第3話
「あ~~、いた! リィル姉!」
宿泊手続きを終えて中庭に出るなり元気な声が聞こえた。
フルスの白い制服を着た活発そうな茶髪の女の子と、少し遅れて同じ服装の赤い髪の女の子が曲がり角から姿を現した。
「サラ! シャーリー! どうしたの!? 中庭で走ったら危ないってば……!」
一応聞こえたらしく、サラは走る速度を落として近くまで来た。
「リィル姉! 裏門に行ってあげて! 荷物がいっぱい届いて、ルーシェ姉が困ってる!」
「サファルさんとリーノさんは? この時間なら裏門にどちらかが待機してくれてると思うけど……」
聖殿には警備を担う聖騎士が常駐している。
中央聖殿ほど大きくなると小隊が守っているが、地方聖殿では多くても五名程度、聖騎士がいないところもある。
このフルス聖殿では、サファルという女性とリーノという男性の聖騎士が王都から来てくれている。
「お昼から出張……。フナツ村で魔犬がいっぱい出たって……」
「うわ、そうだったっけ……!」
村には自警団がいるが、昨今の魔獣の群れには歯が立たない。
とはいっても、辺境の村まで大聖殿や中央聖殿から聖騎士が来てくれるはずがなく、近隣の村で魔獣が確認されるとフルスに要請が入る。
フルスは聖水の守りが強固なことから、魔獣に襲われる可能性が低く、二人しかいない聖騎士を村に派遣できるのだ。
中央聖殿に比べると待遇も悪いし、山間部は魔獣の襲撃が多いにもかかわらず、自ら志望してきてくれた二人には頭が上がらない。
「サファルさんとリーノさんって?」
事務局から出てきたイグを見た二人は幽霊を見たように固まった。
小さな頭がぎこちなく移動し、イグの胸の入場証で止まる。
「ごめん……、驚かせちゃったかな?」
「もしかして……、お客さん……ですか……?」
「ウソ! まだお祭り、始まってないよ!?」
「……そんなに、普段は誰も来ないの?」
神妙な顔で頷く二人に、さすがに居た堪れない気分になった。
「べ、別に、フルスに悪い噂があるとかじゃないわよ? 山のほうで霧が出るからって、皆、迂回したり、ブルクルのほうへ行っちゃうだけ! 魔の霧じゃないのに、霧が出てるだけで怖がっちゃうのよ!」
「そう! それでね、お祭りの時は宿が空いてないから、フルスまで来るんだよ!」
「でも、昼間は皆、王都のほうへ行っちゃうよね……。賑やかだから……」
――アンタ達……、フォローしようって気はないの……!?
こめかみを引きつらせながら、必死に笑顔を作る。
素直で正直ないい子達だが、正直すぎるのも問題かもしれない。
「ほら、余計なこと言ってないで! ちゃんとお客さんにご挨拶!」
「「は、はい!」」
二人はピシッと背筋を伸ばした。
「サラ=ロレル、九歳です! フルス聖殿へようこそ!」
肩の上で短く切りそろえた茶髪の女の子が元気よくペコリと礼をした。
ふわりとした赤髪をリボンでまとめた女の子がおずおずとイグを見上げた。
「シャーリー=ラピ……、七歳です。よ、ようこそです……」
「ご丁寧にありがとう。蒼月王領ソティストの研究者、イグ=トラウムです。よろしくね」
少し屈んだイグの髪をシャーリーはじいっと見つめた。
「あ、あの……、お兄ちゃんは精霊族……ですか?」
「そうだよ、よくわかったね」
「お父さんのお友達に、ソティストの精霊族の人がいたから……」
サラとシャーリーは行商人の子だ。二人はそれぞれの両親と共に全世界を回るキャラバンに参加していたが、赤龍皇帝領の街道で瘴気と魔犬の群れに襲われた。
近隣の村や町から自警団が駆けつけたおかげで全滅は免れたものの、両親を失った二人はベリアと親交のある町長の紹介でフルスに来た。ちなみに、サラは人間、シャーリーは純粋な紅龍皇帝領の精霊族だ。
「それよりリィル姉! 荷物が……!」
「あ~~、そうだったっけ! えっと……」
「手伝うよ。祭典前は荷物も多いでしょ?」
合図したように同じタイミングで、サラとシャーリーはイグを見上げた。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん! お客様はゆっくりしてて!」
「そ、そうです……!」
「ありがとう。でも、忙しい時期なんだし、何もしないわけにもいかないよ」
研究者の彼はおそらく力仕事なんて得意ではないだろう。
親切心から言ってくれているのは物凄くわかるが、この状況ではありがた迷惑でしかない。
「もう、お客さんにそんなことさせたら、フルスの恥よ! 遺跡でも見て、先に食堂に行ってて。サラ、シャーリー、しっかりご案内するのよ?」
イグが何かを言う前に駆け出した。
中庭を囲む生垣を曲がる時に、礼拝堂を案内しようとするサラの声が後ろから聞こえた。
(さすがサラ……、わかってる。あっちは任せといても良さそうね)
機転の利く妹分に満足しながら階段を駆け降りる。
小さな船着き場と、その向こうに聖殿を囲む城壁、大きな水門が見えてくる。来客が入ってくる正門とは逆の、聖殿関係者専用の裏門だ。
「お待たせ、ルーシェ!」
船着き場に接岸した小舟を困った顔で眺めていた少女が振り向いて手を振った。
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