第2話 決着が付くまで意識してしまう
なんとか由美は滝沢から明確な約束を引き出したかったのだが、話しているうちに他のクラスメイト達も登校してきてしまった。
由美にとって大事なのは周囲からの評価である。
衆目を集めかねない状態で言葉を荒げる訳にもいかず、引き下がるしかなかった。
いつものように優等生の仮面を被りつつ、滝沢にだけ聞こえるように小さく喋る。
「昼休みにちょっと付き合って」
「ごめん昼休みは部活なんだ。放課後も。部活が終わった後なら話せるよ」
ニコニコといつもと変わらぬ様子の滝沢だったが、今は憎たらしい笑顔にしか見えない。
(こいつ!)
内心鼻息を荒げながら早歩きで自分の席に戻る。
完全に優位を取られている。
ちなみに由美は部活には入っていない。睡眠と勉強時間の確保のためだ。
中学校時代は部活に時間を取られて思ったように見栄のための努力が出来なかった。
十分な成績を収めて推薦の話も出ていたのだが断った過去がある。
「滝沢くんと神崎さんって仲いいの?」
近くの女子がソワソワしながら聞いてきた。
年頃の女の子はこういう話題が好きで堪らないらしい。
私は見栄の方が大事だけど、と由美は思っている。
「そんなことないよー。ちょっとクラス委員のことで話してただけ」
「そっかー。二人ともクラス委員だもんね」
実を言うと由美はクラスヒラエルキーこそ高いものの、女子の輪には入れていない。
締め出されている訳ではなく、お客様というか別の枠に押し込まれている扱いを感じている。
成績優秀で体育の成績もよく、隙もない。優等生の仮面によって教師からの受けもよく、クラスの中心的立ち位置にいる。
男子とも物怖じせず喋れる由美をどう扱っていいのかまだ定まっていないのだろう。
それを感じ取っているからこそ、敵に回さないように配慮している。
集団心理の怖さは学校生活で嫌というほど理解しているからだ。
その際たる原因が男女間のもつれである。
中学校時代から目につき始めたそれは、簡単に人間関係を壊し場合によってはいじめへと繋がる劇薬だ。
恋愛経験のない由美にとってはあまり理解できないことではあったが、周囲を観察することで対処法を見出し実践している。
そしてそれは高校生活でもうまく機能しているようだ。
これもすべて努力で築きあげてきた由美の楽園である。
だからこそ楽園の崩壊を招きかねない滝沢は放置できない。
遠くのデパートかつ睡眠不足で完全に油断してしまった。
同じミスは二度としない。
そんなことを考えながらHRを迎えた。
授業内容は全て予習済みなので、頭の中が滝沢への対処で埋まっていても難なくこなせる。
「神崎はさすがだな。お前達も見習えよ」
「そんなことないです」
「先生ー、神崎さんがいくら凄いからってそれって問題発言ですよー」
「おっと。なんにせよここはテストに出るからな。解けるようになっておけよ」
別のことを考えながら、数学の授業で数式も含め黒板に即答した際には露骨に褒められた。
褒められるのは気分がいいものの、こうやって出汁にするのは嫉妬を買うのでやめて欲しい。
見栄を守るには時には謙遜も必要だ。
昼休みになり、視線で滝沢を追いかけたがすぐに教室から出ていってしまった。
まだ入学して間もないのに昼休みまで部活とは熱心なことだ。
その後朝話しかけてきたクラスメイトに昼食を誘われたのでお弁当を一緒する。
目的は滝沢に関することだったので無難に喜びそうな話題を提供しつつ過ごした。
午後の授業があっという間に終わって、放課後になる。
しゃくだが滝沢を待つしかない。
こんな悶々とした気持ちのまま家に帰って過ごすのは耐えられなかった。
幸い暇つぶしにクラス委員の仕事がいくつかある。
どこかでやろうと思っていたので、このタイミングで終わらせることにした。
進学校ではあるものの、生徒の自主性を重視するという校風らしく意外とイベントごとが多い。
勉強だけで青春を終わらせたくないという気遣いだろうか。
余計な気もする。結果的に生徒の負担も大きくなるから。
そんなことを考えながら滝沢と依然相談して決まった割り当て分を終わらせる。
部活に入っている滝沢と違ってこういう部分は融通が利く。
滝沢はさぞ大変だろう。疲れ切って帰宅した後に勉強し、こういう作業もしなければならない。
(そう考えると結構すごいやつかも。性格は思ったより悪そうだけど)
見栄の為に頑張っている由美はその為に時間も確保している。
だが滝沢はもっと時間が少ないはずだ。
そんな中で由美よりも高い学力を維持している。
……思い出したらムカついてきた。
若干情緒不安定になりつつ、背中を伸ばした。
背骨の音を聞きつつ外を見る。
春とはいえ十八時を回ると外も薄暗い。
曇りなのか、少し寒い気もする。
そろそろ滝沢が来る頃だろう。
少し目を瞑って休もうかな。
次に目を覚ました時、目の前には滝沢が居た。
どうやら寝顔を観察していたらしい。
それが分かった瞬間顔が一気に赤くなる。
「な、なにしてんの」
「ごめん。よく寝てるなと思って」
女子の寝顔を観察するなんてデリカシーがなさすぎる。
慌てて立ち上がる。
椅子は反動で倒れ込んでしまった。無音の教室に音が響く。
滝沢は普段通りの様子で、それが余計に気に食わない。
「好青年ぶって、実のところこんな意地が悪いなんてびっくりしたわ!」
「そうかなぁ。でも神崎さんがお堅い人じゃなくてホッとしてるかも」
「悪かったわね、素はこうなのよ」
人は自分にないものを求める。
だからこそ高校生活では優等生を演じているのだ。
そんなことを知らない滝沢の呑気な声が癪に障る。
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