第24話

 気づいたら自分の部屋にいた。椅子に座って机に向かい合っている。

 机の上にはなに一つものが置かれていない。右手にカッターナイフが握られている。

 希望を持ち続けても最悪を更新し続けるだけの人生をもう、終わらせてしまいたくなった。生きていればなにかいいことが起こるかもしれない、今よりはマシになるかもしれない、それが嘘だと決めつけられるほど自分は長く生きていないし賢くもない。

 けれどそれを信じられる強さはもう自分の中に残っていなかった。

 ナイフの刃を引き出す。以前本で読んだことがある。カッターナイフで手首を切っても死に至る公算は低い。首吊りや飛び降りの方が確実だと。

 けれど縄をかけたり飛び降りるのに丁度いい場所を今から探しに行くのは面倒だし、馬鹿馬鹿しい。なにもかもに疲れたから自殺するのにそのために努力するなんて本末転倒じゃないか。

 それに逆に言えばこれで死ねるなら本気でやったのだという証明になるんじゃないか。そんな異常な思考が頭の中を駆け巡っていた。

「っ!」

 切ると言うよりは突き刺すように振り下ろした。皮膚が裂けて血が激しく零れ出る。見た目の派手さほど痛みは感じなかった。ただ体が冷たくなるような感覚がするだけで。

 内側に生じた恐怖に気づいた途端誰かに喋りかけられたような気がした。

『やっぱり怖いんだ?本当は自殺ごっこで周りの気を引きたいだけ。気づいているからこんな確実性の低いやり方を選んだんでしょう?』

 それは姫川の声のようにも、彼の記憶の中で聞いた少女の声のようにも聞こえた。

 頭の中で弾けた怒りが瞬く間に広がる。暴力的な衝動が全身を支配する。叫びながら再び刃を振り下ろした。

「―っ!うああっ!」

 何度も何度も突き立てた。肉を抉って静脈を切り裂いた。

 私に振り向いてくれない母さん、私の大切なものを壊して高笑いしていた姫川、昔の私にしか興味がなかった翼、蹲ることしか出来ない自分。その全てを壊すように腕を振り下ろした。

「嫌いだ!嫌いだ!キライだ!!きらいだ…!」

 机の上に血だまりが出来て、開いた傷口から覗き出ていた白い肉が血で赤く染まっても尚止めなかった。けれど最後に振り下ろした時、痺れるような感覚と激しい痛みに襲われてカッターナイフから手を離してしまった。

 全身が痺れて体を起こしていられなくなる。血だまりに顔を突っ込みながら笑った。

 これでもう嫌なことを考えないで済む。誰にも傷つけられない。今は涙が出そうなくらい痛いけれど、目を閉じればそれだって終わる。

 これなら絶対死ねる、確信があった。本当に晴れ晴れとした気分で眠るように目を閉じた。

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