第6話 ちょっとしたハプニング

 そして迎えた当日の日曜日。

 緊張から眠れないかと思ったがそんなことはなく、十分に睡眠がとれた。

 今日のために買った服に着替えて、洗面台で顔を洗う。


 化粧に関しては薄いリップを乾燥防止で塗るだけに留めた。

 デートだと思ったものの、目的はあくまで日頃押し付けられた仕事の詫びだ。


 それに気合入れてきたなこいつと思われるのもなんかいやだった。


「姉さん、リップ塗っただけでもイケてるじゃん」

「ほんと、私の若い頃にそっくり」


 面白がって様子を見に来た里奈と母が感心したように言う。

 確かに母とは顔立ちがよく似ているとは思う。


「変なところとかない?」

「ないと思うけど……あっ。動かないで」


 里奈はペン立てからハサミを取り出すとついたままだったタグを切る。


「これでよし」

「ありがとう。今日は昼も要らないから」

「はいはい。よく考えたら男の子と二人っきりででかけるのは初めてじゃない?」

「そんなこと……ない?」

「自分のことなのになんで疑問形なの」

「あ、もうこんな時間だ。じゃあ行ってきます」


 いまいち歯切れの悪い返事をしつつ、時間が迫ってきたので家を出る。


「行ってらっしゃーい」

「気を付けてねー」


 二人の声を聞きながら靴を身に着けて玄関から出る。


「どう思う? キスくらいはして帰ってくるかな」

「由美ちゃんはああ見て奥手だから、手もつながずに帰ってくるんじゃない」

「ほんとに姉さんは高校生なのかなぁ」


 まだ何か話しているようだったが、距離があったので聞こえなかった。



 電車で待ち合わせの場所へ向かう。

 ただ、どうにもチラチラとみられている気がする。

 里奈と母に見て貰ったが、まだおかしな部分があるのだろうか。


 由美はさりげなく自分の格好を見る。

 落ち着いた着こなしだと思う。

 季節感にも合っているし、体格にも合ったものだ。


(落ち着かないな)


 学校でなら注目も大歓迎なのだが、こうした公共の場だと少し気後れする。

 芸能人になりたい訳ではないのだ。


 特に今はいつもとは違う非日常だ。なおさら落ち着かない。

 普段から仮面をつけていて良かった。


 結局視線を集める理由が分からず、待ち合わせ場所に到着した。

 予定の二〇分前だが、ギリギリに慌ただしくなるよりは余裕をもって行動できるし良い時間だろう。


 周囲を窺うが滝沢はまだ到着していないようだった。

 同じく待ち合わせだろう、待ち人が見受けられた。


 携帯端末を取り出し、到着したことを連絡する。

 滝沢からの連絡はなかった。


 暇なうちにネットニュースに目を通しておく。

 日本人メジャーリーガーの移籍金や、政治資金の問題などを斜め読みする。


 その後は動画投稿サイトで流行りの曲を眺めて聴く。


 もうそろそろ時間なのだが、滝沢の姿はない。

 待ち合わせには早く来るタイプだと思ったのだが、そうでもないのか。

 時間にはだらしないのかもしれない。


 先ほどの連絡は既読がついていない。


「ねぇ、暇してる?」


 もう一度連絡をいれようとしていると声を掛けられた。

 顔を上げて声の方を見ると、大学生くらいの男性がそこにいた。


 体格は大きい。何かスポーツをやっているようだ。


「待ち合わせしてるので大丈夫です」

「えー、さっきから見てたけど、割とここで待ってるよね。待ち合わせの相手来ないんじゃない?」

「そんなことはありません」


 約束を破るタイプには見えなかった。

 目の前の大学生は一度断ったくらいでは引かないようだ。


「待ち合わせ時間はいつなの? 待たせるような奴はほっといて俺と遊びに行こうよ」


 しつこいナンパだった。相手の視線はこっちの胸や足を見ている。

 よこしまな目的が透けて見えた。

 いつもは里奈と一緒に居るからか、あまりこうやって声を掛けられることはない。


(失敗したな。ギリギリまで近くの喫茶店で暇を潰せばよかった)


 相手はハッキリ言わないと引きそうにない。

 こんな衆目の場でそうしてしまうと目立ってお互い恥をかくのだが相手は分かっているのだろうか。


 それを逆恨みされてもいやだが、あまり長時間こうしていると結局目立つ。


「あの、迷惑なんでやめてください」


 先ほどより少し声を大きくして相手の男に言う。

 すると、やはりというべきか少しいらだった様子だった。


「そんな風に言わなくてもいいじゃん。ねぇ」


 腕が伸びてくる。


(……あんたに脈はないって言ってんのよ!)


 力尽くでどうこうしてくるならこっちにも考えがある。

 こちとら中学生時代は――


「この子は俺の連れなんで」


 そう言って滝沢が男との間に割り込んでくる。

 いきなり現れた滝沢に相手は気を削がれたようだ。


「あっそ。別にちょっと可愛いから声かけただし」


 そう言って男はあっさりと居なくなった。

 ふぅ、と息を吐く。なんだかんだ、圧迫感があった。


「ごめん、ちょっとバタバタしてさ。時間には間に合うと思ったんだけど」


 確認すると少しだけオーバーしていた。

 だが、まぁ。

 ちゃんと助けに来たので勘弁してあげようと思う。


「これはケーキも追加しないと気が収まらないなぁ」

「分かった。もちろんケーキも奢る。奢ります。今度は気を付けるよ」


 申し訳なさそうにする滝沢に少し気がよくなる。

 実際は何かあったのかもしれないが、言い訳をしないその誠意に免じてこれで許そう。


「じゃあ行こうか。映画始まっちゃう」

「そうだね」


 そうして由美の人生初のデートが始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る