第7話 決断
『昨日の正午、東京都内のダンジョン内で発生した地震についてお伝えします――』
『現在確認されているだけでも、59名の方が行方不明になっており――』
どのチャンネルからも昨日の事件に関連するニュースが流れてくるが、ダンジョン内で起こった惨劇は全て地震によるものだと説明されていた。
また、ダンジョンは二次災害を防ぐ為に立ち入り禁止、ニュースの映像には入り口で見張りを行う警察官が映っていた。
「本当に信じられないよな、あんな事件に巻き込まれたなんて」
昨日の出来事を思い返してみる。
崩壊する景色、スライム、スキル、そしてフロアボスの巨大なスライム……現実とは思えないよな。
いつも通りの部屋の中、ベッドの横に立て掛けられた剣だけが異質な雰囲気を放っている。
「勇者レイ……」
思い出しただけで胸が高鳴る。あの時の、体の芯から響くような歓声と拍手の音が頭から離れない。
――もう一度
そんな不謹慎な事を考えてしまい、振り払うように頭を振る。
――そんな事を考えちゃダメだろ、何人が死んだ思ってるんだ。
「落ち着け……。それに、今日もいつも通り仕事に行かないと」
悲しいことにこんな時でも休むことは出来ない。今の俺はただの社畜、会社はある意味ダンジョンよりも恐ろしい場所である。
そこからは今まで通りの日々を送った。ダンジョンでの出来事は全部夢だったんじゃないかと思うくらいに。
少し変わったのは会社まで走って通勤するようになったことくらいだ。身体強化を使うと疲れないし、運動不足解消と電車代節約になって一石二鳥だ。
ちなみにティシアとは時々連絡を取り合う仲になったが、残業続きでご飯には行けていない。これだからブラック企業は嫌なんだ。
「働きたくないな……」
――そんな日々を続けて3ヶ月目の夜
――唐突に玄関のチャイムが鳴った。
「初めまして白沢と申します。貴方が黒田怜さんで間違いありませんね?」
扉を開けると、きっちりと分けられた前髪に真っ黒なスーツ姿の男が立っていた。
「突然で申し訳ないのですが、私達と共に世界を救っていただけませんか?」
「……はい?」
真面目な会社員に見えたがやばい人なのかもしれない。
突然押しかけてきて意味が分からない。それに世界を救うって流石に胡散臭すぎるだろ……。新手の宗教勧誘なら今すぐ帰って欲しい。
「3ヶ月前に起こったダンジョン災害、フロアボスを倒したのは貴方ですよね?」
フロアボス――
その言葉を聞いた瞬間にドクンと心臓の鼓動が大きくなり、忘れようとしていた興奮が蘇ってくる。
「お話だけでも聞いて頂けませんか?」
「……入ってください」
興奮を悟られないように冷静な口調で答える。どうしても話の続きが気になってしまったのだ。それに怪しい勧誘ならすぐに追い出せば良いだけだ。
リビングにある小さなテーブルに向かい合って座る。
「改めまして、私はダンジョン対策部隊の白沢と申します」
「ダンジョン対策部隊……」
「はい。東京のダンジョンで地震が起こった後、国から任命を受けて極秘で結成されました。まぁ地震と言っても実際は――」
「フロアボスによる被害」
「その通りです。そして、そのフロアボスを倒したのが勇者レイの格好をしていた貴方です」
狙いを定めたような眼差しで見つめられて視線を逸らしてしまう。
「現在ダンジョンは立ち入り禁止になっていますがそれはあくまで一般人に向けての話、我々はこの3ヶ月間調査を続けてきました。こちらをご覧ください」
白沢さんは鞄から取り出した資料を机に広げて、現状分かっている事を説明してくれた。
小難しくてよく分からない話も多かったが、要約するとこうだ――
東京のダンジョン事件の日、世界各地のダンジョンで同じような事が起こった。
モンスターの種類や被害人数はバラバラで、生きて帰った人は帰還者と呼ばれている。
帰還者の一部は一般人には使う事ができないスキルを使う事ができる。
そして、その中に予言のスキルを使用できる人がおり、『近い将来、ダンジョンのモンスターが現実世界に溢れ出てきて世界は滅亡する』という予言を見た。
この未来を変える為、戦力になりそうな人に声を掛けている。
「世界が滅亡……」
あまりにも突拍子のない話だが、ダンジョンでの出来事を考えると完全に否定はできない。
「ちなみに直近の出来事についての予言もありましたが、全て的中しています」
よく聞かれる質問なのだろうか、サラッと付け加える。
「黒田さんの力が必要なんです。一緒に来てください」
目の前に手が差し出される。
今までの人生でここまで人に必要とされた事があっただろうか。白沢さんの真剣な瞳を見ていると、心の中を全て見透かされた様な錯覚に陥る。
本当は平凡な生活を捨ててダンジョンで戦いたい――
心の奥底に閉じ込めていた気持ちが引き摺り出される。返事なんて最初から決まっていたのかもしれない。
気がつくと俺は、差し出された手を力強く握り返していた。
「俺でも勇者になれますか――」
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