第25話
あれから二週間近く返信がこない。いよいよオレは焦り始めていた。このまま放っておいたらまた八年前と同じようなことになるような気がする。最早確信と言っていい程の予感がのしかかっていた。
最初に電話帳を使って調べた。しかし以前と同じように音羽という名字は載っていなかった。
しかし以前と違いオレは彼女の携帯電話の番号を知っている。そこから住所を割り出せないかと頭を捻ったが興信所などを頼らない限りは難しいみたいだった。選択肢として頭に入れておくがあくまでそれは最後の手段だ。どうしようもなくなったときにしか取りたくない。
そしてオレが次に思い付いたのは学校の同級生などから彼女の情報を聞き出すことだった。彼女の制服、学生手帳で高校の名前は分かっていた。学生手帳を覗いたあの時に住所を確認しておけばよかったと悔やみかけたがあの時はこうなるなんて予想できなかったし、第一個人情報を勝手に覗き見るなんて人として間違っている。‘見ない’という判断をしたことはあの時点では正しかったと割り切った。
しかしこの方策を採るためには問題があった。オレはこの土地にまるで知り合いがいない。実家まわりならそれなりに使える人脈があるが八年前に去って帰って来たばかりのこの場所にはそんなものはなかった。
顔が広い友人でも作っておけばよかったのだが、ここにきてからオレはまるでクラスメイトと関わってこなかった。こんなところでしわ寄せが来るとは、完璧に予想外だ。
もう興信所に頼るほかないかと諦めかけたその時、アイツの顔が浮かんだ。
「すまん、人探しを手伝ってほしい」
夕暮れ時の教室。クラスメイト達が荷物をまとめて帰っていく中、オレは頭を下げた。
「え?」
明は鞄を肩にかけながら豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしている。唐突にこんなことを言われたらオレだって同じ反応をする。
「キミが頼み事なんて珍しいね。最近は機嫌が乱高下してたみたいだけどそれとなにか関係あるのかな?」
「ああ、そうだな」
茶化すような言葉遣いだったが肯定した。事実だしなによりこちらは頼む立場だ。喧嘩腰でいたら話が進まない。
「ふーん…なんだか本当にらしくないね。いいよ。出来るかは分からないけれど話だけは聞いてあげる」
「…瑞橋高校に知り合いいないか?探してほしい人がそこにいるんだ」
「瑞橋…いないことはない、けど…あの人か…やだな…頼むの」
「?」
よく分からないことを呟く明をじっと見つめていると、ヤツは取り繕うように笑った。
「こっちの話、まあ一応いくつか伝手はあるよ。じゃあとりあえず探したいっていう人の名前と理由を教えてもらおうかな」
「…理由も必要か?」
「そりゃ必要でしょ。キミを信用していないわけじゃないけれどなんのために使うか分からないのに他人の個人情報なんて渡せないよ。後でその人がキミになにかされたなんて話聞いたら夢見が悪くなるじゃないか」
「意外とまともなこと言うんだな…」
「ボクはいつもしっかりしてるでしょ。理由なしでこんな頼みが通ると思うキミの方がおかしいよ」
真顔の反論が飛んできた。適当な理由で学校サボったり、唐突に消しゴム投げてくるようなヤツに言われたくはなかったが、実際省みてみるとオレの発言もかなりぶっ飛んでいる。数か月しか付き合いのないような相手にいきなり人探しを頼んで理由も告げないなんてどうかしていた。自覚している以上にオレは焦っているみたいだ。
「悪い、なかったことにしといてくれ」
「断るとは言ってないよ。納得できる理由があってボクに出来る範囲なら引き受けるさ。友達なんだから」
友達、そう言われる程自分とコイツの間に縁があったのだろうかと首を傾げかけたが、それはオレがその言葉の重さを深く捉えすぎているだけだろうと思い直した。数度話しただけで友達扱いする人間も世の中にはいるしそれも完全に誤りとは言い切れない。
唯の名前、そして彼女との関係、最近のことをかいつまんで説明した。無論記憶喪失のことや彼女の力については伏せて。ついでにオレがあまり話したくない部分も伏せた。恋愛事情を自分からひけらかすような趣味はない。
「なんか隠されてる気がするけど…まあいいや。それでその子の何が知りたいの?」
「学校でどんな様子でいるか、それだけでいいんだ」
別れ際のあの態度や電話もメールも届かない現状から見て彼女がオレを拒絶しているのは火を見るよりも明らかだ。今オレが学校に押しかければ彼女は余計動揺してしまうだろう。それに明の知人が同じ学校にいるとはいえ調べられることはたかが知れているしあまり迷惑をかけるわけにもいかない。
とにかく今は彼女が元気でいるかどうかだけでも確認しておきたかった。今後また会えるかどうかは分からないがせめてそれだけは。
「ふうん、それだけか。てっきり住所教えてくれとか言われると思ったよ」
「え?出来るのか?」
思わず口に出た疑問に明は答える代わりに曖昧な笑みを見せた。
「まあ、頼まれたことはなんとかなると思うよ。気長に待っていてくれたまえ、じゃあね」
「明」
「ん?」
ヒラヒラと手を振って教室から出ようとするのを呼び止めた。明のヤツはきょとんと不思議そうな顔をする。
「ありがとう」
面と向かって言うのは恥ずかしいがこれだけ頼っておいて礼の一つも言わないほど腐ってもいない。少し目を逸らしてしまったが感謝の言葉ははっきりと伝えた。
明は呆気を取られたような顔をして硬直し、余計な言葉を言い放った。
「……キミお礼とか言えたんだ」
「うるさいよ」
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