第12話 釘を刺したり刺されたり

 放課後に同じクラスの体育委員。そしてサッカー部の安芸を呼び出す。

 サッカー部は今日は自主練と聞いている。多少遅れても問題ないのは確認済みだ。


 また同じことをされては困るので、事情聴取と釘を刺すためだ。


「神崎さんどうしたの?」


 安芸は何故呼ばれたのか分からないようで、不思議そうな顔をしている。


「忙しいところごめんね。それで安芸くんさ、サッカー部の先輩に場所を譲ってって言われた?」

「あー」


 言われて初めて思い出したとでも言いたげな顔と返事をする。

 これが演技なら相当な食わせ物だ。


「神崎さんに言ってなかったね。ごめんごめん。先輩に頼まれてうんって言っちゃったよ」

「打診があったなら言ってほしいのと、勝手に返事をしないで欲しい」


 そこまで言うと、安芸の顔が不満げになりはじめる。

 だが気にしない。する必要もない。


 態度で不機嫌を示すのは幼い証拠だ。

 ここでちゃんと言っておかないと絶対に繰り返す。


「そんなこと言わなくていいだろ。悪かったと思ってる」

「安芸君。私別に注意したいと思ってるわけじゃないよ」

「……?」


 今まさに注意されてるじゃないかと顔に書いてあった。

 注意と受け取られると、後々に影響する可能性がある。

 内容は注意そのものだが、由美の目標のためには相手にはそう受け取らせない努力も必要だ。


 一人で見栄を張ってもそれを見る人間が居なければ意味がない。


「今回はちょっと揉めたくらいですぐ解決したけど、もしこれでうちのクラスと上級生が揉めたら安芸君に不満が集中するからね。もしそうなったら大変だよ」

「そりゃ……そうか。練習時間も無くなっちゃうし」

「そうそう。上級生に言われて断るのは難しいのは分かるから、断るのは私に任せて欲しいってことを伝えたいの」


 学生間では、学年が一つ上なだけで抗いがたい力関係の差が生まれる。

 部活動ではさらに顕著だろう。


 それが嫌で由美は帰宅部になっているぐらいだ。


 体育会系であれば、ハイ以外の選択肢はないと言ってもいい。

 しかしこう言っておけば言われた本人はただのメッセンジャーになるので断らなくてよくなり、先輩に対してもいいわけが立つ。


「分かった。次からそうするよ」

「ありがとう。そうしてくれると助かる。時間とらせてごめんね」

「いいよ。今日は自主練だし」


 知ってる。だから呼んだの。

 口には出さない代わりに笑顔で送り届けた。


 これでよし。次からはちゃんと伝えてくるだろう。

 顔を立てるためにも可能なら応じる必要もあるか。


 グラウンドも体育館も広く使えるので人気がある。

 クラスからの希望もその二つが最優先だ。


 人気のない場所ならすぐに確保できるが、遠かったり狭かったりと人気のない理由がはっきりしている。


 こまめに申請しているので一年にしては確保できている方だと思う。

 他の仕事も飽き時間に潰しているので問題ない。


 そう思っていたら、次の体育祭の委員会で取りまとめをしている三年生に褒められた。

 それだけなら気分がいいですむ話だがそうはいかない。


 毎年学生が一つ競技を考える必要があるらしく、それで大量のペーパーフラワーが必要になった。

 各クラスでノルマ分を作ることになったのだが、そこで一年で仕事を前倒しになっているうちのクラスに白羽の矢が立った。


「二倍ほど作ってくれるとかなり楽になるんだけど、引き受けてくれない?」

「二倍ですか」


 めんどくさいなぁと思いつつ、チラリと滝沢と安芸を見る。

 安芸は退屈しており眠そうだ。

 役に立たない。


 滝沢は小声で無理でなければ受けた方がいいと言う。

 恩を売れるチャンスではある。


 それに何か起きてもいいように前倒しにしていたのはこういう時のためだ。


「分かりました。ただ引き受ける代わりに余分な仕事が増えたら他に回してください」

「もちろん。調整はこっちでするから」


 仕事ができる人間に仕事が集まるのは組織の中で必ず発生する。

 断るとどうしてもしこりが残ってしまい、それが積み重なると敵が生まれたりしてしまう。


 なので何か引き受けたらあらかじめこうして予防線を作って置く。

 味方を作るよりも敵を作らない方が大事だ。


「僕も手伝うから」

「期待しないでおくよ」

「手厳しい」


 ペーパーフラワー用の紙を受け取りクラスに持ち帰る。

 最悪全部自分でやるつもりだが、まずはクラス内で相談しておく。


 案の定面倒だと言い出す生徒が続出した。

 予想通りだ。しかしやった生徒とやらない生徒が生まれると対立が起きてしまう。

 なので一人一人のノルマはすぐに終わる枚数に設定する。


 残った分は手芸部の手伝いを借りつつ作業する。


「私達も手伝うよ」

「いいの? ありがとう」

「大変なクラス委員を引き受けてくれてるから、これくらいはね」


 湊川のグループも手伝ってくれたので一人一人の作業量は決して多くはない。

 女子が集まれば、当然作業しながら会話が弾む。


 最近の音楽や流行りのアクセサリーなど。


 その辺りは事前に調べてあるので問題なく受け答えできる。

 困ったのは恋愛関係に話が移った時だ。


 恋愛経験はない。

 こればかりは本を読んでも先人の知恵を借りることができない。

 なぜなら恋愛は感情だからだ。


 知識なら学べるが、感情は経験しないと分からない。


 ……なぜか滝沢の顔がちらついたが、きっと気のせいだろう。

 今一番距離が近いからだ。きっと。


「私、滝川君がちょっと気になってる」

「わっ、湊川さん大胆」

「今本人がいないから言えるだけだよっ」


 やはりというべきか、湊川は滝沢を狙っているようだ。

 会話の流れで自然と言い出した。


 周辺の女子たちも滝沢には気があるらしい。

 クラスで一番人気があると言っても過言ではない。


「でも、神崎さんと仲いいよね。実は付き合ってたりする?」

「そんなことないよ。クラス委員同士よく話すだけ」


 湊川からそう振られ、模範解答を返す。

 ……もしかしてこれを言わせたかったのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る