第11話 グラウンドの使用権
体育祭は高校生になって初めてのイベントだ。
クラスでも開催日が近づくにつれて盛り上がっている。
まだクラス内はまとまっているわけではないものの、仲が良いグループはできていた。
何の種目に出場するか決まったら、部活動に入ってない生徒はグラウンドや体育館を使って練習しはじめている。
由美はクラス対抗リレーに出場することになった。
それもアンカーだ。
一人一つは参加しなければならないので、一番目立った上でポイントも高く評価が分かりやすい物を選んだ。
「打算的すぎない?」
「どうせなら一番効果的なものを選んだだけだし。クラスもポイントとれて誰もが幸せじゃないかな」
「しかももう勝った気でいる。神崎さんの自信はどこから湧いてくるのか不思議だよ……」
「日頃の努力だよ」
滝沢は由美の考えを聞いて思わず呆れるように言った。
まだこの考えを理解はできていないようだ。
ペラペラしゃべらないなら別に構わないし、無理に分かって欲しいとも思わない。
理解を得ることと称賛を得ることは別だからだ。
「神崎さん、ちょっと。あ、滝沢君もいるんだ」
「なに?」
パッと笑顔で振り向く。
角度まで計算した。
隣でうわぁ、なんて聞こえるが気にしない。
「グラウンドの使用権でちょっと揉めてるの。埒が明かなくて」
「んん? この時間はうちが確保してるはずなんだけど」
全学年全クラスが練習のための場所を必要としている。
早い者勝ちではトラブルが続出するため、事前に申請することで場所を確保するシステムになっていた。
確保した時間は事前交渉で交換したり、譲ったりもできる。
この辺りは交渉を学ばせるためにあえてそうしていると由美は思っていた。
その権利はクラス委員である由美がもっており、この時間を使いたいという話は一切聞いていない。
滝沢を連れて呼びに来たクラスメイトと共にグラウンドに移動する。
広いグラウンドの北西部分が今回うちのクラスで確保してある場所だ。
人が集まって口論になっている。
雰囲気はそれほど切羽詰まってなさそうだが、少しばかり険悪な感じだ。
「だからさ、ここは今うちが使ってんだよ」
「話が違うぞ。使えるって聞いたから来たんだけど」
集まっている中心で男子が二人言い合っている。
片方はうちのクラスメイトで、もう一人は見覚えがない。
ただ雰囲気から上の学年だと判断した。
たしかこの男子はクラスの中でも明るく活発な人物だったはず。
名前は川上で、トラブルを起こすタイプではない。
「神崎さん連れてきたから、ちょっと中断して」
そうして二人の男子の前に連れてこられる。
視線が一気に集まってきた。戸惑いや期待、不安などその種類は様々だ。
確実なのは、この問題を解決すれば神崎由美という人間の評価が上がり、そうでなければ下がるということだ。
これが称賛の視線ならよかったんだけどなぁと思いつつ、胸を張って二人を見る。
「一年Bクラスの神崎です。今来たばかりで状況が分からないんだけど、何がどうなってるのか教えてください」
「神崎?」
「ほら、あの子がそうだよ」
近くの男子生徒がぼそりと呟く。
もしかしたらバズった動画を見たことがあるのかもしれない。
おっと思って反応を見てみたかったが、そこは我慢する。
今はそういう立ち振る舞いは必要ない。
相手はやはり二年生で、Dクラスの人達だ。
話を聞いてみると、うちのクラスが練習を開始して少ししたら彼らがやってきたという。
場所を奪いに来たのかと予想していたが、どうも彼らも困惑しているようだ。
「この時間はうちのクラスが確保してます。これを見て下さい」
携帯端末から学校のアプリを立ち上げ、申請状況を見せる。
今日の昼休み、この場所は一年Bクラスと表記されていた。
「ああ?」
言い合っていた相手の男子がそれを確認すると、少し不愉快そうに声を上げる。
「飯田、どういうことだよ」
「あれ、おかしいなぁ。代わってくれって頼んだんだけど」
「聞いてません」
こういう時はキッパリと事実をいうのが大事だ。
相手が年上でも雰囲気にのまれてはいけない。
「ほら、君のクラスの体育委員の。あいつサッカー部の後輩なんだよね」
内心で舌打ちした。あのお調子者め。
どう言ったのかは分からないが、うんと言ってしまったらしい。
ありそうなことだ。せめてこっちにも言え。トラブルが起きるのは事前に分かりきっている。
その時になってから言うなんて最悪だ。
もちろん正式な手段ではないので受け入れるわけにはいかない。
「生徒会の通知がありましたよね。正式な手順を踏んで貰わないとダメです。当人同士の口約束は通りません」
どう解決しようかと思ったが、これなら楽に勝てる。ルールで押し勝てばいい。
ルールは守ったものの味方だ。
こっちにも落ち度があるものの、向こうの方が手抜かりがあった。
「……行くぞ」
少しの間睨まれる。しかしこれ以上ごねても無駄だということが伝わったのか立ち去っていった。
息を吐く。
年上相手ということもあって少しばかり緊張した。
しかし、無事に解決できてよかった。
「神崎さん凄い! あっという間に解決しちゃった」
「学校のアプリってそういうの見れるんだ……」
「昼休みの時間は限られてるからね。解決してよかった」
周りからの視線は一気に称賛へと切り替わる。
気持ちいい〜!
これよ、これと思いつつも笑顔で退散する。
「さすがというか、僕の出番はなかったな」
「今回は相手が悪いからね。あの位なら楽勝だよ」
ふふん、と腰に手をやって胸を張る。
今まさにこうするために人生を生きているのだ。
「うわ。今何を考えてるのか手に取るようにわかる」
失礼な男だ。
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