モノローグ05 霧の答え
ああ、本当に疲れちゃったな。
周りの人たちをあんなに一生懸命に嬉しがらせるように頑張りつづけていく俺は、どうしてみんなに同じく褒めて認めてもらえないのか、いったいなにか物足りない欠点を持ち合わせているのか。
また周りの景色が鮮明に浮き出てきたことに気づいたときに、すでに完全におばさんのシルエットがかすむことになって、ステージを嚙みこなしてしまった濃い霧がまだまだステージの下のところにはびこっていって、何気ないうちにさっきの一筋のちょっと温かい明かりの代わりに新たで淡くて冷たくて青い明かりが靄(もや)から透けて目の前にくるくるのハローの飾った下に柔らかに突き出ることになった。
ただ手が回らなくなる俺にそっちに目を留める気もなくて、考えるべきのはどうやって自分の欠点を見つけることができるしかなかったのだ。
よく考えてみれば、お母さんからの人生信条のように、「いい人になったら幸せになれる」ということが出来上がる道程(どうてい)とは、たぶん俺の中になにか間違えた方法で解す言い分があるかもしれないだろうか。
いくらうろついていてもこう簡単に結論だけを出した俺は、そっと過ぎ去った時間を振り返れば、今までの全ての折り合いに、クラスメイトたちにでも先生にでも、おばさんにでも話してもらった物言いには明確なヒント見たいな言葉が答えてくれたのだろうか。
確かな言葉がしっかりと答えてくれたのだろうか。
「ふん、できないなら引き受けるなよ!まったく、邪魔だてするやつ!」
「そこまで引き受けるなんて、お人よしを装いたいのかい?」
手を差し伸べてあげたのだけれどろくでもないことになったすえに、また謗(そし)ってくれるのは間違いなく俺のクラスメイトたちのことはずだ。
そしてワークブックを出すや使い走るときに、つねに走り回っていることに対して疲れがちに気にして遅くなったりするのは俺のいわゆる自分だ。
「しっかり聞いてくれよ、こんなに悲しいあたしにつれなく見てだけでひどい」
「ちょっと、一言でも慰めよ…」
繰り言をごてごてと並べつちらほらの涙を拭きつしたのだけれどろくでもないことになったすえに、また愚痴な火力を込めて発散してくれるのは間違いなく俺のクラスメイトたちのことはずだ。
そして樹洞、すなわち秘密を打ち明けられた人とするときに、つねにうっぷんをうったえ述べるのを聞いてばかりで共感を覚えないがちに気にして嫌がってきたりするのは俺のいわゆる自分だ。
「じろじろ見るな!たたえてほしい顔はキモい!」
フールとして取り扱ってくれたのだけれどろくでもないことになったすえに、またあざ笑ってくれるのは間違いなく俺のクラスメイトたちのことはずだ。
そしてしつこくこクラスメイトの前に待ちわびつつ褒めたり、笑顔を返したりしてもらいたいことをひたすら求めたりするのは俺のいわゆる自分だ。
そうか、そんなささいなことまでまったくやりきれなかった自分なのか。なるほどね、そんな実感をずっと隠してくれて自分を確かに騙している自分なのか。
いままでの俺がいったいなにをしていたのか。
心を込めてクラスメイトたちにやり遂げさせるために手を差し伸べてあげたいと思ったのか、心を込めておばさんの家により良い生活を送らせるために手を差し伸べてあげたいと思ったのか。それともただ褒めてもらいたいばかりのために手を差し伸べてあげたいと思ったのか。
そうか、なるほどね、そう自分に問い詰めつづけていてもたぶん無意味なことだろうか。なにしろ答えがそのまま心のどこかの純真でないところにずっと立ち止まっただろう。
ほんとうは恩返しを求めずに人に手を差し伸べていくことができなくて、いきたくない自分で、ただ手を差し伸べてあげたのならいい人になれる道をずっと信じているだけの自分で、そんな偽りばかりの善良を持ち合わせている自分としていい人になったらと思っているうちに独りよがりになってきて、いつか必ず幸せになれるとも思えて、なんとばかばかしいことだな。
そんなの、幸せになれるわけがなかっただろうな。
なんと卑怯な人間だな、俺は。
ただ、ただ、そんなの俺を嫌がって、そんなの俺はもう自分で耐え難いのだ。
そんなの俺には問題を消去しなければならないのだ。
ただ、ただ、そんなの俺の中になにか欠点があるのか。
分からなかった。分からなくなったのだ。
突然に、スカルプに一瞬で電流がすっと流れるようにしびれることになって、追いかけるように心臓もぎゅっと締められながらピクリと動くことになって、髪から頬にかけて冷や汗が噴出さずにはいられない。
思わずよじれるほどの痛感で両手で頭を抱きかかえてしっかりと髪の毛をむしってくれた俺はせわしく喘ぎながらこの感覚にいったいなにものかが分かろうとしたのだけれど。
「は…は…は…」
どうして、いったいいったい俺の中になにか欠点があるのか?
いったいいったい俺の中になにか物足りなくて欠けているものがあるのか?
分からなかった。分からなくなったのだ。
いまずきっと痛む感じがしたのはいったいなにものか。
俺の中に、今までしきりに深く刻み込んでいるのはいったいなにものだろうか。
それにまたなんの気分を持ち合わせて生きてきたのか。
分からなかった。分からなくなったのだ。
一日一日、疲れ果てるまで生きてきて、頑張ってきて、みんな向きにいつまでも笑顔を演じていて、俺のできる限りのチカラをむき出しにしていて、なのに、まだなにか物足りないものがあるのかな。
今、何したいのか。何しているべきのか。何できるのか。
分からなかった。分からなくなったのだ。
どうすればいいのか……
ああ、どうしよう、誰か教えてくれよ。
しだいに濃くなって深くなった霧がさらにはびこりつづけながらゆっくりと近寄ってくれたのだけれど、途方に暮れている自分がほとほと困り果てて気抜けしたような様子でそのままじっとしていてみすみすそこから遠ざかる好機を逸することになった。
すでに俺の周りに寄り集まりながらくもった靄(もや)に沈むように溶けていくように立ち止まった俺はまだ両手で頭を抱きかかえて、ピクリと痛む気分がちょこっと緩んできたのだけれど、血の流れで針がねがみゃくに沿って入ってもらってピリッとうずく感じがした。
霧がうずまくように俺の周りに走り回りながらおもむろにのぼってきて、対照的に歯を食いしばって髪の毛をむしりながらなにか欠点があるのかと自分に問い詰めるのを繰り返している俺は、手も足もぐんと力を入れば入れるほどぶるぶる震えずにはいられなくて力が入らなくて、もう目を見張って息が詰まることになった。
ただ、いったい俺の中になにか欠点があるのか?
ただ、いったいどうやってそれをおぎなってゆけて改めてくれるのか。
分からなかった。分からなくなったのだ。
ふさふさとした霧がぐるぐる巻きつきながらちりちりに縮んだすえに、俺の身を囲んで握りしめることになった。
「ん…苦しい…誰か教えてくれよ…」
我を忘れるほどになりそうな俺がぞくぞくと繰り返し言ううちに、ふと思わずなんだかミステリアスで俺の口からなにか焼けたものを吸い取っていきそうな力が霧から湧き出てくれて、追いかけるようになぜかまたすぐに静まることになりそうだった。
まだ我に返ったか返らなかったかのうちに、あの力が俺の目の前にみるみる赤く光って広がっていく。
本能的に避けたいと思ったのだけれど、けっきょく足がグルーで地面に張り付くようにどうしても踏み出せたりも後ずさりしたりもせなくて、深い霧と赤い明かりが柔らかに俺を包むのを目の当たりに見かけたのだ。
また霧がちょこっと晴れそうになって周りの景色が鮮明に浮き出てきたことに気づいたときに、深呼吸をするにつれていいにおいがするこの淡い緋色の空気を吸い上げかける俺は、すでに思わず落ち着いてきて、さっきまでずっときっしり頭をふところに詰まった両手はだんだん震えなくなって、激しい冷や汗も感じれなくて、全身を突き抜ける痛みもすっと散らされて、もし腫れてしまった気分がなかったらほんとうに夢みたいだ。
気持ちを収めてまた力を入れてきた俺はすぐそこの浮き上がる赤い明かりをじっと見つめていて、思わずなんだか触られたがるような呼び声が聞こえた気がする。
一握で引っ掴んで、手に伝わってきてくれた触感でなにか優しいものを持ち合わせるらしい気分だ。
ああ、あれはどんな気分なのか。今、何したいのか。
その手をゆっくりと直前に持ち上げる瞬間に、そのものはふっときらきら光っていく。
あれは細身が十センチぐらいのジャックナイフだそうだ。
あれは欠点と言えるところをおぎなってゆけるものなのか?
分からなかった。分からなくなったのだけれど。
あれは欠点と言えるところをおぎなってゆけてもらいたいと分かるようにさせそうだ。
あれは手に入れれば、意味不明で俺の中にいったいなにが欠けるのもしゃべられないことなんかしていなくて、かえって欠点と言えるところはどこ、それをおぎなってゆける方法はどこ、どうやって見つけるとちゃんと教えてもらいたいと分かるようにさせそうだ。
その思いはやけに強いほどに強いのだ。
いや、それだけでなく、あれは俺になにか分からせたがるためにここで待ち合わせるナイフだ。
だけど、俺はまだ分からなかった、分からなくなったのだ。
力を尽くして、頑張りつづけてしまった俺の中には。
いったいなにか欠点があるのか。
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