完全無欠の彼女は、凄く見栄っ張りだった。

HATI

第1話 神崎由美という女

 高天田高等学校には有名人がいる。


 芸能人やモデルも学校にはいるのだが、その人物は1年ながら上級生にも名前が知られている。

 入学してまだ日が経っていないのに、だ。


 勝手にUPされた体育のバスケの動画では、動画投稿サイトで即日TOPに表示されるくらいバズった。

 数日で削除されたが、100万再生を突破していた。

 曰く美人過ぎる女子高生。


 入学試験での成績は2位。成績優秀で文武両断。才色兼備とは彼女のことだ。

 その名も神崎由美。


 誰もが彼女の噂をする。

 男子は一目見ようと他のクラスから押しかけた。


 しかし彼女は、実は平凡な家庭で生まれ育ったどこにでもいる女の子である。

 そんな女の子が、なぜこれほどまでの実力を兼ね備えることになったのか。


 それはひとえに、彼女が人からよく見られたいという見栄の強さによるものである。


 頭がよいと思われたいと思えば苦痛を捻じ曲げて勉学に勤しみ。

 運動が得意と思われたいと思えばどれだけ眠くても早朝からランニングを欠かさない。

 話題に取り残されないように動画サイトで話題になったものは倍速で横で流し、小遣いで日経新聞を契約して朝から読む。

 自己啓発本は赤ペンの印だらけだ。


 株価のチェックを始めた時には父親は呆れてものも言えなかった。

 見栄から始まった不断の努力は当然実を結び、彼女を類まれな才女へと押し上げた。


 そしてそれは由美の自尊心を大きく満足させる結果となった。

 クラスで困ったことがあれば真っ先に頼られる。


 面倒だという気持ちを一切表に立たず、頼られればサッと解決する。

 そんな自分に自己陶酔するのが堪らなく楽しいのだ。


 現状はおおむね計画通りに進んでいた。

 このままいけば二年で生徒会入りは間違いなく、内申点も獲得できる。

 東大でも学部を選べば合格できるだろう。


 いま懸念があるとすれば、成績が一位ではないこと。

 同じクラスの男子が入試の成績で一位を取り、最も新入生が目立つ場である新入生総代を(彼女の視点からすれば)奪われた。


 名前を滝沢健一。


 最初のテストでは睡眠時間を削って対策をしたにもかかわらず、惜しくも再び二位となる。

 全て一位をとり、華々しい結果を狙っていただけに凄まじい悔しさを腹に抱えた状態である。


 そしてそれを一切表に出さずクラスメイトとして対応する。

 そんな自分にも少し酔いしれているのは内緒だ。


 由美から見た滝沢は普通の好青年だった。

 勉強が出来て、空手部に所属しており見た目よりしっかりしている。


 だがそれ以上でもそれ以下でもない。

 いずれは追い抜き、背中を追うだけの存在にしてやるとほくそ笑んでいた。


 廊下を歩いているだけで感じる周囲の好意的な視線。

 まるでセレブにでもなったかのようだ。


 由美は気分よくそんな日々を過ごしていた。


 クラス代表になった時も、満場一致だった。

 相方が滝沢だったのは気になるところだが、どうやら滝沢は由美に気があるようで少し好意的に話しかけるだけでタジタジになる。


 それが愉快だった。

 手の平で転がるなら、悪くない。


 その関係が崩れたのは、ほんの偶然だった。

 勉強時間を増やした影響で睡眠不足になり、冴えわたる頭脳が完全に沈黙してしまった。

 つまり、ポカをした。


 休日に妹と買い物をしている最中、眠気で意識が飛んでしまっていた。

 その時、声を掛けてきた相手を妹だと認識してしまい、いつもかぶっている優等生の仮面ではなく素で対応してしまったのだ。


 それに気付いたのは、唖然とする滝沢の顔を見た瞬間だった。

 全てはもうおそい。一気に血の巡りが早くなり事態を認識した時には滝沢は逃げるように挨拶しながら去っていった。


 何をしたのかは覚えていない。


「姉さんどしたの?」


 買い物を済ませて戻ってきた妹の声がやけに遠く聞こえた。


 次の日。

 一睡もできず迎えた月曜日。


「行ってきます!」

「ちょっと由美、ちゃんとご飯食べなきゃ」


 母の声を無視して朝食もそこそこに、学校へ向かう。

 悪いとは思ったが、今はそれどころではない。

 早く出たので登校する生徒の数は少なく、疑心暗鬼な今はそれがありがたい。

 思わず周囲を見渡してしまうが、特におかしな視線は感じなかった。


 慌てるようにして自分のクラスであるBクラスに滑り込むと、滝沢が一人席に座っていた。

 ドクンと胸が高鳴る。

 甘酸っぱいトキメキなどではなく、胃が痛むような緊張の鼓動だった。


「神崎さん、おはよう。いつも早いけど今日は特に早いね」

「そ、そうかな。はは」


 思わず乾いた笑いが出た。

 滝沢の対応はいつも通りだった。

 もしかしたら少し気にしすぎだったのかもしれない。


 そもそも滝沢はいいところのお坊ちゃんだ。

 少し変なところを見せたぐらい、気にもとめないのかも。


 そう思い、席に座って気を抜いた瞬間。


「神崎さんって、家だとあんな感じなんだね。意外だった」


 冷や汗が出た。

 すぐに席を立ち、滝沢に駆け寄る。


 その表情は少し意地悪げに見えた。

 精一杯譲歩した声を出した。


「あの、ね。あれ内緒にして欲しいんだけど」

「えー、どうしようかな。あれはびっくりしたよ」

「それはその、寝ぼけて妹と間違えて……」

「最近眠そうにしてたもんね。夜は寝ないとだめだよ」


 余計なお世話だ! と言いたいのを我慢する。

 厄介なことになった。

 なんとかしなければ。

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