第22話
「音羽さーん、音羽―?」
今は何時だろう。今は何曜日なのだろう。あれから何日経ったのだろう。ここはどこなのだろう。
「人が話しかけてやってるんだからイヤホン取れよゲロ女」
なんだか、疲れすぎて、暴言を吐かれても、あることないことを周囲に言いふらされてももう苦しいとも悲しいとも思わなくなってきた。いいようにされるのが悔しくて、全く悪意が衰えない姫川が怖くて、帰り道泣くのを必死に堪えるようなこともなくなった。その代わり気を抜くと電車に飛び込みそうになるようになった。
けれど楽しいと思えていたはずのことや今まで拘っていたことにさえも感情が動かなくなっていた。活字を読んでいてもなにも心に響かない。意味は分かっている筈なのに無機質な数字の羅列のように見える。好物のハンバーグが弁当に入っていても味がよく分からない。まるでスポンジを咀嚼しているようだった。
目立たないように、と髪を黒く染め続けていたけれど面倒になって段々と地の色が見え始めていた。鏡で見るとまるで白髪交じりのようになっていた。
自殺という選択肢が頻繁に頭の中に浮かぶようになっても辛うじて実行に移っていないのはウォークマンのおかげだろう。嫌なことが聞こえないように耳を塞いでくれる。翼や母さんと違って私を裏切らない。私の指示以上のことはなにもしない。生身の人間よりもよほど信頼できる。
だからここ一週間ほどは授業以外イヤホンを外すことがなくなっていたし、誰とも会話をしていない。
授業終了のチャイムが鳴り響く。ボウっとしている間にいつの間にか終わっていたようだ。書いていた時のことは薄ぼんやりとしか思い出せないがノートもちゃんと書いてある。染みついた習慣というのはこんな精神状態でも中々抜け落ちないものらしい。
次の時間は体育だ。何もしなくていいから楽と言えば楽だけど着替えなければいけないのが面倒だ。病欠でも体操着を着用しなければならないなんて一体どこの誰が言い出したんだろう。最近は脇で見ている私に姫川が延々と絡んでくるし。授業中だからイヤホンもつけられない。
「…」
ここ数日は天気が悪い。曇りか雨ばかり。そして今日も例にもれず雨だから授業は体育館で行われるだろう。バトミントンだ。何をやろうが出ることのない私には関係ないが。
体育館シューズと体操着を持ってさっさと更衣室に向かった。姫川達は何をするにもペラペラと喋ってからしか動かないのでこちらが急げば少なくとも更衣室では顔を合わせなくて済む。
教室を出る瞬間、いつもと同じベたつくような嫌な視線を感じたが無視した。反応したらいけない。
「…?」
けれど、今のはいつもよりもっと不快で邪ななにかを孕んでいたような、そんな感じが…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます