第3話 まずはお友達から

 時間も時間なので、話しながら学校から出る。

 幸い外は曇りではあるが雨は降っていない。


 他の生徒はほぼ下校しており、周囲には誰もいなかった。


「それで、なんだけど」

「うん」

「私としては、今のキャラで学校生活を過ごしたいの。普段の私は家の外では出してない訳」

「でもあの時は気さくに声を掛けてくれたよね」

「妹だと思ったの! 滝沢君だと分かってたらあんなことしないわ」

「それは残念」


 何が残念だ。

 あの時ビックリして逃げるように帰ったくせに。

 信じられないものを見たという顔は今でも目に焼き付いている。


 このままだと帰宅してしまうので、適当なところで足を止めた。

 ちょうどある自販機で飲み物を買う。

 公園の入口にある車止めにハンカチを敷いてお尻を乗せる。


 由美はメロンソーダを。

 滝沢はミカン風味の水を買う。


「クラスの皆にはあの神崎さんは内緒にすればいいんだよね?」

「そう! 私はね、高校生活はなるべく注目を集めたいと思ってるの」

「……変わってるね。普通は注目は浴びたくないと思うんだけど」

「なんで? 注目を浴びるのってすごく気持ちいいんだよ。それも私を見てってやるんじゃなくて自然と注目が集まるあの瞬間! 生きてるって感じがする」


 中学校時代、由美は頂点の世界に足を踏み入れたことがある。

 そこでは全てが由美を中心に回っているような感覚を覚えた。


 もちろん実際はそうではないのだが、そうとしか思えぬほどの快楽が脳に焼きつけられたのだ。


 その快楽が一度で終わるのは勿体ない。

 だからこそ今由美はこうしてここにいる。


「なるほど。理解はできないけど分かったよ。ただし、条件を付けさせて欲しいな」


 来た。

 何事もタダより高い物はない。

 何か言ってくるだろうなとは思っていた。


 それも高校生の男子から。

 さすがにあまりにもな欲求は断るが、手をつなぐ位なら考えてもいいなとは思っている。


 証拠が残るような自撮りもNGだ。


「友達になってよ。多分、話が合うと思うんだ」

「友達~?」


 成績上位の者同士、たしかに話題は事欠かないと思う。

 それにクラス内では尊重されているものの、友達は未だにいない。


 そしてそれはどうやら滝沢も同様のようだ。

 人は同じレベルの相手と群れたがるという研究結果もあるという。


 頼りにはなるが気軽に声を掛けにくい二人、ということなのだろう。


「それで本当に内緒にしてくれるんでしょうね?」

「それは約束する。必ず秘密にする」

「なら、いいでしょう。今日からは友達ということで」


 中身を飲み干した空き缶を投げて見事にゴミ箱に入れる。


「ナイスショット」


 滝沢はそう言うと、歩いてゴミ箱に入れに行った。


「実は神崎さんとずっと話したいと思ってたんだ。入学式の時会ったの覚えてる?」

「そうだっけ?」


 入学式の時は少しバタバタしていてあまり記憶がない。

 困っていた男子を助けたのは覚えているが、もしかしたらあれが滝沢だったのだろうか。


「うん。あれからずっと話しかけるタイミングを伺ってたんだ。でも神崎さんって鉄壁っていうか、壁みたいなのを感じてたからデパートで見た時はいい機会だと思った」

「ええ……なにそれストーカーじゃないの?」

「そういうんじゃないから! あの時も偶然だから信じて」


 懇願するように言う滝沢を見るのはちょっと気分が良かった。

 そうかそうか。仲良くなりたかったのか。


 同学年で自分よりただ一人成績が上の男子に、そう思われていたなら悪い気分ではなかった。

 これもまた注目の一つでもある。


「じゃ、用も終わったし復習しなきゃいけないから帰るね。もう外も暗いから」

「あ、うん。そうだね。うちも両親が心配する」


 滝沢は名残惜しそうな顔をした。

 どうやら本当に話したかっただけのようだ。


 そんな滝沢からさっさと背を向けて帰る。

 友達になったといってもまだ仲はいいわけじゃない。


 それに、立場的にはこれでイーブンだ。

 下手に出る必要もなくなり、もやもやした気分もだいぶ晴れてきた。


「これで私の学園生活も安泰だわ」


 家に帰り、帰宅が遅かったのを適当に誤魔化して夕食をかきこむ。

 熱い風呂に浸かって疲れを流し、予習復習を終えて気持ちよく眠る。


 久々の快眠だった。


 次の日の朝、朝食を平らげて髪を整える。

 セミロングの髪は寝ぐせが偶にひどい。


「姉さんまだ髪弄っててウケる。行ってきまーす」

「あ、ちょっと待ちなさいよ」


 いつも一緒に家を出ている妹が待ちかねて先に出てしまった。

 ようやく髪を整え終わった由美は追いかけるようにして外に出る。


 途中で追いついたので、軽く話しながら途中で別れた。

 姉妹中は悪くないと思う。


 見栄の気持ちよさは布教してみたが受け入れてくれなかった。

 ただこればかりは経験がないと分からないと思うので仕方ない。


 高校が近くなって制服が目立つようになってきた。仮面を被り、歩き方から変える。

 噂によると由緒正しいお嬢様だと思われているらしいので、そのイメージをあえて利用する。


 ちなみに妹が見た時は爆笑していたので姉妹喧嘩になった。


 クラスメイトだけではなく、一方的にこっちを知っている生徒達にも挨拶されたら返す。


 中には隠し撮りをしようとする相手もいるのだが、顔狙いならあえてきれいに映る顔の角度でとらせてやる。

 これも注目度アップの布石だ。


 動画がUPされた時はさすがに肝が冷えた。

 秒ごとに増える再生数は脳内麻薬が溢れそうだったが、まだ全国区デビューは早い。


 幸いすぐに削除できた。


「おはようー」


 クラスに入り、挨拶をする。

 すぐに周りの生徒が返してくれる。


 滝沢は約束を守ったようだ。


「おはよう神崎さん」

「おはよう。滝沢君」


 安心したのでウインクしてやると、滝沢は少し驚いたようだ。



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