第27話

 明に頼んでから三日経った。相変わらず唯に連絡は届かない。電話をかけても無機質な留守番案内メッセージが流れるだけ。

 いつも通り学校に通い、いつも以上にぼんやりとして、とうとう五時限目が終わった頃に連絡が届いた。その時気づいたが明自身は今日ここにきていなかった。

 アプリを開くとこのような文言が書かれていた。

『唯って子のクラスは分かったけれど、本人には会えなかったって。昨日と今日の二日間は学校来てないみたい。それと』


『この子虐められているよ。初めはそう大したものじゃなかったみたいだけど何かのきっかけでエスカレートしたみたいで酷い虐められ方している』

「……は?」

 目の前にいる訳でも電話でもないのだからオレの声は届く筈もない。しかしそれでも声を漏らさずにはいられなかった。

『…私、実は…今日…学校で』

 最後に唯に会った日、深刻そうな表情でなにかを言いかけていたのを思い出した。結局体調不良で学校を早退したという、それだけの話だった筈だが、今思い返してみると妙だった。たかがそれだけのことを言うのにあんなに暗い顔をすることはない。

 本当は虐められていることをオレに言おうとしたのではないだろうか。だがすんでのところで、羞恥心からかあるいは心配をかけたくないという気遣いからか、止めてしまった。

 唯が突然帰ってしまったのはそれが原因なのか。彼女の気持ちを汲めなかったオレに失望したから。

「言ってくれれば…言ってくれないと分からないじゃないか…!」

 自分に鈍いところがあるらしいことは知っている。けれど雰囲気だけで全て察しろなどと無理な話じゃないか。オレじゃなくたってあれだけじゃ気づけないだろうに。

 それより彼女を虐めているという連中。一番の元凶はそいつらだ。同じ学校にいるならば手の打ちようはあるのに。

 そんなオレの動揺や怒りなどまるで気にもしないように文章は続いていく。

『ちょうど学校に来なくなる一日前にいじめっ子が自分のグループに動画あげてたらしいね。唯って言う子の持ち物、音楽プレーヤーを泥だまりに放り込んだんだって。多分それが来なくなった原因じゃないかな』

 文章だけでなく件の動画まで添付されていた。どうやってここまで詳しく調べたのかという疑問はあるが、そんなものが気にならなくなるくらいの衝撃をぶつけられた。

 動画は数十秒程の短いものだった。水溜まりだらけのグラウンドの上で蹲る少女の背中とそれを嘲笑う女の声。肩を震わせて笑っているのだろうか、画面が小刻みに揺れていた。

 危うく携帯を握りつぶしかねないほど体に力が入った。唯が学校でどんな風に生活していたのかは知らない。だがこんな仕打ちを受けるほどのことをしていたとは到底思えない。そもそもどんな人間であろうと泥まみれにされて笑われるようなことがあっていいはずがない。

 さらに言えばあれは元々オレの父の形見だ。それをあんな風に扱われるのは許しがたい。

 彼女がこんな目に逢わされていたこと、それを今の今まで知らなかったこと、庇ってやれなかったこと、その全てに腹が立つ。

 本当に明が目の前にいなくてよかった。もしヤツが目の前でこのことをオレに話していたら逆上して掴みかかっていただろう。そんな醜態は演じたくない。

『唯ちゃんの住所、知りたい?』

 疑問をわきに追いやって、一も二もなく返信を送った。

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