嘘と現実と嘘

 「今日はどこに行っちゃう?」


 相変わらずベタベタと僕にくっついてくる彼女は今日もとろけるような声で僕に問いかける。


 あの放課後からは少し経ったものの、日は完全に落ちきることはなく、むしろ最後の力を振り絞るかのように僕の瞳を攻撃してきた。


 教室で感じたうすら寒さとはけた違いに外は寒く、僕は両手をポケットに入れていた。


 「ねぇ無視しないでよぉ。ほら、調子乗ってぽっけに手なんて入れない!転んだら大変でしょ」


 「お前は僕の親か?!」


 「違うよ。あんたの都合の良い女」


 そう言って彼女は僕のポケットから左手を出しそのままぎゅっと握ってくれた。


 「人聞きの悪いこと言うなよ」


 僕はその手を離すことなくまっすぐ歩き正門を通り過ぎる。


 「それで、今日はどこに行く?またファミレスでだらだら過ごしちゃう?」


 2時間くらいドリンクバーだけでいると店員さんの目付きに耐えきれなくなっちゃうよねぇーと彼女は続けておどけた口調で僕を誘う。


 それは彼女の恥じらいなのか、それとも僕への気遣いなのかは定かではないが見ていてどこか可愛らしさを感じる瞬間だった。


 そして彼女からあふれる可愛らしさは次第に僕の中でどんどんと欲情へと変化していき、そして僕は無意識に彼女の手を握っていた。


 指を絡め、少し力を込めてぎゅっと握る。


 「ふふっ。うちはあんたの傍を離れないよ」


 彼女は僕に応えるかのように僕の手をぎゅっと握ってくれた。


 僕は腕を絡め、体を密着させ、彼女との物理的距離を縮める。


 許されたような、彼女の心に僕が入りこめた気がしたその瞬間に僕の抑え込んでいた欲情は溢れ出てきた。


 「今日は積極的だねぇ。何か嫌な事でもあったの?」


 僕を見上げるように彼女は優しい視線を投げかけてくれる。


 別に何か特別に嫌なことがあったわけではなかった。

 

 ただ日常の不平不満に、自分の嫌悪感に対して鈍感になっているという自覚はあったけれど、だからといって彼女に心配されるようなことは何1つない。


 しかし、ぼくの日常の中で次第に大きくなっているものが、僕にとってストレスになっていないと言えばそれは嘘になる。


 最初は遊びのつもりだったのに、だんだんとそうは言っていられなくなって、ついには手放せなくなるどころか常に僕の隣に置いておきたくなってしまった。


 常に僕の隣に置いておかないと不安になってしまうようになってしまった。


 だからと言って僕には本命のあの子がいて、だからこそこの気持ちは明日になればまたリセットされるという事は分かっている。


 我儘な独占欲であることは重々承知だった。


 けれど今日はどうしても彼女と長い時間抱き合って眠りたかった。


 「良い事があった記憶がないから、嫌な事との区別なんてつかないよ」


 そう言い残して僕は彼女を自宅へ連れ帰った。






 暗い部屋で1人、目をつむるといろいろなことを考えて眠れなくなることがある。


 今日は不覚にもそういう日だったみたいだ。


 1人で勝手にセンチメンタルな気分になって、まるで悲劇の少女のように気持ちの悪い病み方をする。


 今の自分自身を暗闇のおかげで客観的に見れないからこそ、僕は僕のままでいられるのと同時に僕は全く成長しないんだろう。


 悩みの種は様々で、日によって違うけれど圧倒的に多いのはやはり彼女についてのこと。


 自慰行為を行った後の、自暴自棄で雑な思考回路のなくなったクリアな今の頭の中が彼女のことを難しく考える。


 僕は本当に彼女のことが好きなんだろうか。


 彼女のどこが好きなんだろうかと思考回路をめぐらす。


 しかし行き着く先はやっぱりその見目麗しい外見で、そんな僕に言い訳するようにあとからあとから性格やらの内面的なことに対しての好意的な面を過剰なほど見出していった。


 こんな最低でクズな僕に彼女を好きになる資格があるのだろうか。


 というか彼女を好きだからと言って一体何になるのだろう。


 やはりセックスがしたいというただその1点に行き着いてしまうのか、それとも彼女のことを好きであるという感情にただ酔ってしまっているのか。


 学生なんだから青春をしなきゃいけないという焦燥感に駆られてしまっているだけなのだろうか。


 それとも・・・・・・・・それとも・・・・・・・・


 こんな風に毎日堂々巡りをしていても、結論が出るどころか、曖昧な考えを払拭すべく行動するわけでもなくただただベッドの上で寝転がり、気付けば朝になっているということを繰り返すだけだった。 


 僕はこの先彼女と何か進展することも、一瞬たりとも彼女の思い出に残ることもないのだろう。


 しかし、僕の中に馬鹿らしくも鎮座するプライドがその事実を何の根拠もなく払いのけ、自身の境遇や容姿を盾に言い訳を繰り返す。


 その言い訳はひどいもので、あたかも自分自身が悪いのではなく自信を取り巻く環境など僕の力ではどうしよもないと結論付けられるようなことを理由にしていた。


 だからこそ僕は自分の殻に閉じこもって、自分の世界だけでは強気でいるのだろう。


 そう、彼女の様な都合の良い存在まで作り上げて・・・・


 はぁ、もう今日はそろそろ寝るとしよう。


 僕はそうつぶやくのと同時に瞼を閉じた。


 




 「どう?気持ちよかった?」


 彼女は満面の笑みでいつも僕に語り掛けてくる。


 その笑顔は確かに妖艶で、それでいて美しくもあり、僕の理想そのものであった。


 けれど僕はいつもその笑顔の問いかけに戸惑い、少しだけ恐怖とそして焦りを感じていた。


 この行為に対して快感を得ている自分自身に嫌気がさしていることには、いつも気付かされている。


 「どうしたの?バッドに入っちゃった?」


 言葉とは裏腹に彼女の表情に心配の色はない。


 むしろ僕の仕草や表情、そしてこれからどのような発言をするのかという事に対して好奇心を隠せないといった印象だった。


 彼女は僕のすべてを知っていて、それでいて僕を試すような言葉を投げかけてきたのだ。


 「僕の人生においてグッドなことなんて一度もないんだから、バッドに入るも何も常にバッドだよ」


 僕はいつも通りすました顔で彼女の軽口をいなす。


 そんな僕に彼女は面白くないといったような表情を浮かべ、そしてまたいたずらな笑顔を浮かべた。


 するとその瞬間僕の目の前には見たことのない景色が広がっていた。


 「ここはどこだ?」


 大きな建物の陰に隠れた人気のない場所。


 ぬかるんだ土は日の当たらない場所であることを証明し、この辺りが整備されていないことは雑草の多いことで理解できた。


 見渡せば背後に百葉箱のようなものがあり、辺りを大きな建物と僕の背より30センチメートルほど高い太い鉄骨の様な策で囲われている。


 この場所を認知した瞬間僕はとてつもない恐怖と疲労感、吐き気に腹痛と様々な負の現象が同時に起こった。


 「ここは校舎裏よ。あなたの通っていた学校のね」


 彼女はサディスティックな笑みを浮かべ僕を見下ろしていた。


 それはあの時のように、あの時の再現と言わんばかりに腕を組み、そして高笑いを繰り返した。


 その高笑いは連鎖を起こすように四方八方から聞こえ始め、下品な拍手の音や下品な口笛が僕の耳を席巻する。


 僕の膝はいつの間にか崩れ落ち、視界にどんどんと真っ白い靄がかかってきた。


 「あぁ、ダメダメ。また現実逃避するつもりなんでしょ」


 そう言って彼女は僕の頭をはたき、僕の意識を目の前の事実に向けた。


 僕の前で傲岸不遜に腕を組み、嗜虐的な笑みを浮かべる彼女の髪は見える角度によって赤茶色に見える。


 肩の辺りで切りそろえられたその髪が校舎裏の風になびくその姿は、まるで悪魔のようで、大きな瞳から見える僕の姿はあまりにも惨めだった。


 ちょこんとした唇の口角はつり上がり僕に冷ややかな笑みを見せる。


 彼女をあらためて視認するまでもなく、僕はすべてを察した。


 いや、この言い方は少し違う。


 僕は自分をごまかしきれなくなった。


 「このストーリーも閉幕ね」


 彼女はボソッと告げると同時に言葉を続ける。


 「どうだった?偽りのストーリーで自分を慰め続けてきたようだけど。今こうしてもう1度現実を突きつけられた気持ちは?」


 「どうも何も・・・・」


 「きっもち悪かったぁー。動悸とか心が締め付けられる感じとか孤独感とかをあたかも片思いみたいな美談に仕立て上げてさ。小説やらなんやらのラブストーリーみたいに書き換えやがって。そんなものに付き合わされた私の身にもなれってんだ」


 そう言いながら彼女は足元にうずくまる僕の後頭部を踏みつける。


 「高嶺の花の私に恋するあんたと、言うこと何でも聞く下品な私を犯すあんた。2つともあんたの理想で願望でそれでいて現実逃避」


 「やめてくれ」


 僕はうずくまりながら彼女に懇願するように心の中で叫ぶ。


 「弱いあんたに現実の私が色恋を使って遊んだだけなのに。そこで芽生えた気持ちやら心情やら?を自分を正当化するために作り上げた白と黒のラブストーリーに置き換えて逃げ続ける、現実を見ずに空想と理想の中でしこしこしてるあんたに将来やら未来なんてあるわけないだろ」


 彼女の瞳から光は失われ、まるで僕を罵ることを楽しむかのようにシニカルな笑みを絶やすことなく僕の頭を踏み続ける。


 惨めさと突き付けられた現実に打ちのめされ、僕は腹の奥から上がってくる吐瀉物に耐えきれなくなりその場に漏らしてしまった。


 辺りに残ったものは胃酸の混じるどろどろとした黄色い液体と、何も持たない僕だけだった。


 僕はついに自分自身を騙しきることが出来なくなり、自分自身を肯定するものが何もなくなってしまった。


 いや、そもそも最初から何もなかったという言い方が正しいのかもしれない。


 自分自身に植え付けられたトラウマに立ち向かう勇気もなく、そのトラウマを勝手に自分の都合の良いように捻じ曲げ、気持ちの悪い性癖を糧に今の今まで無為にしぶとく生きていただけだ。


 もう死のう。死ぬことでしか僕は救われないのだろう。


 明日、僕はあの残酷で冷徹で狭く苦しい大嫌いな教室で自殺してやる。


 凄惨な死で僕をこんな風にした奴らに僕と同じトラウマを植え付けてやる。


 だから今日は早く寝て、明日の朝誰よりも早く教室に着いて死んでやろう。


 最後で最強の仕返しをしてやるんだ。


 そんな意気込みを繰り返し、僕はまき散らした吐瀉物を片づけることなくベッドに寝転がる。


 「どうせ出来ないじゃない。一体何度目だよ。そんな勇気があればあんたはこんなことになっていないじゃない」


 彼女は最後の最後まで僕を罵ってきたが僕は無視を決め込んで目を閉じた。


 これは僕の言葉じゃない。彼女の言葉で、彼女はもういない。


 僕はもう1度強く目を閉じた。


 新しい世界が僕をきっと救ってくれる。


 僕に優しい世界がきっと現れてくれる。


 今度こそ僕が愛される、僕だけに都合の良いラブストーリーが。




 







 

 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 






 


 


 


 


 


 

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ラブストーリ 枯れ尾花 @hitomu

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