第32話
「うゔっ!」
学校から出てすぐの路地裏でまた吐いた。姫川にまた何度も触れたせいだ。アイツの醜い心や死ぬ間際の恐怖が自分の中に混じったんだ。
醜い心。自分がそんなことを言う資格があるのだろうか。私は人殺しだ。未成年に欲情する下衆だとしても人から金も奪った。母の記憶も消してしまった。彼の、翼のことを散々詰って傷つけた。
もう誰がどう見ても私は姫川なんかよりも遥かに害悪な人間だった。こんな私に人を見下す資格も生きる資格もあるわけなかった。
「……私は特別だから、強いから何をしてもいいんだ。そうだよ、触っただけで壊れちゃう他の人達が悪いんだ」
あまりにも虚しい自己弁護であることは分かっていたがこうでもしなければ最早正気を保っていられる自信がなかった。
「……」
何をすべきかまるで思い浮かばない。何をしたいのか、それすらも分からなくなっていた。
なんの意味も意義も見いだせないまま立ち上がる。そうして路地を歩きだした。
街中ですれ違う人達をぼんやり観察する。この中のどんな人でも友人や恋人、家族、学校に会社、そういった外界との繋がりを持っているのだろう。
けれど今の私にはその中の一つだってなかった。全て自分で断ち切ってしまった。
帰り道、私と同じように全ての希望を失ったような顔をしていた女の人と一瞬視線が合った。黒檀のように真っ黒で艶のある髪をした若い女性。
ほんの一瞬の出来事だったが何かを共有できたように感じられて嬉しかった。自分と似たような目をしている人間がこの世の中にもいるのだとほんの少しだけ救われた気分になった。
ホテルの一室に戻ってからベッドに横たわっても眠ることが出来なかった。頭はぼんやりとして睡眠を求めているのにどれだけ目を閉じても眠れない。ついに不眠症まで引き起こしたのだろうか。
分厚い雲の裏で日が落ちて、夜の帳が降りて、朝日が昇るまで、私の視線と心は虚空を彷徨い続けた。
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