第7話 映画を見て
あのチャラチャラしたナンパ男のせいか、思ったより滝沢と一緒でも緊張せずに隣り合って歩いている。
念の為クラスメイトや同じ学校の生徒と鉢合わせしないように、行動圏をずらしている。
一応は進学校だ。男女交際は推奨されていない。
別れろと言われることはないだろうけど、付き合っている訳でもないのにあることないこと言われるのは嫌だった。
そもそも見栄に関わる。
「その服似合ってるね。学校と雰囲気違うからびっくりした」
「そう? まあ妹がセンスいいから、意見貰って決めたからかな」
「妹が居るんだ」
「そう。私とは違う感じだけどいい子だよ」
「へぇ」
映画館へ向かう道中で色々と話をする。
実のところ、学校ではあまりこういう会話はしない。
二人っきりという場面が少なく、なったとしても委員会や行事が忙しいのでそれ優先だ。
ゆっくり会話するのは実はあの下校しながら話した時以来かもしれない。
「実は神崎さんとずっと話したかったって言ったら、どう思う?」
「当然。だってそう思われるように振る舞ってるんだから」
胸を張ってそう返すと、滝沢は足を止めて驚いた顔をしていた。
意外な返答だったようだ。
まだこっちの理解が浅いように見える。
「……見栄、だっけ。本当に初めて遭遇するタイプの人だよ」
「そう? 世の中にはたくさんいると思うけど」
堂々と公言する人間は珍しいかもしれないが、人間は見栄で出来ていると由美は思っている。
多かれ少なかれ見栄のためにお金を使い、時間を使い、才能を使う。
「それはそうだけど、なんて言えばいいのかな。見栄の為に頑張る人は少ないんじゃないかなって。報酬があるから頑張ると思うんだ」
「そこは見解の違いかな。見栄を張るのって結構大変だから、副産物が勝手に手に入る感じ」
勉強が出来ると思われるにはテストでいい点を取る必要がある。
すると必然的に学年順位は上位になり、尊敬のまなざしを獲得できる。
運動が出来ると思われるには、日々の鍛錬が大事だから朝のランニングや筋トレで体を鍛えればいい。そうすれば体育でも活躍できる。
「ああそっか。手段と目的が嚙み合ってるんだ」
滝沢は納得がいったのかうんうんと頷く。
「俺は両親の期待に応えようと思ってたら色々出来るようになったけど、そっか。そういう人もいるんだ。自分で自分に期待してるんだね。神崎さんは」
「そういうこと。ただ人に言われると自意識過剰な人みたいだね……」
「えっ、違うの? 正直神崎さんの話を聞いてるとそうとしか思えないんだけど」
「違いますー。私は努力してこの地位を勝ち取ったんですー」
意外と滝沢は失礼な男だった。
それだけ軽口を言い合えるくらいには打ち解けたのだろうか。
高校では最初から仮面をつけていたので本音で話せる相手はいなかった。
それは自分で選んだことなので受け入れていたのだが、やはり同年代の相手と気兼ねない会話が出来るのは楽しいと感じる。
自然と由美も笑顔で会話する。
「普段の神崎さんの笑い方も気品があるけど、普段の方がずっと可愛いと思う。もったいないな」
「もしかして口説いてる?」
「そういうわけじゃ……」
「ふーん」
距離を縮めて顔を近づける。
背は滝沢の方が高く、見上げる形になった。
「な、なに?」
見下ろしているのは滝沢なのに、うろたえているのも滝沢だった。
「友達としては合格かな。私の彼氏としてはひとまず保留!」
「いやいや、告白もしてないからね!?」
「あははは!」
大口を開けて笑う。
こんな姿をクラスメイトが見たらギョッとするかもしれない。
そう思うとよりおかしかった。
映画館に到着する。
どうやら映画チケットの無料券があるようだ。
お互い懐が痛まなくて素晴らしい。
「これチケット。隣でいいよね」
「そりゃあ一緒に来てわざわざ離れて座らないわよ」
当たり前のことを確認してくる滝沢にそう言うと、ホッとした様子だった。
あの放課後のふてぶてしい態度が嘘のようだ。
もしかして弱点を握ってないと安心して話せないのだろうか。
だとしたら中々の性格だ。
飲み物とポップコーンを売店で購入する。これはお互い別会計で。
おごりはこの後にした。
これから見る映画は、馴染みのあるキャラクターの前日譚らしい。
あまりその作品には詳しくなかったが、ほぼ新規のキャラクターばかりなので気にせず見ることが出来た。
最初こそ話の流れが暗く陰惨な感じだったが、主人公と現地で仲良くなった相棒が謎を解きながら活躍していくシーンは手に汗握るものだった。
隣の滝沢をたまに見てみるとなにやら思う所があるのか、死んだような顔をしていたが主人公が自分の利益よりも相棒を選ぶシーンで感極まった感じになっている。
最初が暗かったからこそ、後半の疾走感を感じさせる展開が輝く。
話しの落ちはハッピーエンドとは言い切れないものだったが、希望が知っているキャラクターに受け継がれていくことが示唆されており満足いくものだった。
途中からはポップコーンを食べる手も止まって魅入ってしまった。
小さい頃に何度も聞いたBGMと共にスタッフロールが流れ、劇場が明るくなる。
慌ててボッブーコーンを口に詰め込み、ジュースで押し流す。
少しはしたないが、捨てるよりはマシだ。
口の中が空になると、ちょうど席を立つ人が途絶えた。
そのタイミングで隣の滝沢に声を掛ける。
「いこっか。うん、本当に面白かったです。感想言い合いたい」
「うん。うん……」
「あれ、泣いてる?」
滝沢の目は少し潤んでいた。
あわててハンカチで目を拭っている。
育ちがいいな。
「ごめん。ちょっと感動しちゃって」
「分かる。本当によかった」
早くその辺の喫茶店に駆け込んであれが良かったこれが良かったと言いたい。
良い映画は語りたくなるものなのだ。
映画館を出てチェーン店の喫茶店に入る。
ちょうど奥が開いていたのでそこを選んだ。
席に座って注文を済ませる。
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