第2話 崩壊
「よしっ、行くか!」
この日の為に寝る間も惜しんで製作した『勇者伝説』の主人公である勇者レイの衣装を装着し、心身共にレイになりきって会場に向かう。
ちなみに主人公と名前が同じなのは俺の唯一の自慢だ、運命だと思っている。
「あ、会場向かう前にアイツを迎えに行かないとな」
この日の為に寝る間も惜しんで作製した勇者レオの剣、この剣を携えてポーズをきめる場面を想像すると、頬が緩み自然に口角が上がっていく。
製作を始めた頃、市販のどんな材料を使っても青く光る剣身が再現できずに途方に暮れていた。そんな時に、SNSで話題になっていた青いクリスタルの洞窟の存在を知ったんだ。
これしかない! そう思った俺は残業終わりに毎日洞窟に通って、理想のクリスタルを発見、洞窟の中で少しずつ削って剣の形にしたって訳だ。
まぁ、なかなか納得出来るクオリティの物が見つからないし、洞窟の外に持ち出せないから加工にも時間がかかるし、結局何ヶ月も通い続けることになったんだけど……。
「本気に長かったな……でも諦めなくて良かった……」
誰にも見つからないように洞窟の奥に隠しておいた剣を取り出す。クリスタルに紛れていて一見分からない。
原作を完全再現した青く輝く剣を握っていると、本当に自分が勇者レイになったような錯覚がして胸が高鳴る。
一通り眺めた後は、他の参加者を傷つけないように準備してきた専用の鞘に入れて会場に向かう。
会場には既に沢山の人が集まっており、それぞれの世界観に入り込んでいた。
「あの聖女ティシアも来てたらいいな」
周囲を見渡してみるが見つけることはできなかったので、心の中で感謝を伝えことにする。
俺がコスプレをするきっかけになったティシア様、社蓄の心を救ってくれてありがとうございました、この御恩は一生忘れません……。
「おーい! レイー! え、何してんの?」
涙ぐみながら大袈裟に拝んでいると、コスプレ仲間のアカリが哀れんだ顔で話しかけてきた。
アカリとは初めて参加したイベントで出会い、同じ作品のコスプレをしていたことがきっかけで仲良くなり、時々一緒にイベントに参加するようになった。
「ちょっと推しに対する感謝と愛が溢れてな……って、今日は魔法使いフレイのコスプレか。流石のクオリティだな、似合ってる」
腰まである真っ赤なロングヘアーに黒いローブを纏ったフレイは、勇者レイと一緒に旅をする仲間だ。
「あ、ありがと、レイも似合ってるよ……」
恥ずかしそうに答えるアカリの姿が、一瞬大人しいフレイのキャラと重なって見える。
「あっ、そういえば剣はどうなったの?製作は間に合った?」
「ふふふふふふ……よくぞ聞いてくれたな! ギリギリ間に合った俺の自信作を是非見てくれ! まずこの持ち手の装飾だが、原作を忠実に再現するために何度も作り直してやっと完成したんだ! そして1番大変だったのがこの剣身の輝きでな、理想のクリスタルを探すために毎日毎日洞窟に通って――」
「ちょ、ちょっと待って! こだわりがすごいのは分かったから! 最後まで聞いてたらオープニングセレモニーが始まっちゃうよ 」
まだまだ話し足りない俺を制しながら、アカリが慌てた様子で会場の中央にある巨大な桜の木を指差す。
――現在時刻は11時59分。
桜の木の真下に設営されたステージを見ると、オープニングセレモニーでパフォーマンスをする有名コスプレイヤーが丁度登場したところだった。
「「ウォォォォォ!!」」
最前列にいる熱狂的なファンを筆頭に次々と歓声が上がる。
「それでは皆さん、パフォーマンス開始まで一緒にカウントダウンをお願いしまーす!! 行きますよー!!」
ステージ横で待機していた司会の女性が合図をすると、会場全体の熱気がさらに高まる。
『五!!』
『四!!!』
『三!!!!』
『二!!!!!』
『一!!!!!!』
――暗転
――これより、ダンジョンは本番環境に移行します
割れんばかりの大歓声の中に混ざって聞こえた無機質な音声は、まるで直接頭の中に語りかけられたかのようにクリアに聞き取ることが出来た。
直後、その音声に反応するかのようにダンジョンの景色が色を失い、花や木、川を流れる水まで、全てがまるで灰のようにボロボロ崩壊した。
「え、」
そして――まるでプログラムされているかのように、不気味な程に、全く同じ景色が再構築されたのだ。
その異常な光景に全身が強張り、背中の剣まで重くなったように感じる。
先程までの盛り上がりが嘘のように静まり返った会場で、沈黙を破るかのように遠くの方でまばらに拍手が起こった。
ダンジョン1周年記念イベント開催中という事もあり、大掛かりな演出だと思ったのか、あるいはそう思いたかったのか。
「これが演出……?」
「た、確かにカウントダウンとタイミングがぴったりだったもんな!」
次々と声が上がる、疑問に思った人もいただろうが集団心理とは恐ろしいもので、数秒後にはほぼ全員が拍手をしていた、もちろん俺も。
同じ景色、何も変わっていないはずなのに、根本的に何かが変わってしまったような、そんな違和感を感じながらも拍手を続けることしか出来なかった。
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