


 これはすごい! しかも床に飛び散ったリンゴを拭き取る手も素早く動く! テンションが上がってそのまま床掃除をしていると身体強化が解けた。


「時間制限があるのか。よし、ちょうど良いし今日はもう寝るか!」


――翌朝、テレビは昨日の事件の話題で持ち切りだった。

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