第9話 あーあ、残念

 湊川恵。

 まだ一緒のクラスになって日が浅いなかで、由美とは仲が良くも悪くもない。

 クラスの中心人物ではあるものの、由美ほどの影響力は持たないからかクラスではあまり話しかけてこない。

 多分由美がいなければ彼女がクラス委員になっていただろう。


 だというのに、学校の外ではこんなに気軽に話しかけてくるのかと思った。

 滝沢に気があるのだろうか?

 可能性としては一番あり得る。

 クラス委員長として滝沢と一番接している由美にたいして牽制したいと考えると、しっくりくる。


「滝沢君とはよく会うの?」

「ううん。一緒に出掛けたのは初めてだよ」


 嘘ではない。

 最初に出会ったのはただ偶然出会っただけで、一緒に出掛けたわけではない。

 現場を見られた以上は誤魔化すにも限界がある。

 せめて相手の神経を逆撫でしない言葉を選ばないと。


「私が誘った時は断られたんだよね。神崎さんとの先約があったからかなぁ」


 あーあ、と言って湊川は胸を反って天井を見上げる。

 そのせいで大きな胸が由美の目に入った。


 スタイルは由美も決して負けてはいないが、胸の成長は人それぞれだ。

 こればかりはどうにもならない。


「ねぇ、神崎さん。連絡先教えてよ」

「いいよ。湊川さんの連絡先は私も知りたかったんだ」


 やだよ、と言いたかった。

 どう考えても将来のトラブルの種だ。

 しかしここで断る方が優等生としては矛盾してしまう。


 一切顔色を変えずに、なるべく当たり障りのない言葉で承諾した。


 クラスの連絡先は滝沢に続いて二人目だ。

 緊急連絡網はクラス委員長として預かっているが、これは自宅へのものであって携帯電話は載っていない。


 載っていたとしても登録する気はないが。


 それからの会話は学生らしい日常の趣味や勉強内容に移っていく。

 世界史の教師の話が脱線しすぎだとか、最近流行っている動画だとか。


 趣味や好みは由美がカバーしている趣味とは方向性が違うものが多く、滝沢のことを抜きにすれば彼女と話しているだけでそこそこ楽しかった。


 降りる駅になったといって湊川は手を振りながら電車から降りていく。

 電車が動き出し、湊川の姿が消えていく。


「はぁ~」


 ため息をついて緊張から解放される。

 ここが自室なら足を投げ出してだらけているところだ。


(うーん。見られてなければどうにかなったんだけどなぁ)


 論より証拠、という言葉がある。

 決定的な証拠でなければ、大人相手でも誤魔化しきる自信があった。

 写真でも撮られていなければ大丈夫だろう。

 それに今日の一日は健全なお出かけだ。後ろ指を指されるものではない。


 よって、問題なし。

 考え続けても無駄だと判断してそう結論付ける。

 そもそも付き合ってない。


 噂が広まれば立ち位置は変化するかもしれないが、その時はその時だ。


 気分を変えるために帰り道のコンビニでアイスを購入し、食べながら帰ることにした。

 甘いアイスで少しばかり幸せな気分に浸る。


 家に戻って玄関を開けると、慌てて里奈が走ってきた。

 顔は興味津々といった様子だ。


「姉さん初デートどうだった?」

「第一声がそれってどんだけ気にしてんの」

「だって気になるじゃない。キスの一つはした?」

「キ、キスって。するわけないじゃない。ちょっと遊びに行っただけだし!」

「つまんないの」


 お玉を持った母が横から割り込んできた。

 どうやら夕食の準備をしながら聞き耳を立てていたようだ。


「散りなさい。シッシッ」


 身内の恋話がそんなに気になるのか。こいつ等め。

 でも里奈の恋話が聞けるなら確かに気になるかも。

 母のはもう耳にタコができるほど聞かされたからもういい。


 近寄ってくる二人を一旦押し退けて、部屋に戻って着替える。

 外出用の服はどうにも落ち着かない。やはり楽で着慣れたジャージが一番だ。


 リップもちゃんと落とす。

 ようやく肩の力が抜けた気がした。


 居間に戻ると里奈と母の二人がヒソヒソとこっちを見て話しをしている。

 声は聞こえなかったが、確実にダサいだのなんだのと言っているに違いない。


 ソファーに座り、今日あったことを適当に報告する。

 その内容を二人でキャッキャッと面白おかしく騒いでいた。

 いくら男子と出かけるのが初めてとはいえ、そんなに話題にしなくてもと思わなくもない。


 父が帰宅し、夕食の時間になった。


 猫の食事を準備していると、縁側でずっと寝ていたらしきみーこが起きてきた。

 足元までくると頭を足にこすりつけて、ごろんと腹を向ける。


 無防備な態勢だった。

 腹を撫でてあげると、そのまま大きく体を伸ばす。


 起きてすぐは本当に甘えん坊だ。

 他人にこれだけ甘えられたら楽だろうなと思う。


 しかし、由美には性格的にも難しい。

 そもそも甘える姿など見せたら他人からの尊敬は得られないではないか。

 猫は甘えるほどに可愛いが、人間がそうとは限らない。


 つんつんとつついた後、定位置にみーこ専用の皿を置くと勢いよく食べ始めた。

 食卓に着き、家族四人で手を合わせる。


「いただきます」


 父は寡黙だ。

 何を考えているのか分からない。

 父から母に告白したらしいが、普段の様子を見ているととてもそうは思えない。

 母の方が愛情が深そうに見える。


「父さん、今日姉さんが初めてのデートに行ってきたんだよ」

「……相手には迷惑はかけなかったか?」

「ただ映画を見に行っただけだよ。迷惑もかけてない」

「ならいい」


 いまいちなリアクションだ。心配しているのかどうかもよく分からない。

 会話が途絶えると、父はテレビを見ながら夕食を食べ進めている。


 そんな父に母はこりもせず話題を振り、生返事が帰ってくる。

 いつもの光景だ。


「ごちそうさま」


 食べ終わった食器を流しに持っていき、水につける。

 今日はいつもより疲れた気がする。

 早々に自分の部屋に戻ってベッドに体を預けた。


「今度は割り勘、か」


 何気なく言った言葉だ。

 次もあると思っていいのだろうか。


 不思議な気分だ。

 別に滝沢のことが好きというわけではない、と思う。

 でも嫌いじゃない。


 なんだろう、この気持ち。

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