モノローグ09 不思議の場所
「よ~、坊や」
なのに、まだベッドを座ってゆったりとした気分でひかがみをベッドのフレームに持たせかけてゆさゆさとはぎを揺れてきながらガラス窓を静かに見晴らして頭を空っぽにするみたいにさまざまな思い出を深く掘り下げようとしてみそうな俺の横、たぶん二、三メートルぐらい隔てるところで、いきなり妖艶な姿、妖しい雰囲気を持参するしぐさで現れたのだけれど先手を握っているみたいにゆっくりと話しかけてくれるお姉さんみたいな人が立っている。ただ黒と白が混ざったピンパーマのショットヘアから後ろへ差し出した三つ編み、怪しい雰囲気の源みたいにつつじ色を放っている紫色の瞳、どこかのステージの上で演出しようとする魔術師のごとく華やかな服装を着ている彼女だったが、決していままで一度も見知ったことがない人だと、ちらっと見ればすぐに分かったのだ。
どんな場所からこの部屋に突然乱入してくるだろうがどんな方法でこの部屋に突然乱入してくるだろうが相手にどんな能力が備わっているだろうがまたどんな目的を抱きかかえているだろうがまったく知っていなかったのだけれど、藪をつついて蛇を出すのをまぬかれるためにできる限り大げさすぎる身振りと気振りを漏らせない同時に、びくびくしていながら落ち着くふりをしていそうな普通な子どもが表したはずの様子を装っている俺はごくりとのどを鳴らして、ちびちびベッドのフレームから足を取り外して立ち上がっている。
「お姉さん、誰」
恐る恐る探りを入れようとしてみたい俺。
「はは、そんなに緊張する必要はないよ」
また妖しい雰囲気だらけの語調で波打ってくるみたいに流れ伝わってくれた魔性の言語、好き勝手に縦に振った右手、さながらアイシャドウをつけるような魂さえ取れそうな強い釣り目、口元からかすかに浮かべてきたミステリアスな笑みすべてをこめる身構えらしい彼女。
無事に一か月ぐらいを過ぎていった後、もう俺の前に何度も現れたあの「先生」に、俺に唯一の友だちと呼ばれるのだけれどよく知っていなかったあの子が、またなにか身体検査と思われたという理由で呼んでもらった今日でその妖しい雰囲気の中で陥っていそうな人は俺のほうかもしれないのだろうか。
「お姉さん、誰」
そっと唇をかじってひそかに手をこぶしを握っていながらまた繰り返しの聞こうとしてみたい俺。
ゆっくりと歩きながらもずっと俺の顔に向かっていて、一歩ずつついに検査に行ったらしいあの子が住んだ席の辺り、このビルの外へのガラス窓の前に立ち止まってからすぐにすっと向き直ってきた彼女。
「おや?聞く前にまず自己紹介するのは礼儀じゃないか」
は?なんだその「礼儀」ってのは?
また吐き出してくれたこのさっぱり気が知れない意味と声色(こわいろ)、構えてくれたきわめてミスティックっぽい身振りと身なりはさておき、いったいどこから来たのか、なにをしたがるのかという一番の疑問がまだまだ明らかにされていない今、虫の知らせを抱きかかえてなんだか不安になった俺なんだけれど。
ただ、このまま互いに顔を合わせていながら前に述べたごとき疑問を解いた答えを考え込むことにいくら続いていても無駄になるしかないだけじゃなくて、むしろもしこのまま行き詰まった局面を展開しなくて疑問を解かなくて検査に行ったらしいあの子が帰ってくれたときともなると、なんだか恐ろしい制御不能な場合に導かれようとする気がすると考えついたら、何度もアイツのわなにかかるなって自分にいさめる俺だったが、やっぱりここでいちおう彼女の、この見知らぬミスミステリーさんの話、まず自己紹介するっての言語に応えてするほうがいいかもしれないのだ。
「黎柯笙(れいかしょう)、俺は黎柯笙。お姉さんは誰」
やっぱりちょっと焦る気持ちを漏らしそうな俺。
「へへ~ぜっぜっぜ、そんなに焦るな…」
舌打ちをしていながら右手の人差し指で左右に振ってからのんびりとそう語ってくれた彼女。
「…あたしはお前の願望を叶えてやる人」
は?なんだその「願望」ってのは?
俺がつくづくと見上げているこの見知らぬミスミステリーさんからまた意味不明な言い方が増えてもらったのだけれど、無意識に心から浮き上がってきたキーワード、「願望」と「叶え」にたぶんことさら隠したなにか俺にしてくれることとか、俺にしてほしいこととか、目的とかがあるかもしれないのだ。
それに平日にこんな妖しいと言えるぐらいの場合にこう話しかけるなら、まず目を留めるはずのポイントはやっぱり名前とかどこから来たとかの見知らぬ人に初対面のときに生み出すべき疑問が普通だったが、ただ今になって、この不条理なことをいっぱい経験した俺が生きている今になって、そのキーワードという言い方にいったいなんの秘密が潜むのかとの言語だけが心から浮き上がってきたかもしれないのだ。
「どういう意味…ですか?」
また恐る恐る探りを入れようとしつづけてみたい俺。
「へへ~お前の中にどうしても叶わなければならない願望があるから、そのためにここに来てやるよ」
さらにのんびりとした語調で語ってくれた彼女。
「どうして俺を選んだ…のですか?」
「おや?興味を持つようになってるか」
「いや…ただ…」
ただ、俺の中にどうしても叶わなければならない願望があるって本当なのか。小さい頃から仕事に出かけたっきり連絡もないお父さんとお母さん、学校に通ったっきり仲良くもしないクラスメイトたちと先生、養育してくれたっきり温かくもくれないおばさんの家族をすべて持ち合わせていたのだけれどそのいろいろな人たちにすべてを失わせてもらったすえにとっくに儚くなって虚しくなってしまって偽りの善良とたしかなあやまちだらけが満たしてしまった俺の人生に、いわゆる願望と言えるぐらいに似ている思いが本当に存在していたのか。
それにたとえまじめに考えついたら手に入れようとするものとか、したいこととかが存在していたとしても、いままで孤独に踏み出していながら答えを探し求める結果から見るといわゆる願望と言えるぐらいに似ている思いを叶えるために使った方法は間違ったはずだから、やっぱりやってみようとしないほうがいいかもしれないのだ。
況して叶えてもらうなんてことにいったいなんの秘密が潜むのか、いったいどんな目的ために俺のことを選ぶのかという疑問がまだまだ解けない場合に、新しい問題にもつれ込むことになったら無意味はずだと考えられた俺の中に、なんだかまぐれの思いが芽生えはじめそうだけれど。
偽りの善良だとしても、たしかなあやまちだとしても、もしかしたらすでにいままでの罪の続きを引き受けてなにもできないことになったいまの俺の前に、そんな運命を一挙にさっぱり変えてゆける人が現れないともかぎらないのだろうか。たとえ若干の代償を払い渡さなければならなくてもいいのだけれど。
だけれど、知らず知らずのうちに何度もアイツのわなにかかるなって自分にいさめる俺だったが、けっきょく探りを入れるたびにその妖しい雰囲気の中でよりいっそう陥っていそうな人になったかもしれないのだろうか。
「ただ、俺の中にどうしても叶わなければならない願望があるって本当なのか?」
「へっ?」
ただし、俺の中にずっとひそめている思いがどうしてむざむざに見破られたのか。
見知らぬミスミステリーさんみたいな人に見破られてたまるか。
「本当だよ、そんなものだらけが満たしてしまったお前の人生にも、いわゆる願望と言えるぐらいに似ている思いが存在するだろ~」
「…」
ごくりと喉を鳴らしていたつばの音、息を吸い込んでは吐いている音、心臓の鼓動の音、風がそよそよと吹いている音さえもすべてくっきりと聞こえた気がして、まるで時計の針が凝り固まりそうになるみたいな今という今、どうしても消すことができないこの緊張感で溢れていて顔から背中まで冷や汗が細かいしずくのようにひらひら出てきて服を濡れそうなことになる俺だったが、どうしても気合を込めなければいけないでできる限りよけいなしぐさをしっかりと押さえてみたのだけれど。
だけれど、俺の中にずっとひそめている思いがどうしてむざむざに見破られたのか。
見知らぬミスミステリーさんみたいな人に見破られてたまるか。
「おや?信じてねえ顔だな、あたしの話…」
「…」
「じゃこういう話してやるならどう?…」
「…」
「お前の両親をどうしても帰らせなければならない…」
「どうして分かってた?誰が教えてやるか?」
ただでさえぞくぞくと増えている意味不明な言い方になにか秘密が潜むのか、その秘密になにか目的が潜むのか、決してこの見知らぬミスミステリーさんのわなにかかれないと何度も自分に警告してあげたのに、けっきょく一時にすべてがむざむざに見破られそうな瞬間で頭に血が突き当たるみたいにそんなものをよそに、噴き出さずにはいられない俺なんだけれど。
ただし、どうして俺の中にずっとひそめている思いがむざむざに見破られたのか。
どうして偽りの善良とたしかなあやまちだらけが満たしてしまった俺の人生であれ、いわゆる願望と言えるぐらいに似ている思いであれ、両親を帰らせなかった事実でさえあれすべてのことがはっきり見抜かれることになったのだろうか。
やっぱりこの見知らぬ地獄に近いところから聞き込んだのか、さらにあの「先生」の男の連中としてなにかしたがることがあるのか。
「ぜっぜっぜ、ほら、若者は焦ってはダメだって言っただろ~」
「…」
また舌打ちをしていながら右手の人差し指で左右に振ってちょっとからからかいっぽくのんびりとそう語ってくれた彼女。
すでに一言でも脳裏からうまく作り上げていながらすらすらと言い流れることもできずにひたすら見上げている俺。
「安心しろ、お前が思ってることじゃねえよ、別にこことなんの関係もないぜ」
「へっ?じゃ…」
じゃ、どうして俺の中に経験していた思いがすべて分かってもらったのだろうか。
そこまで明らかに話したからいくら反論してみても無駄になったらしい状況で自分を騙してもはじまらないのだろうか。もしあの「先生」をはじめとする彼らは俺になにかしたがることがあればわざわざこんな面倒くさいことにするまでもないのだろうか。むしろもともと罪の続きを引き受けるべき俺にはじめて何の抵抗もないでそのままあの地獄に近いところという本物の牢屋に直接に落としても問題ないのだろうか。
それに実のところ、目の前にいるこの顔も名前も出身も過去もなにもかも知られない見知らぬミスミステリーさんが話していた「願望をかなえてやる」ってことはいったいなにかとはっきりとさせてしまった前に決して動揺していないから、もう一度さっきの話に深く考えなおしたらいいかもしれないだとまた自分に説得しようとしてみた俺なんだけれど。
だけれど、どうして俺の中にずっとひそめている思いがすぐむざむざに見破られたのか。
知らず知らずのうちに顔から背中まで冷や汗が温かく漏らして服を濡れてねばついて冷えて凝り固まることに何度もなったり、ねばねばになりかける唇と舌を舐めることに何度もなったり、握りっぱなしのはずの手も立ち止まりっぱなしのはずの足もしびれることになったりしている俺だったが、けっきょく探りを入れるたびにその妖しい雰囲気の中でよりいっそう陥っていそうな人になったかもしれないのだろうか。
分からなかった。分からなくなったのだ。
ただ、いくら探し求めていてもほぼ空回りになりそうな結果から見るとここの関係者なんかじゃないだけれど、急になにもかもすべてが分かっている同時になにもかもすべてを見抜いている姿で現れたこの見知らぬミスミステリーさんにきっとなにか秘密をひそめたところがあるからいっそうのことそっちへ探し進むほうがいいかもしれないのだ。
意を迎えざるを得ない俺だったが、いざ探し当てるという段になると、きっと俺の人生、俺の願望、俺の中にずっとひそめていていままで誰しも知らないあの思いがどうして簡単に見抜かれるリーズンをはっきりとつかむはずのだろうか。
「分かった。たしかに俺の中にどうしても叶わなければならない願望が…ある。それがどうした。」
「おや?いい反応ぜ、坊や。さっき言ってるだろ?」
「俺の…願望を叶える…ですか」
「昔からずっと願望を叶える場所がひとつあって…」
「…」
「代償をいくつか払い渡されることさえすれば…」
「…」
「どんな願望でも実現できる場所…」
疑いをはさむ余地がない語調で俺のテーマを押しとどめていながらのんびりとそう語ってくれた彼女。
「それは…どんな、願望でも…」
大げさな転換を一時に受け入れがたくなってきたのだけれどなんだかそのテーマの核心に心を引かれそうな気持があきれるほどの顔に出た俺に、口元から一抹のミステリアスな笑みを浮かべてきてくれた彼女。
「そうよ、不思議だろ?」
「いや…ただ…」
ただ、まじめに考えてみれば、小さい頃からなんの詳しいスキルも教えてもらえないで正式に習うことができなくて、ひたすらテレビによって猫を真似て虎を描いたってさほど上手でなくて、かえって猫をかぶりそうな性格とされてたくさんの意味不明な言い分を教えてもらえてけっきょく再三(さいさん)にわたり過ちを犯してる同時に悪いくせを改められないでついに惨劇を醸してしまった俺の中につまるところそんななにかを手に入れる、なにかをしたいってなんての能力が不足で、百歩譲ってたとえ本当にあんな「どんな願望でも実現できる」場所に至っても願望を叶えることなんて無理のはずだろうか。
ただ、まじめに考えてみれば、小さい頃からなんの詳しいスキルも教えてもらえないで正式に習うことができない俺の中にここで続いていてもなにかを手に入れるとか、なにかをしたいとかの願いを叶える甲斐がなさそうになった今時、もし本当にあんな「どんな願望でも実現できる」場所があるのなら、そっちに至ってなにか能力を持ち合わせることができるのなら、その時になにか願望を叶えることができるのなら、たとえ若干の代償を払い渡さなければならなくてもいいのだろうか。
分からなかった。分からなくなったのだ。
体からの涙(あせ)で何度も浸っては冷えて凝り固まりつつあるにつれて背中の肌にきっちりくっついていく服の上に脆いと堅いの二つの感覚しかなにもそそられないだけれど、俺も同じかもしれないのだ。もう何度もあんな訳が分からない言い分に囲まれてどうしようもなくなってなにもできなさそうな俺と何度もその答えを探し求めていても無駄になってもう失った価値があるものもないでいっそうのことあのミスミステリーさんを信じてみようとする俺はまるで二人の飛び上がる人形みたいに俺の周りに飛び回っていながらすでにぼける目つきをしている俺に絶えずに述べて述べている。
「大丈夫、絶対にお前と似合うところだよ」
何気ないうちに二人のうろうろと歩き回る声に心の目つきをぼやかされた俺のそばに急に近寄ってくれて腰をかがめて、またのんびりとした語調で俺の耳にあてがっていながらひそひそつぶやいた彼女。
「俺と、似合う?どういう意味…ですか…」
意外の答えに唖然とするあまり、ぱっと俺のすぐそばに姿を見せるまでずっと気づいていなくてただひたすら息をのみそうに喘いでいながらイライラしてその答えの意味を尋ねようとしてみたい俺。
「まあまあ、そんなに驚くな、落ち着くんだよ。似合うというのは、お前の中にとある素晴らしい品性があったから、あの場所に至ったら必ず出来映えがいいのよ」
すぐさま右手を縦に振りかけていながらかすかに微笑んできた彼女。
「俺の中に?…そんなはずじゃ…ない…だって俺の中に…俺の…中に…」
「へっ?まだ偽りの善良とたしかなあやまちなんての嘘ばっかでごまかしてる?」
「あ…そうじゃ…ない…だって俺…」
「もう見つけられたじゃないか、お前に属するその答え」
「な?…なに…言ったの…だって…」
だって、あれはずっと偽りの善良でみんなからの扱い方を意味不明なんての言い方に捻じ曲げて、自分の不足をさえぎるのを企んでけっきょく犯した一番大きなあやまちじゃないか。いくら理屈をひねくっていても無駄になったはずの事実なんだけれど、ずっと望んでいる結果じゃないで、決してテレビにもお母さんにも教えてもらえた結末じゃないで、だから…だからあれは決して俺がずっと探し求めている答えじゃない…はずだ。
「いや~あれはずっと探し求めているお前一人だけに属する答えじゃない?」
「そんなの…あれはつみ…」
「ぜっぜっぜ、いくら自己欺瞞をしても無駄だ!」
「そうじゃ…いや…」
「あれはつみじゃねえ、答えだ」
「ちが…う…はず…」
「まだ分からないか」
「…っ…いや…やめ…」
「はっきり言って、ずっとそんなものが欠けたから探し当てられないわよ」
「…っ…」
「なに…自分の胸にしっかり手を置く勇気もねえな?」
「…っ…やめよ…」
またあのときの針がねがみゃくに沿って入ってもらって血の流れでびりびり痛むような気分が急に顎から縦に上向きに突き抜けて頭全体をぎっしりと詰まりそうになったのだけれどその感覚をまったく耐え忍んでいないで両手でぎゅっと頭の皮膚をかきむしらざるを得ない俺の目の前に、ミステリアスに魅させる笑みを口元から八重歯から優しく浮かべてきてくれた彼女がゆっくりと立っている。
そんなはずじゃないだ。あれはつみじゃないか。
ずっと人生信条の実現方法と見された偽りの善良の種から芽生えて咲いていた黒色の薔薇みたいなあやまちの花だから、つみじゃないか。
抑えきれないびりびりぐらつきが詰まって引き裂かれるようにひどく腫れた痛む気分にだんだんと蝕まれて尽きそうになった頭がもうほとんど回れていないほどにしびれた俺の中に流れに乗って生きているのは偽りの善良だらけじゃないか、生み出しているのはあのつみを初めとするあやまちだらけじゃないか。俺の願望を叶える答えなんてじゃないはずだろうか。
そんなはずだろうか。そんなはずだよね。
分からなかった。分からなくなったのだけれど。
「は…まだ気づいてないか」
「…っ…」
ひそやかにほっとため息をついてまたのんびりとした語調に戻ってそう語ってくれた彼女。
「ずっとそんなものが欠けたからこそお前が願望を実現できないわよ」
「へっ…なんの話…」
「小さい頃からの願望を何度も叶えられなかったのだけれど、そればかりか何度もひどい言い分を受け入れざるを得ない理由はなんだ?」
「だからいつわりのぜんりょうと…」
「いや~お前の中にそんなものが欠けたから」
「…っ…」
「そして今のお前がそれを探し当てた、ちがうか」
「…いや…それは…」
「それはつみじゃないで、お前が自分で探し当てた答えだから、もうお前にしかできないことを手に入れたのよ」
「俺にしか…できないこと?そんな…」
そんなはずじゃ、ないのだろうか。そんなはずじゃない、だよね。
「そうじゃないか?お前自身が探し当てた答えであのひどい言い分を変えちゃったじゃないの?」
「…っ…」
「その答えだからこそ願望を叶えることに一歩近づいたお前じゃないの?」
「…っ…」
「つみとか、あやまちとか、そんな頑張りつづけているお前と似合わない評価じゃないだろ」
「…っ…俺…へっ?…」
みんなからの意味不明な言い分を…どう取り扱っていてもくだくだと無意義な苦しみに苛まれてその泥沼にはまり込んでいながらもがいている毎日に沈めば沈むほど自力で抜け出せないぐらいに深く溺れることになったあげく、切羽詰まって無力にあがいていながら這い上がってたどり着いたのは、自分でどれだけの捩じれた気持ちで虫の息で探し当てた答えと言えるぐらいの物は、間違ったじゃないだろうか。
ずっと欠けるところをおぎなってゆけようとしてみたかったであちこちの言ってくれた言い分に探し求めたのだけれどけっきょくいつの間にか一生懸命にやり遂げた結末は地獄に近いところへ突き落とされたべき罪じゃないだろうか。
むしろそんななにかを手に入れる、なにかをしたいってなんて不足な能力で生きてきたからやっとある日に一つの答えと言えるぐらいの物を見つけてしまって一気に使ってしまったから間違ったと評価されるまじきことだろうか。
「ほら~たしかに俺の中にその答えがあるってのは正しいのよ」
「たしかに…俺のな…なかに…その…答えがある?…」
「そうだよ、お前の中に」
「俺の…中に…」
「お前の中にそんな素晴らしい品性があって、きっとその場所と似合うんだわ」
「俺の…中に…」
ゆっくりと後ろを向けてまたガラス窓のほうへ踏み出してしまって向き直って壁に背を軽く持たれていつつ腕を組んだ身構えをしている彼女の視線に、まだ深く髪をかきむしっていながらちくちくとつぶやいた俺の姿が足のびくびくするぐらつきで気持ち悪く立っている。
しかし、さっきまでずっと脳裏の奥に突っ込んであちこちで暴れ回っていた痛みももう一度あっという間にすっと散らされて、冷や汗と温かさが混ざった変なにおいばかりがふわふわ漂っている体の中に、まるで重たいものがクリアされたようにいつもの状態に戻りそうな気分が生き残ってくれた。
「どう?やってみないか?あたしがお前に用意してあげるところ」
「…」
ふいに好き勝手に話の腰を折った彼女。
腹が立つはずなのに襟が掴まれるようにもう気が弱くなった俺。
ただ、まだまだ汗がひそやかににじみ出てきたのだけれど全身の肌がぐにゃぐにゃになりそうな気がする俺に言語もぐにゃぐにゃに失いそうだった。
「頑張りつづけるお前と似合う場所(セカイ)のよ」
またあのミステリアスな笑みを優しくあふれてきた彼女。
「ど…どうすればいい…ですか…俺…」
「おっと、一週間後、またここで待ってていい、いまはちょっと邪魔」
「…へっ?…まっ…」
舌の根の乾かぬうちに、目を細めて足から妙に炎みたいな揺れる明かりが燃え上がって、追いかけて体じゅうがすっとその白い炎に吸い込まれて、淡い淡い煙と化して姿が消えてしまった彼女。
「あ…おっい!…な…」
まだ連続の驚き、もちろん言うでもなく彼女からのじゃなくて、自分からの神経をとがらせる驚きに麻痺状態に陥っていてさほど手軽にほぐされることもできないでふわふわした気分と体感が膨らんだ俺が叫んであげるかあげないかのうちに、鉄扉のほうからガチャっと物音に気づいたら、すぐくるりと向き直った。
「れい…か…しょう!」
初めに届いてくれたのはあの子のこんな呼び声だけれど、なんだか心の底から自然に安心感が帰るみたいにすっごく長い息を吐き出すことになった。
十分間、たった十分間で俺の中にたぶん何年を取るらしい感じがした俺にあの子、よろめいていながら近寄ってくれて、俺の周りに歩き回ってうかがってくれるあの子を見るまでに、俺の世界を奪い返す実感をもう一度持ち合わせてくれたのだ。
「俺の中に…その答えが…ある…か」
天井を虚しく見上げている俺の耳に、またあのミステリーさんの声が鳴り響いてくれそうだ。
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