第8話 ティータイム

 頼んだ飲み物が来る頃にはいつもの滝沢に戻っていた。


「ごめん、ちょっとみっともないところを見せちゃった」

「いやー、あの映画はすごく良かったしみっともなくないよ」


 気恥ずかしそうに言う滝沢をフォローする。

 実際ちょっと涙がこみ上げる寸前だったシーンがあった。


 お互いアイスティーに砂糖のみ。

 砂糖を入れてかき混ぜて一口飲み込むと、感情が動いて火照った身体に冷たさが染みわたる。


「おいし」

「ここは僕が出すから、何でも好きなものを頼んで。二品まででお願いします」


 滝沢はそう言って頭を下げる。

 制限がないならガッツリ頼んでやろうかと思ったのだが、そこはしっかり塞いできた。

 食事を頼むよりスイーツを二つにしてしまおう。


「仕方ないなぁ。店員さん、このパフェとケーキお願いします」

「俺はこのケーキで」


 呼んだ店員は注文を繰り返し確認し、去っていった。

 頼んだスイーツが来るまで、冒頭からの感想を言い合う。

 些細なことから、メインストーリーに関して。


 意見が合うこともあれば、違う部分もある。

 映画を見て何を思うかはその人がどう過ごしてきたかの価値観を示す。


 だからこうやって感想を言い合うことは相手の理解を深めることになる。

 割と深いコミュニケーションだと思う。


 話しているとなんとなく滝沢が映画で泣いた理由が分かってきた。

 相手を深く信じることと家族愛に関わる部分だ。


 どうやらその辺りが滝沢の胸を打ったらしい。

 ケーキが来たので話を中断し、食べ始める。


「ごちそうになります!」

「どーぞ。迷惑をおかけしたお詫びに美味しく食べて下さい」


 頼んだベイクドチーズケーキは甘さ控えめで、いくらでも食べられそうな美味しさだった。


「神崎さんって食べ方もキレイだよね」

「そりゃ練習したもん。今だとお上品に早食いだって出来るよ」

「嘘でしょ?」

「ネットと、あとテーブルマナーの本をいくつか読んだね。このあとフルコースのディナーを奢ってくれても大丈夫だよ」

「そんなお金ないから。ああそうか、食べ方ひとつでも結構見られるもんだよなぁ」


 自分が指摘したことを思い出したようだ。


 見栄を張る。つまり他人から見られるということを意識した際に何が必要かは非常に考えた。

 人間は他人を見ているようで見ていない。

 しかし気に障るという部分に関しては目敏い。


 悪いイメージは繰り返し見ることで固定化されてしまい、そういう人だというレッテルを貼ってしまう。


 なので優等生の仮面を作る際に、悪いイメージを抱かれないように注意した。


「滝沢君も結構育ちがいいよ」

「そうかな?」

「そう。人の話をよく聞いてるし。私のことも言いふらさないし」


 意外そうな顔だった。

 滝沢はクラスではリーダーシップを発揮するというより、調整役に回ることが多い。

 その所為で溢れた仕事をこっちに持ってきていたのだが。


 気を使えるのはやっぱり育ちの良さだろう。

 とはいえそれを由美にも発揮しろと思った。


「これからも助けてくれると嬉しいな」

「別に私も一切手伝わないとは言ってないよ。加減しろって言ってるの」

「あれは色々重なったから。……ごめん」


 パフェに舌鼓を打ちながら謝罪を受け入れる。

 感想も一通りは言いつくして、思いつく考察まで意見を交える。

 一区切りがついた頃にはそれなりに時間が経過していた。


「門限は大丈夫?」

「うちは緩いから、二十時までに帰れば大丈夫」

「そうなんだ。ただあんまり遅くまで連れまわすのは悪いから今日はこの辺にしとこうか」

「分かった。楽しかったよ」

「それはよかった。お詫び抜きでもまた誘ってもいいかな?」


 やっぱり滝沢は私に気があるのでは?

 なんてね。同じクラス委員長として親交を深めたいのだろう。


「いいよ。今度は割り勘だね」

「よかった。断られるかもって考えてた」


 滝沢は乾いた笑いが漏れている。

 人付き合いに関しては臆病だなーと思った。


 会計を滝沢に任せて店の外へ出る。

 夕方というには少し早い時間帯だ。


 初めてのデートとしては上出来なのではないだろうか。


「駅まで一緒に行こう」

「ん、おっけ」


 出てきた滝沢と一緒に駅まで歩く。

 不思議なもので、最初に隣に並んで歩いていた時のぎこちなさは感じない。

 自然と会話も弾む。


 少しお互いのことが分かったからなのかもしれない。


「それじゃ、私こっちだから」

「うん、また明日学校で」


 改札で別れ、電車に乗り込む。

 幸い空いていて、ゆっくりと座ることが出来た。


 思ったより楽しかったなーとデートを振り返る。

 あれは完全にデートだ。外から見たらそうとしか見えないので、デートだと割り切った。


 思えば距離も普段より近かった気がする。


 ふぅっと息を吐く。

 少し体が暑いなーと思っていると、誰かが隣に座った。

 空いているのにわざわざ隣に座るのは誰だと見てみると、そこには湊川さんが座っていた。


「またまた奇遇ね。神崎さん」

「湊川さん……奇遇ですね」


 この人、どこから乗ってきた?

 手前の駅から乗っていて、わざわざ隣に移動してくるほど仲が良い相手ではない。


 つまり同じ駅で電車に乗り込んだ可能性が高い。


(見られたか?)


 まず思ったのはそこだった。

 偶然居合わせたのだろうが、乗る瞬間を見られていてもおかしくはない。


「こっちにはよく来るの? 私は結構遊びにくるんだけど」

「いや、あんまりかな。用事があって」

「滝沢くんと?」


 舌打ちするのを我慢した自分を褒めたい。


「ちょっとね」


 これ以上聞くなとぼかして伝えると、それ以上は踏み込んでこなかった。

 電車の走る音だけが聞こえてくる。


 他の数少ない乗客は携帯端末を見ており、こっちには注意を払っていない。


「神崎さんは男子に興味ないと思ってたんだけどなぁ」

「別にそんなことはないよ。ただ今は色々と忙しいだけ」

「うちの学校はクラス委員長は忙しそうだよね」

「うん、忙しいよ」


 言質は取られないように、言葉を選ぶ。

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