第5話 デートに来ていくための服がない

 妹の里奈にハッキリとデートだと指摘されてから、日に日に意識するようになってしまった。

 仮面を被ることには慣れていたから学校でそれを表に出すことはなかったものの、家に帰るとしばらく布団の上でバタバタともがく。


 由美にとって男子と二人きりで出かけたことはない。

 デートの経験など皆無なのだ。


 その事実に気付いてからは恥ずかしいやら緊張するやらで中々いつもの調子に戻れない。


「姉さんうるさーい」

「だってぇ、里奈ぁ」

「うわっ、妹に縋りついてこないでよ」


 里奈は由美と違い、ほどほどに頑張りつつ学校生活を謳歌している。

 話を聞く限り彼氏はいないそうだが、デートなどは何度も経験しているらしい。


 由美は里奈の足に縋りつく。


「服とかどうするの? 手とか繋ぐ? いやいや滝沢君とはそんな関係じゃないし!」

「放してよー。もう高校生なんだからそれくらい自分で判断して」

「先人の知恵は大事なんだよ! 巨人の肩に乗るって言葉知らないの」

「知らないよ……」


 呆れた声が帰ってきた。

 妹の教養を心配しつつ、日課の予習復習を始める。

 ルーチンワークとは便利なものだ。


 それまでどれだけ精神が乱れていても、スッと切り替えられて頭が落ち着いていくのを感じる。


「こういう所は器用だよね」

「世の中のことが全部教科書で勉強出来たら良いのに」

「いやだよそんなの」


 いいアイデアかと思ったが里奈には不評だった。

 予習復習の後にストレッチと簡単な筋トレも終えてしまい、また悶々としてくる。

 かといって里奈からは呆れられるほど相談してしまったので、ほとぼりが冷めるまでは何も相談できそうにない。


 地力で何とかしなければ、と服を仕舞っているタンスを開ける。

 すると由美は血の気が引いていったのを自覚した。


 デートに出かけるための服がない、ということに気付いて。

 妹とでかけるのとは訳が違う、と由美は思っている。


 急いで財布を掴み、中を確かめる。

 中には諭吉が一枚。

 決して少なくはないが、しかし服を買うには心許ない。


「……背に腹は代えられないわよ」


 まだ涼しい時期にもかかわらず、額から汗を落としながら由美はそう呟いた。


 次の日、大急ぎでやることを済ませて放課後すぐに学校を飛び出す。

 途中滝沢が話しかけてきたが、今日は忙しいと跳ねのけて立ち去っていった。


「あんな急いでどうしたんだろ」


 優等生である由美の珍しい姿にクラスメイトも驚きを隠せず、少しだけざわついた。


 由美は急いで家に戻ると、制服を脱ぎ散らかして外出用の服に着替えて、寛いでいたり里奈をさらうように連れて再び家を出た。

 目的地は近くの複合施設に出店しているファッションセンターだ。

 ブランド品ではないが、安価でしっかりとしている服を売っていることで評価を得ている。


 一万円ではブランド物ならスカート一枚買うので精一杯。

 そしてスカートだけちゃんとしたものを買っても意味がない。


 ファッションそのものに関しては、話を合わせるために多少は知っていた。

 加えて妹の里奈は小遣いを服につぎ込んでおり、薫陶を受けている。


 最低でも上下はある程度揃えて買いたい。

 アクセサリーやバッグは当てがある。


「アイスを奢ってくれる約束だからね。さっさと決めて帰ろう」


 幸い里奈はアイス一個で買収に応じてくれた。

 一人で鏡を見てもいいのだが、やはり誰かの意見が欲しい。


 何着か流行りの服を抱えて更衣室に入り、着替える度に里奈の意見を貰う。


「姉さんってさ」

「なに?」

「スタイルも顔もいいよね……なんかムカついてきたよ」

「ほんといきなりなに!?」


 突然の恨み節に由美は驚く。

 里奈の指摘通り、由美のスタイルはいい。


 胸は平均的な大きさより少し薄いが、身体は適度に絞られておりどのような衣装でも着こなす。

 足も長く、里奈がいつも読んでいる雑誌のモデルに載せても通用しそうなほどだ。


 それは見た目も美しく保つために由美の不断の努力によって成しえたことで、里奈もその努力の量は良く分かっている。


 だが、目の前でこうも見せつけられては一言いいたくなるのも当然だった。


 結局由美の亜麻色の髪色と合う服を選び、会計した。


「姉さんがデートの為に服を買うなんてねぇ」


 奢ったアイスを齧りながら里奈がそう言った。


「べ、別にデートの為じゃないから。高校生になったし、新しい服の一つでも欲しいかなって」

「じゃあこの前一緒に出掛けた時に買えばよかったじゃん。分かりやすすぎるよ」

「そんなに分かりやすい?」

「ずっとソワソワしてるよ。父さんはともかく母さんは気づいてるんじゃないかな」

「本当に言ってる?」


 そういえば母は最近妙な視線を向けてくることが多かった。

 あれは娘がソワソワしていることに関してのメッセージだったのかもしれない。


「ああ、もう!」


 顔が真っ赤になる。ここが外でなければ地団駄を踏んでいるところだ。


「あれ、神崎さん?」


 そんな感じで店の近くで里奈と話していると、声を掛けられる。

 振り向いて声の主を見る。女子生徒だった。


 服は高天田高等学校のものだ。

 リボンは一年生の色を示す黄色だった。

 声を掛けてきたということは知り合いの可能性が高い。


 由美の頭脳が咄嗟の事態に急速に回転し、優等生の仮面に切り替わる。

 そうするとすぐに誰かが分かった。


 事前にクラスメイトの顔と名前は記憶している。

 ただあまり会話をした事がない相手は、優等生モードに入らないと咄嗟に出てこない。


「湊川さん、こんばんは」

「こんばんはー。妹さん?」

「そう。里奈っていうの」


 湊川さんに妹の里奈を紹介する。

 里奈は瞬時に切り替わった由美を見てギョッとしたものの、湊川さんに会釈する。

 外面は姉妹揃っていいのだ。


 湊川さんは社交的で、お客さん扱いの由美とは違い女子グループに溶け込んでいる。

 中心人物と言ってもいいくらいだ。


「神崎さんもこのお店にくるんだ。ちょっと意外かも」

「そんなことないよ。ここ安いし種類も多いし」

「もっといいお店行くんだと思ってた。お嬢様っぽいし」


 里奈が噴き出しそうになっている。

 里奈からぼろが出ないうちに、湊川さんとの会話を早々に切り上げ帰宅する。


「……ふぅん。気になるなぁ」


 慌てていたので、背後で湊川さんが何か言っていた気がするが聞き取れなかった。


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