第15話

 午後の授業が終わって後数時間で学校も終わりという時、ふと今日はやけに静かだったことに気づく。視線を周りに遣ると、誰も座っておらず何も置いていない席を見つけた。

「ああ、アイツ休んでたのか」

 明が休むのはそう珍しいことではない。単位を落としかねない程ではないが月に一度か二度は休む。理由を聞くと『ライフワークが忙しい』だのなんだのふざけたことを抜かしていた。

 外の景色を眺めた時、先日の嫌な予感を思い出した。あんなものただの錯覚だとは思うがどうにも彼女のことが気になる。

 しばらく考えた末、メールアプリで安否確認をすることにした。大袈裟であることは承知しているが八年前の一件もあるし不安になってしまうのは仕方ないだろう。

 文面はどうしたものか。いきなり『元気ですか?』なんてどこぞのプロレスラーみたいに聞いたら驚かせてしまうし唐突すぎる。

「そうだ」

 気づいた。元気かどうか、要するに返事ができる状況かどうか知りたいだけなのだ。どんな質問でも構わない。

 あのウォークマンでいつもどんな曲を聞いているのか?そんなような文章を送った。

 実際興味があることだった。オレが持っていた時から曲のラインナップがまるっきり変わっていないということはないだろうし、彼女の音楽の趣味を知りたい。

 すぐに返信がくるわけもないので席を立って時間を潰すことにした。自販機でジュースか何か買ってみよう。

 出口で女子生徒にぶつかる。その弾みに彼女が手に持っていた教科書とノート数冊が落ちそうになった。


「おっと」

 床に落ちる寸前にそれを掴み取る。これはぼんやりして前を見ていなかった自分に非がある。そう思い謝った。

「ごめん。えっと…」

 しかし名前が出てこない。クラスメイトだというのは分かるがそれだけだった。何度も顔を合わせてなんなら世間話程度は交わした覚えがあるのだが忘れてしまった。

「あー…」

「九条…同級生の名前くらい覚えたら、もう六ヶ月は経ってるのよ、黒羽君。名前通り鳥頭なのかしら」

 涼し気な雰囲気を纏った眼鏡の女子生徒は呆れたような声で痛烈な罵倒を口にした。流石に傷つく。

「ゴメンナサイ、クジョサン。ワタシ自販機イクカラ、オワビにナニカ奢ルネ」

「…バカじゃない。この程度で怒ってないからいらない」

 ベタベタの外国人の真似にくすりと笑いを零し去っていった。よかった。もしこれで笑いを少しも取れなかったらショックの余り一週間は寝込んでいたと思う。

 階段を降りた先の自販機でオレンジジュースを買った。一本買うとスロットが回転して、ぞろ目が出るともう一本貰えるというシステムの自販機なのだが当然はずれが出た。これアタリ引いたやついるのだろうか。

 結局下校時刻になるまで返信はなかった。返信はともかく割とすぐに読んでくる子だから少し意外だった。といってもまだ知り合って数日しか経っていないが。

 校門を出て駅で帰るか、走って帰るかを迷っている時に着信音が鳴った。差出人の欄には彼女の名前があった。

『今すぐ会えますか?』

 とそれだけ書いてあった。

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