第10話 体育祭の準備

 朝になると悩みが奇麗さっぱり消えていた。

 昔からこうだ。一晩寝ればメンタルはリセットできる。

 それに深く悩んでも問題は解決しないことはよく分かっている。


 問題を解決するには実際に問題に着手することが大切だ。

 悩むより慣れろとはよく言ったものだと思う。


 学校へ向かう前に着替えて習慣のジョギングへと出発する。

 妹の里奈はぐっすり寝ていたので起こさないように注意した。

 早めに起こすと里奈はめっぽう怒るのだ。


 外に出て風に当たる。

 春も終わりつつあり肌寒さは感じなかった。


 太陽が昇ればむしろ暑いくらいだろう。


 散歩中の人に挨拶しながら決めた距離を走り、家に戻ったらシャワーで汗を流して制服に着替える。


 朝食まで時間があるので今日の授業の予習復習も済ませた。

 こうしておくと授業への理解度も上がり、勉強の効率がとてもよくなる。


「よくやるよ。朝は一秒でも寝たいのに」


 その頃ようやく里奈がベットから這いずるようにして出てくる。

 普段は元気いっぱいな上にバレー部所属で朝練にはなれているはずなのだが、中学三年になって早めに引退してからはこの有様だ。


 継続は力なり、と反面教師を見て気持ちを新たにする。


「姉さんなんか変なこと考えてない?」

「気のせい気のせい」


 うん、今日も問題なし。

 朝食を平らげて早めに登校した。


「朝から元気な人だねぇ。どこからあんな元気が湧いてくるのやら」

「里奈ちゃん、あんまりゆっくりしてると遅れちゃうよ」

「大丈夫だってばー」


 二枚目のパンを齧りながら里奈が見送る。

 里奈から見ると姉の由美は超人にしか見えない。


 元々頭の回転はよかったし、運動神経も女子の中では優れていた。

 しかし努力を始めてからの伸びは凄まじく、あっという間に秀才になってしまった。


 その変化の様子を間近に見ていた里奈としては感心するしかない。

 できないことを出来るようにすることが学習なら、姉はそれをやり遂げてしまった。


 しかもその原動力は見栄という見えない何かだ。

 とても真似できないし、したくもない。


 お金の為にバイトを頑張る方がまだ理解できる。


 ただ一つ言えるのは、なんだかんだで注目される自慢の優秀な姉なのは間違いなかった。



 由美は学校に到着した。

 登校時間のピークに巻き込まれたくないので早めに登校しているからか、クラスの席はまだ空席が目立つ。


 滝沢は鞄だけ。朝練にでも参加しているのだろう。


 湊川さんも登校していた。

 手を振ってきたのでそれを返す。


 特に変わった様子は見られない。大丈夫そうだ。


 鞄から今日使う教科書やノートを取り出して机の中に入れる。

 休み前にクラス委員の仕事の大半は片付けた。

 滝沢に一部押し付けられたのもあって中々にしんどかったが、達成感が今は勝る。


 そう考えていたのだが……。


「滝沢、神崎。少し残るように」


 滝沢と目を合わせる。

 休みの一件以外にヘマをした覚えはない。

 湊川さんのことは一応滝沢にも伝えてある。


 ……男女で遊びに行っただけで注意されるものだろうか。

 そう思っていたら、全く別の要件だった。

 教室から他の生徒がいなくなると、担任の川辺先生からプリントを渡される。

 そのプリントには体育祭に関することが記されていた。


「体育祭の準備をそろそろ始めてもらうことになる。体育委員はもちろんだが、クラス委員のお前たち二人も働いてもらうぞ」


 ホッと胸を撫で下ろしつつ、引き受ける。

 生徒の自治権が大きいからか、先生は案内と準備はしてくれるものの、他は全て生徒の手で進めなければならない。


 これは学校の校風で、自ら考えて行動することを学ぶ一環だそうだ。

 面倒ではあるものの、子供では経験できないことができるチャンスでもある。


 大きな成果を上げずとも、立派な勤め上げればそれだけで評価が上がる。

 クラス委員になった甲斐があるというものだ。


 そう思っている由美とは違い、滝沢は浮かない顔をしている。


 忙しいからと仕事を押し付けてきたような男だ。

 今回も面倒だと思っているに違いない。


 幸い、当日が忙しいだけでそれまでは委員会の出席が増える程度で、あとは発注や確認をすれば問題なさそうだった。


 川辺先生は簡単な説明の後、さっさと職員室へ戻っていった。

 生徒の仕事が多いからか、この高校の先生は早く帰ることが多いらしい。


「神崎さん、体育祭って多分部活ごとに活動もあるみたいなんだ。もちろん僕の仕事はちゃんとやるつもりだけど」

「はいはい。皆まで言うな。押し付けられる位だったら最初から調整した方が楽だよ」

「ごめん、そうしてくれると助かる」


 両手を合わせて拝むようにして頭を下げてくる。

 悪い気分じゃない。

 キャパがギリギリな時に仕事を増やされるからこっちもしんどいのであって、事前に調整できるなら問題はないのだ。


 いやないこともないか。

 それでも許容範囲内といえる。


 次の日から早速準備が始まった。

 滝沢の言った通り、空手部でも部内対抗リレーなどがあるらしく、体力作りも兼ねてその練習が行われるらしい。

 なので細かい仕事はこっちで引き受けることにした。


 ただしクラス委員として体育祭の委員会への参加は強制だ。

 体育委員を伴って滝沢と共に最初の委員会に参加する。


 各クラスから三人。

 学年ごとなので人数が多い。

 上級生が代表になって取り纏めてくれるようなので、一年は与えられた仕事を達成すればいいようだ。

 うちのクラスはタスキやハチマキの数の確認、テントの点検。

 当日はボールの準備などを担当する。

 ただし手が空けば手伝いに入ることになりそうだ。


 うちのクラスの体育委員はサッカー部に所属している明るい男子で、力仕事は任せて欲しいと元気に発言していた。


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