第21話

「………えっ、どういう、こと、ですか?」

 あるマンションの一室。引き攣った笑みを浮かべながら女が正面にいる男を問いただす。

「これ以上近くにいたらキミを傷つけることになると思うから、別れよう」

 男は普段周囲や女の前で見せていた笑顔を取り払って感情の見えない顔を作っていた。男を知っている人間ほどその異様さに気づくだろう。数か月とはいえすぐ傍で男との時間を過ごしていた女もその例外ではなく、恐怖すら感じていた。

「な、なに言ってるのか全然分かり、ません。なにか嫌われるようなこと、し、しましたか」

 女は怯えながらも震えた声で男に質問を重ねる。その痛ましい様子さえも銀髪の男は能面のような無表情で受け流した。

「そんなことない。暦のことは今でも好きだよ。でも納得出来ないだろうから、そういうふうに思われても仕方ないよね」

 ほんの一瞬だけ寂しげな笑みを見せて目を伏せたが、すぐに無表情に戻ってしまった。女は涙で視界が滲んでいたせいでその表情の変化に気づくことが出来なかった。

「ボクはクズで、キミはいい人だから一緒にはいられない、同じことを何度も言って悪いけどこれしか言えることはないんだ」

 男は封筒をそっと机の上に置いた。覗かずとも厚みからかなりの金額であることが窺える。

「この街はそう遠くない内に危なくなるから出来ればこれを使って引っ越してほしい。ああ、あとお金に困ったらその封筒に入っているキャッシュカードを使って。暗証番号のメモも一緒に入れておいたから」

「そんなのいらないし、訳、分かんないよ!!ちゃんと分かるように説明してよ…!」

 涙がボロボロと大きな瞳から流れ出る。敬語もかなぐり捨てて剥き出しの感情をぶつけても男は眉一つ動かさなかった。

「ごめん暦、さようなら」

 男は表情を隠すようにフードを目深にかぶって背を向け、部屋を後にした。

「待って!」

 女は男の背中を追って部屋の外に出たが、その姿はどこにもなかった。左右を見渡してもやはり見当たらない。足音すらも聞こえなかった。

 困惑しながらも女は電話で連絡を取ろうとする。しかし呼び出し音は鳴らず、“この番号は現在使われていない”と機械的な音声が返ってくるだけだった。

「……え?……え?」

 混乱で埋め尽くされた女の頭はもはやなにも理解することが出来なかった。ただ“見捨てられた”という事実以外なに一つ。

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