第16話
待ち合わせ場所は以前と同じ駅だった。少し違うのは駅の中ではなく外ということ。何故外を指定したかは分からなかったが断る理由もなかったので了承した。
吐瀉物を床に撒き散らした挙句意識を失った後、私は学校を早退し家に戻っていた。だから制服ではなくクローゼットで埃を被っていたパーカーに袖を通している。学校以外で外出することが少ないからどんな服を着ればいいのか悩んでしまった。
「…」
あんな醜態を晒した以上今日を境に注目を集めるのは間違いがない。姫川も今まで以上に絡んでくるだろう。最悪虐められるかも。
本当に最低で最悪な気分だ。ベッドに暫く籠っていたがさっきの出来事がフラッシュバックしてまるで落ち着かなかった。気を紛らわそうと携帯を開くと彼からメッセージが届いていることに気づいた。
普段どんな音楽を聞いているのか、という彼からの質問の返事はせずに‘会いたい’という旨を一方的に突きつけた。礼を失しているのは分かっていたがとにかく会いたくなったのだ。
ちなみに私はあまり聴くものに拘りはない。良いと思えばクラシックでも流行りものでもアニメソングでもゲームや映画のサウンドトラックでもなんでも聴く。
待ち合わせ時刻は四時半。前は時間ギリギリになってしまったから余裕を持って家を出た。その結果ニ十分前に着くことが出来た。少し早すぎるくらいだ。
「…まだかな?」
時計は四時二十九分を指している。もう来てもおかしくない筈だが…。
「…いけない。いけない」
誰だって一、二分は遅刻することはあるだろう。たかがその程度のことで待ちぼうけを喰らったのかもしれないなどと考えて不安になるのはバカげている。
ちゃんと信じて待とう。そう決意してお腹にグッと力を込めた時、
「ごめん、待たせちゃったみたいだね」
後ろから突然声をかけられて思わず飛び跳ねた。着地に失敗してたたらを踏んでいる私に笑い声がかけられる。
「そんなに驚く?」
「だ、だって、翼はあそこから出てくると思ったのに…なんで後ろから…!」
初めて会った時も二度目に会った時も電車を利用していた。だから下校途中で来るならば当然あそこから出てくると踏んでいたのに。
そこで気づく。彼の顔はほんのりと赤く、湿っていることに。まるで運動した直後のようだ。
「…自転車でここまで来たの?」
今まで会った時はたまたま地下鉄を使っていただけでいつもは自転車で通っているのか。それなら駅構内ではなく外を待ち合わせ場所に指定したことも、駅の出入り口の反対から現れたことにも説明がつく。
一人でそう納得しかけていると彼はにこやかに首を振った。
「違う違う。乗り物は使ってない。キミが言ったでしょ。オレも特別だって」
「…あっ」
そうだった。彼も私と同じで特殊な力を持っている。触れた時それを感じた。
けれどどんな力を持っているかまでは分からなかった。私の心を読む力というのはそれほど万能ではないのか。それとも使い慣れればもっと多くのことが分かるようになるのか。
「…空を飛べるの?」
「うーん、ちょっとそれは出来ないかな…」
「じゃあ瞬間移動とか?」
「…いや、ちょっとそれも…」
「…時間の流れを操って自分だけ超高速で動ける」
「よしやめよう!なんか急に恥ずかしくなってきた」
私の当てずっぽうな予想は全部外れてしまったようだ。
今のところ私と翼以外で特別な力を持っている人間を知らない。だから個人に備わった超能力というものがどれくらいのことを可能にするのかまるで想像がつかない。
私の力は全体から見て強い方なのかそれとも弱いのか?一瞬で宇宙の端まで行きつく力は存在しうるのか?そんな空想が頭の中で膨らんでは消えていく。
しかし今気になるのはそんな途方もない話ではなく
「結局どんな力なの?」
「言っても馬鹿にされそうだしやめとくよ」
「私は知られてるのに翼は隠すなんて…不公平…だと思う」
「いやったらいやなんだよ」
プイとそっぽをむいてしまった。身長と穏やかな表情で大人びた印象を持っていたが彼もやっぱり年相応な一面はあるらしい。まあもう一度触れる機会はあるだろうし、その時探ればいいだけか。
「それよりさ、木曜は忙しいって言ってなかったっけ?なにかあった?」
当然の質問に心が揺れる。なんと言えばいいのだろう。正直にさっき起きたことを言ってしまっていいのだろうか。
彼の顔をもう一度見る。これまで会った誰よりも優しい眼差しで私の返事を待ってくれていた。
彼になら言ってしまってもいいんじゃないか。彼ならきっと真剣に聞いてくれる。もしかしたらなにか助けになるようなことをしてくれるかもしれない。そうでなくても馬鹿にしてくることは絶対にないだろう。
「…私、実は…今日…学校で」
核心に触れる直前にグウと大きな音がした。先ほどから猛烈に空腹感を覚えてはいた。お昼休憩の時にあんまり食べれていなかったし、すぐに吐いちゃったし。
しかしなんだってこのタイミングなんだ。よりによって彼の前で二回もお腹を鳴らすなんて。恥ずかしすぎて赤くなるどころか涙すら滲んできた。
「えっと、またどこかでご飯食べる?」
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