ラブストーリ

枯れ尾花

嘘と嘘

 僕の視線の先にはいつも彼女がいた。


 みんなに囲まれた、みんなの真ん中で笑顔を咲かせる彼女に僕の瞳は釘付けの磔にされていた。


 少し色が抜け、日の光が当たるところでは少し赤茶色っぽく見える髪の毛は肩のあたりで切りそろえられている。


 窓から吹き抜ける秋の少し肌寒い風に彼女の髪が靡き、それと同時に僕の下へ甘ったるい香りが届けられる。


 クリっとした大きな瞳は艶めいて見え、はっきりとした二重瞼は彼女の眼をさらに強調させ、より魅力的に見せていた。


 そんな大きな目とは裏腹にちょこんとした唇はまさに小動物的な愛おしさを生み出し、僕の心を鷲掴みする。


 すらりとしたからだとは裏腹に、胸元のふくらみは僕の視線を不安定にさせた。


 僕は蛇に睨まれたかのように彼女から視線を離すことが出来ずにいた。


 しかしそれも束の間である。


 彼女は一瞬僕の方へ視線をゆらりと動かした。


 僕の視線に勘付いたのだろうか。


 それと同時に僕は知らぬ存ぜぬを決め込み机に無理やり突っ伏した。


 あぁ、どうして僕はこんなにヘタレなんだろう。


 どうして僕の人生はこうも上手くいかないんだろう。


 そうして僕は暗闇の世界へと相も変わらず進むことを決めた。




 

 「おーい。いつまで寝てるの?早く起きなよぉ」


 妖艶さを感じさせるような話し声と同時に僕の体は左右に揺さぶられる。


 机と一体化してどれくらいが経ったのだろうか。


 僕はその声に従い目を覚まし、体をむくりと動かした。


 「やっと起きたぁ。もう朝礼終わっちゃったよぉ」


 時計を確認すると時刻は8時45分を超え、授業開始時間である8時50分に差し掛かろうとしていた。


 「よく先生に見つからなかったねぇ。やっぱり影薄いんじゃない?」


 「うるせぇよ」


 僕はくすくすと笑いながらからかう彼女を軽くあしらう。


 「もう授業始まるぞ」


 僕を揺すり起こしてからというもの、僕の隣からくっついて離れない彼女を離そうと切り出す。


 「知ってるよぉ。けどまだ大丈夫!だってうちの席あんたの隣じゃん!」


 ニカっと真っ白な歯を見せて満面の笑みを見せる彼女の愛らしさに僕の心は揺れ動き、とっさに顔の筋肉に意識を集中させた。


 「あぁー!!照れたぁ!照れてやんのぉ!照れてやんのぉ!うちの笑顔に、魔性の笑顔に心動かされてやんのぉ!」


 彼女はこれ見よがしに煽ってくるが、僕は毅然とした態度で彼女に対抗する。

 

 「照れてねぇから!照れてねぇし!自分で魔性とか言うなし!顔にだって出てねぇはずだし!なんせ」


 『キーンコーンカーンコーン・・・・・・・・』


 「弁解の言葉はまた後で聞いてあげる!・・・・ちなみにあんた、何か隠してるときに鼻の穴がぴくぴくする癖があるから、今度からは気をつけなよ!」


 彼女はそう言い残し、僕の頬にキスをして隣の席へと戻った。





 かったるい授業は過ぎてしまえばあっという間だったと錯覚するもので、今は教室が最も騒がしくなる昼休みへと移行していた。


 様々な言葉が教室をぐるぐるとめぐり、それと同じくらい様々な香りが教室中を埋め尽くしている。


 しかし同じ教室にいるというのに僕の周りにはまるで結界が張られているのかと勘違いしてしまうほどに無音で、僕の鼻を刺激するのは僕が今食べている母のおいしいはずだった弁当だけ。


 色彩豊かで目でも楽しめるはずのその弁当の色は、今の僕には白黒テレビを介してみているかのようにその豊かな色彩は消え失せ、おいしいはずの弁当の味は何を食べても感じることが出来なかった。


 それもそのはずである。


 僕の視界の先には、まるで僕と対面するかのように彼女が昼食を、そのか細く、そして少し艶めかしい指を使って小さなピンク色の弁当をつついているのだから。


 せめて背中を向けてくれていたならば、母の弁当の色くらいは判別できただろうが、対面はもうだめだ。


 僕の一挙手一投足が観察されているのではないか、口に物を運ぶときマヌケな顔になっていないかと様々なことを考えてしまうとどうにも緊張してしまって箸が進まなくなる。

 

 お腹が空いているはずなのに、さっきまでお腹が空いていたはずなのに胃の辺りがキュッと締め付けられたかのような痛みを感じてしまい食欲が失われる。


 僕はどこまで駄目な人間なんだろうか。


 これじゃ、彼女と食事デートをするってなった時どうするんだ。


 また胃がキュッと締め付けられて、食欲を失えば「私、もうお腹いっぱいになっちゃった。残り食べてくれない?」っていう彼女の可愛いお願いを聞くことが出来なくなっちゃうじゃないか。


 それに僕がいっぱい食べないと彼女も楽しく食事ができないじゃないか!


 はぁ・・・・僕って一体どうすれば彼女とデートすることが出来るんだろう。


 彼女を僕だけのものにしたい。


 この思いを彼女と共有したい。


 だけど・・・・・・・・今のままじゃたぶん無理なんだろうな。




 「またこんな時間にお昼のお弁当食べてる」


 窓の外に広がる一面の空は真っ赤に染め上げられ、微かな西日だけが教室を照らしていた。


 昼間には感じなかった肌寒さが僕の体を鋭く刺すけれど、その肌寒さは一気に雲散霧消した。


 「ねぇ食べづらいんだけど」


 僕の左腕にしがみついてくる彼女に対して、少しうざったさを感じさせる声音で対応してみるけれどあまりに心がこもっていなさ過ぎて自分でもびっくりしている。


 嫌なら振りほどいてしまえよと自分自身でツッコミを入れたくなるくらいだ。


 さっきまでの肌寒さは彼女の温もりのおかげで感じることはなく、むじろ別の場所が別の意味で感じていて、それを隠すことで必死だった。


 「ほんと小食だよねぇー。うらやましい限りだよぉ・・・・・・・・」


 彼女はハァァァと大きなため息をつき、彼女自身の体を上から順に眺めていた。


 「でも、僕はたくさん食べる女性のことを魅力的だと思うけど」


 彼女に気を遣ってというのが7割、本音が3割といった返答をしつつ僕は弁当の続きを食べ進める。


 すると僕の左腕がさらにぎゅぅぅぅっと締め付けられた。


 そして彼女の顔がグッと近づく。


 「男の子の、好きな人の前でたくさん食べる女の子は陰できっっっっつい努力してるんだよ!食べた分どこかで抜かないとぶくぶく豚さんに近づいて行っちゃうんだから。うかつにたくさん食べる女性を魅力的っていうのは女の子にとっては呪いの言葉なんだからね!それなら素直に、『痩せていてスタイルの良い女の子の方が好き』って公言する方が何倍もマシだよぉ!」


 彼女が普段の様子とは打って変わって少し真面目なトーンで話すせいで、僕の箸は止まり弁当から彼女へと視線が誘導されてしまった。


 お馬鹿でお調子者で、いつもニコニコ笑顔でいた彼女からは想像もつかないような表情を浮かべ、僕は気持ちの悪い心拍数の上がり方をする。


 不安になり、孤独になり、さっきまで味のしていた卵焼きの味を感じられなくなってしまう。


 嫌だ、やめてくれ、僕を見捨てないでくれと口からこぼれそうになるのを必死にこらえることに精一杯で気の利いた返事をすることが出来なくなった。


 僕の気の動転を悟ったのか、はたまた彼女の気まぐれか、左腕の拘束が僕の体全体を包み込む柔らかな抱擁へと変わっていた。


 「でもあなたは純粋で素直な子だからそんな歪んだ意味なんて考えずに言ってくれたんだよね。うちに気を遣って言ってくれたんだよね。うちは知ってるよ。うちはあなたのこと全部知ってるよ。ありがとうねぇ」


 そう言って彼女は首筋に強く、痕が残るほどに口づけをした。


 するとたちまち僕の不安定だった心は落ち着きを取り戻し、お返しと言わんばかりに僕は彼女よりもより強く、より激しく、より痕が残るように何度も何度も首筋から唇までありとあらゆるところへキスをした。


 


 僕は一人、まだ空も暗くなる前に帰宅を済ました。


 部活動はおろか、委員会活動に至るまで放課後長々と居残る必要のない僕は教室を出るスピードが誰よりも早いという自負がある。


 イヤホンをつけ周りの音を遮断し、それでいて寄り道をしないわけだからさながら帰宅部のエース、それでいて学校一の優良生徒であり、模範生徒であろう。


 ただし、青春というカテゴリーから見ればあまりに貧弱で、最下層であり、最早眼中にないと言わんばかりに無視され続けている。


 だからと言って僕には向いていない、不向きだと逃げ続けてきた結果がこの帰宅部エースへの道とつながっているんだからこの世は残酷である。


 大人になればなるほど簡単な解決策ばかりを模索し実行する。


 そのせいで僕は今このような姿かたちで青春と立ち向かうことしか出来なくなっているのだからそれはもう自業自得としか言えないのだろう。


 帰宅してすぐ、手を洗うわけでも喉を潤すわけでもなく自室に入り制服のズボンだけを脱いだ。


 そしてベットに飛び込むようにして仰向けで寝転がり彼女について考える。


 そしていつものようにいつも通りの結論へとたどり着いた。


 僕の彼女への想いは勘違いで、ただ単純に彼女に対して性的な興味を正当化しようとしているだけではないのだろうかという結論である。


 つまりもっと簡潔に、そして直接的に言うのならば、僕は彼女とただセックスをしたいだけなのではないかという結論だ。


 彼女を想い、彼女の見えない部分を想像し、そして1人で完結する。


 このルーティーンを辞められない現状を鑑みるとその可能性があまりに高いことが伺えた。


 客観的に見ても、クラスメイトのあられもない姿を想像して果てている奴なんて最低である。


 そこに小説やらなんやらで美化されている恋やら愛やらの感情が混ざり合っているとは到底思えない。


 果てた後に感じる無力感がその結論をまさに裏付けてくれる。


 彼女を思い、彼女を無断で使い、彼女で果てたその先に彼女に思う事は『ありがとう』でも『ごめんなさい』でもなく無関心だった。


 虚脱感、疲弊、それらに支配された体は彼女を思いやる気なんてさらさらなく、彼女をまるで消耗品のように扱っている。


 それが恋やら愛やらの正体だとするのならばこの世に真実なんて存在しないのではないかとすら思う。


 僕のこの気持ちは何なのだろう。


 だれかこの気持ちに言葉を当てはめてくれ。


 僕を枠の中から出そうとしないでくれ。


 僕を1人にしないでくれよ。


 誰か僕に不変で膨大でうざったいくらいの愛をくれよ!


 


 


 

 


 


 


 




 


 


 





 


 




 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る