第4話

「リィル! 忙しい時にごめんねっ」

 同じ紅龍皇帝領の聖殿指定の白い制服に紅色のケープをかけた少女が申し訳なさそうに両手をパチンと合わせた。

 この聖殿のタリスマン加工職人兼事務補助のルーシェ=カルレだ。リィルより一つ年上の十八歳で、フワリとした肩までの蜂蜜色の癖毛をお手製のバレッタで纏めている。

「お互い様だから気にしないの! それで、荷物は?」

「舟にあるの、全部……、下せそうなのは下したんだけど……」

「悪いねえ、リィルちゃん。今日のは手強くてなあ。樽は祭典用のワインなんだが……、箱はタリスマン用の金属じゃないかねえ……。どっちにしてもお手上げでなあ」

 人の良さそうな年配の船頭はリィルを始めとするフルスの面々と顔馴染みだ。

 レプス湖を担当する運送業者の古株で、精霊族のクオーターでもある。腕力もそこそこあるはずなのだが、歯が立たないらしい。

「ホント……、さすが多いわね……」

 大型の船は水門を抜けられないので、フルスに来るのは大人十人ほどが乗れる小舟が限界だ。いつもは三人ほどが乗れるくらいの小舟だが、今日は十人が乗れるような大きめの舟で、タリスマンで補強までされている。にもかかわらず、積み荷の重みで舟は半分ほど沈んでいる。

「じゃ、全部下しちゃいますね! ちょっと下がっててください」

 手前の木箱を三つほどひょいっと持ち上げると、ルーシェと船頭から感嘆の声が漏れた。

「さすがリィル……! 二人がかりでもびくともしなかったのに……!」

「大したもんだなあ。いつも手伝ってくれる聖騎士の姉ちゃんも凄いが……、リィルちゃんも大したもんだ……! うちの精霊族でも二人がかりで顔を真っ赤にしとったのになあ……」

 口々に褒めてくれるのに、何故か心がざわついた。

(……なんでかしら……)

 ――いつもは嬉しいのに、今日はなんだか複雑……

 精霊族は加護を受ける精霊王の能力を授かる。

 紅龍皇帝は雄々しい軍神とされ、その精霊族は怪力と頑丈な体、頭抜けた身体能力を誇る者が多いが、何故か女性限定だ。

 異常な身体能力は紅龍皇帝領の女性精霊族だけに現れ、ルーリョ王国には世界最強の黒騎士団さえ恐れる女騎士団が存在する。

 その為、紅龍皇帝は女性と考えられているが、真相は誰にもわからない。

「よっし、これで最後っ」

 両肩に一つずつ担いだワイン樽を地面に下し、軽く乱れた髪を整える。湖から入ってくる風が気持ちいい。

 船頭とルーシェからパチパチと拍手が上がった。

「いや~~、いつ見ても見事な怪力だなあ、リィルちゃん! 惚れ惚れするよ。今日はあと二回くらい荷物があるから、よろしく頼むよ!」

「わかりました! ご苦労様です!」

 水門を出ていく小舟を見送り、樽と木箱を倉庫まで運び終えると、六時を告げる鐘が鳴った。夏場とはいえ、すっかり日も傾いている。

(こんなところを見たら……、イグでも引いちゃうのかな……)

 蒼月王領の精霊族の身体能力は、全世界の精霊族の中で平均的だ。紅龍皇帝領の精霊族の特性は有名だし、彼ならば当然知っているだろう。

 それでも、手伝おうとしてくれたということは、実際に赤龍皇帝領の精霊族が力を発揮しているところを見たことがないに違いない。

「ありがとう、リィル! 助かっちゃった! はい、これ!」

 傍の食糧庫から戻ってきたルーシェはよく冷えた林檎ジュースの小瓶を差し出した。祭典用だが、力仕事の後なら専属調理師のカルハも許してくれる。

「ん、ありがと……」

 軽くひねると金属製の栓がポロリと取れた。神学校の男子生徒達は栓抜きを使っていたのを思い出し、憂鬱な気分になる。

 あまり考えたことはなかったが、たぶん、世界では男子達のほうが標準で、再来月はそんな場所へ飛び出していかないといけないのだ。

(……あんまり考えてなかったけど……。他の国にいったら、どこまでが「普通」なんだろ……? 世界最強の黒騎士団と紅龍騎士団が模擬試合やったら、黒騎士団が総崩れになった話は有名だけど……、世界的には、黒騎士団のほうが「普通」寄りよね、たぶん……)

 剣技のキレ、統率力といった騎士団としての総合力は黒騎士団が上だったらしい。だが、スタミナと怪力、馬力といった個人の身体能力の差が歴然で、後半で形勢が逆転したという。

 言われてみれば、神学校でもクラスメイトの女子達は戦闘槌ウォーハンマーを片手で振り回す程度は普通だったし、リィルも両手持ちで振り回すくらいは余裕だ。対して、男子達は軽い棒を好んで使っていて、戦闘槌なんて両手でも持ち上げられなくて――。

「ふう、なんだかなあ……」

 一口飲んだ林檎ジュースがやけに甘酸っぱく感じた。

「ど、どうしたの、リィル!? いつもは腰に手を当てて一気飲みなのに……! 『一仕事終わった後のジュースは最高~~!』って……!」

「うん……、ちょっとね……」

 それほど力を入れたわけでもないのに、指先で摘まんだ鉄の栓に指がメキョっと音を立ててのめり込んだ。もしかすると、他の精霊王領の精霊族の女子は、これくらいのこともできないのかもしれない。

(……同じ水の精霊王でも、聖海龍王の精霊族みたいな頭良い系だったらよかったのに……、どうして、紅龍皇帝は怪力なんだろ……)

 巡礼の旅に気が乗らない理由が、また一つ増えてしまったかもしれない。

 憂鬱に沈みそうな気持ちごと、ジュースをグイっと飲み干した。

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